小説(十二国記二次)

□第二十七章 新年・弐
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「あれなんだろ!」

「急に離れようとするな」

晴穹は突然道を逸れようとした桃莉の襟首を引っ掴んだ。

現在、晴穹と桃莉、そして寧瑛は、尭天の街を歩いていた。特に何か用事があるわけではなく、単なる観光なので、随員達は一緒には来ていない。とは言え、隠れて護衛している人間ぐらいはいるはずだが。

「ちょっとー、晴穹と私の身長差だと私が吊り下げられそうになるんだからー」

「だったらふらふらするな。この人混みの中ではぐれたくはないだろうが」

晴穹はそう言って、大勢の人が行き交う周囲を示す。

「確かにこれではぐれたくはないかな」

「時間はあるんだからゆっくり見ればいいだろう」

「それはそうなんだけど、つい、ね。つい」

反省の色が見えない桃莉に、晴穹は半眼になった。

「寧瑛が大人しくしているのにお前がそうしていると格好が付かないぞ」

「…うっ」

「寧瑛もこいつが1人で迷子になっては嫌だろう?」

「とうりさま、まいごになっちゃいやです」

「せ、晴穹!卑怯!その言い方と振りは卑怯!」

晴穹と手を繋いでいた寧瑛に純真無垢な瞳を向けられ、桃莉は憤慨する。

「一番効き目がありそうな言い方にしただけだ」

「く…っ、春頃はまだ初々しかったのにいつの間にこんなに図太く…っ」

「お前にだけは!言われたくない!」

言い争う大人達を見て、寧瑛がきょとんとしていた。





「もうそろそろ晴穹達がこっちに着いてる頃だな」

「だからって遊びに行かないでちょうだいね?忙しいんだから」

「行かないよ、流石に。浩瀚が怖い」

ぽつりと呟いた途端釘を刺された陽子は、渋い顔で背後の祥瓊を振り返った。

「そう?それならいいけど」

自国の王に渋面を向けられてもなんのその。祥瓊はしれっとした顔でどんと書類を重ねた。

「う…っ、ねえ祥瓊、そろそろ休憩しない?」

いくら処理しても減らない仕事に嫌気が差した陽子の提案に、祥瓊は少し考える。

「そうね。段々処理速度が落ちてるみたいだからちょうどいいかもしれないわ」

怠けることなく働き詰めだったおかげか、あっさりと許可が下りた。

というよりも、どこかで休憩を入れる予定だったらしく、すぐさま茶の用意がされる。お気に入りの茶菓子が用意されたのに気付いた陽子は、瞳を輝かせた。





「そういえば、さっきの話なんだけど」

一緒に飲もう、と誘われて席に着いた祥瓊は、ふと思い出して話を切り出す。王と女史が同じ席で茶を飲んでいるのはおかしい光景なのかもしれないが、それを咎める者は彼女達の周囲にはいない。

「さっきの?」

機嫌よく茶菓子を口にしていた陽子は首をかしげた。

「晴穹達の話。噂の令尹様にもお会いできるのかしらと思って」

「あー、あの子か。祥瓊が寧瑛を迎えに行ってくれるんだよね?その時に会えるはずだよ」

「ええ、鈴は後から合流するから」

「そうか、ありがとう。…それで桃莉――令尹のことだけど、気になるの?」

「私達と同じぐらいの外見って噂を聞いてからずっと気になってたの」

少女の姿で官吏になっているということは、相当早くに仙に召し上げられているということだ。それだけでもすごいのに、令尹にまでなっているとは一体どのような才女なのだろうと想像する祥瓊の前で、陽子がなぜか吹き出す。

「同じぐらい、同じぐらいね…っ」

「…?この噂、間違ってるの?」

「…うーん、私達と同じぐらいの女の子に見える令尹っていう意味では正しいかな。ただし、仙になったのは20歳」

「あら」

「本人は童顔ってこと気にしてるらしいからその噂は言わないであげて」

「分かったわ。でも、20歳でも早いわね」

「そうだね。もともと柴望が大抜擢したらしいし、優秀なのは確かだよ」

どんな子かは会ってからのお楽しみ、と笑う陽子に、祥瓊も微笑んだ。





陽子達が休憩していた頃。

「そういえば」

「なんだ」

「去年はこれよりも賑やかじゃなかった?すごい人混みだったよね」

「ああ、今年が節目の年だったからな。去年の暮れから盛り上がっていたはずだ」

「なるほどー」

晴穹達もまた、茶店で休憩しつつそんな会話をしていた。

「もう50年も終わるね」

「あと少しで51年に入るな」

「いやーあっという間だった」

「疲れる1年だった…」

赤楽50年の間に起きた出来事を思い返し、晴穹は思わず気が遠くなる。去年の暮れはまさか春にとんでもない出世を果たすとは思っていなかったし、変な部下が2人も増えるとも思っていなかったし、子持ちになるとも思っていなかった――いや、子持ちになったのはよかったと思っているが。

「そうかな?楽しい1年だったけど」

「お前と雪條はそうだろうな…」

あれだけ好きにやっていればそれは楽しいだろう、と思わず半眼になった晴穹であった。
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