小説(十二国記二次)
□第二十六章 新年・壱
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年の瀬が近付いてきた。
「そんなわけでそろそろ私達がいない間のことを考えないと」
桃莉にそう言われた晴穹は、墨を乾かしていた書類をひらりと見せる。
「指示書は作成済みだ」
「おー、さっすがー」
ぱちぱちぱち、と拍手をされ、晴穹は額に皺を寄せた。
「お前、馬鹿にしているだろう…」
「そんなことないって」
にへらっと笑う桃莉に溜め息をついた晴穹は、つんと裾を引かれて下を見る。
「せいきゅうさま、いなくなっちゃうの?」
話を聞いていたらしい寧瑛が目を丸くしていることに気付き、晴穹はどう答えるか少し考え、寧瑛に合わせて屈み込んだ。
「しばらくの間だけだから、我慢できるか?」
「はあい」
寧瑛はこくんと頷いたが、その顔はじわりと曇る。
「ごめんね、どうしても主上のところに行ってこないといけないの」
桃莉も隣に屈み込み、そう言った。
基本的に各州から移動しない州候と令尹だが、年の始めは必ず金波宮で行われる朝賀に参加しなくてはならない。
「わかりました」
聞き分けのいい幼子はもう一度頷いたが、その顔は曇ったままだ。これはなるべく急いで帰ってきたほうがいいか、と晴穹が考え始めたその時。
「話は聞かせてもらったー!」
バン!と扉が開き、陽子が乱入してきた。桃莉と寧瑛がびくりとし、晴穹は思い切り溜め息をつく。
「扉の開閉はもう少し静かにしていただきたいのですが」
そろそろ急に来るなと言うのも面倒になってきた晴穹である。
「ごめん。…で、寧瑛のことなんだけど」
陽子はぴっと指を立てた。
「一緒に連れてきなよ。朝賀の間は祥瓊と鈴が預かってくれるから」
堯天の観光もできるよ、と付け加えられ、晴穹と桃莉は思案した。今後、寧瑛が成長すれば和州城で待っていてもらうこともできるだろうが、少なくとも今は難しいかもしれない。元気に過ごしているものの、思えば寧瑛が捨てられてからまだ数ヶ月しか経っていないのだから。
「ありがとうございます。お願いしてもよろしいですか?」
「了解。と、いうわけで」
大人達の会話を首をかしげて聞いていた寧瑛の頭を撫で、陽子はにっこり笑う。
「寧瑛も晴穹達と一緒においで」
「!」
ぱっと顔を輝かせた幼子を見て、晴穹と桃莉は大層感謝した。
それからしばらくの時が経ち、いよいよ1年も終わるという頃。
「相変わらず賑やかだな」
「1年ぶりに来たけど、やっぱりすごいね」
晴穹と桃莉、寧瑛は随員を引き連れて堯天に到着した。
「ああ、そうか。お前は毎年来ていたのか」
「そうだよー」
晴穹が就任する前から令尹であった桃莉は、柴望と共に毎年朝賀に参加していたはずだ。実は晴穹も朝賀にはいたのだが、それほど高い身分ではなかったため、互いに認識はしていなかったのだ。
「そういえば」
「んー?」
ふと思い出したことがあり、晴穹は記憶を探る。
「えらく若い外見の令尹がいる、という噂を聞いたことがあるな」
「ん?私のこと?」
「おそらくは」
ちなみに、この噂は具体的には"10代後半の少女の姿の令尹がいる"というものだったのだが、それを伝えると童顔を気にしている桃莉がやかましくなることは間違いなかったので、黙っていることにした晴穹であった。