小説(十二国記二次)
□第二十五章 初雪
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和州に雪が降り始めた。
「そんなわけで雪見に行こーう」
「この件が片付いたらな」
「あれ?」
「なんだ」
「却下しないの?」
向かいの桃莉にまじまじと顔を覗き込まれ、晴穹はじと目になる。
「お前は私をなんだと思っているんだ」
「堅物」
「…堅いのは否定しないがお前に言われるのは猛烈に腹が立つ」
「いだだだだだだ」
ぐいぐいと頬を摘まれて悲鳴を上げた桃莉は、晴穹の手が離れると涙目で頬を撫でた。
「いったー…。で、雪見を却下しないのはなんで?別に雪が好きってわけじゃないよね?」
「1つはまあ、忙しくなるからな。その前に息抜きをするのも悪くない」
北国とは比べ物にならない慶の冬だが、それでも既に冬支度は始まっている。そして、雪が降り始めた今、冬への備えは一気に忙しくなるだろう。
「ほうほう。いいねー、就任した時よりも肩の力が抜けたね」
満足げに頷かれ、少し反応に困った晴穹は肩を竦める。既にそんな扱いは一切していないが、一応先達のような立場である桃莉に就任時と今を比べられるのは些か恥ずかしい。
「あとは、寧瑛が喜びそうだ」
「…親馬鹿め」
「なんとでも言え」
「ゆき!」
ふわふわと落ちてくる雪を見て、寧瑛が歓声を上げた。屋根の下から飛び出し、白い地面に足跡を付け始める。
「あー、こりゃ酒持ってくりゃよかったな」
うっすらと雪化粧をした光景を見て、雪條がそう言った。その背中を晴穹が小突く。
「却下。子供がいるのに飲むな」
「お酒は今度にしましょうね」
同じ酒好きであるはずの明藍にまで窘められ、雪條は半眼になった。
「最近、みんなが手厳しいぞ」
「あなたがその調子ですからね」
「剋磊は元からうるさいけどな」
「何か?」
「いいえなんでもありません」
にっこりと圧を掛けてくる同僚から視線を逸らし、雪條は外に視線を戻す。
「ほらー!雪うさぎ!」
「うさぎさん!」
そして全力ではしゃぐ桃莉と寧瑛を眺め、晴穹を振り返った。
「子供が2人になってるぞ」
「…私の娘は寧瑛だけだ。もう1人の馬鹿は知らん」
晴穹が額を押さえて答える。陰口を叩かれていることを感じ取ったのか、桃莉がくしゃみをした。
雪が激しさを増したのを機に、桃莉が寧瑛を連れて戻ってきた。寧瑛は名残惜しそうだったが、外で遊ぶには向かない天気になってきたので仕方ない。
「あとは窓から見ような、寧瑛」
「はあい」
雪條にわしわしと撫でられ、寧瑛はこっくり頷く。
「お茶が入りましたよ」
ふわりと優しい香りを漂わせ、明藍が微笑んだ。茶と共に用意された茶菓子に、桃莉が瞳を輝かせる。
「おっやつー!」
「お前な…」
真っ先に席に着く桃莉に、晴穹が半眼になった。その顔に、小さな手が伸びる。
「…っ」
ぺた、と冷えた手を頬に押し当てられ、晴穹は目を剥いた。犯人に目を向けると、寧瑛がにこーっと笑う。
「…こら」
少し考えた末に、晴穹は愛娘の頭を軽く叩いた。きゃー、と楽しそうに声を上げる寧瑛に、その場にいた全員が思わず笑う。
その中心で、幼子が得意げな顔をしていた。