小説(十二国記二次)
□第二十四章 酒宴
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「酒持ってきたから飲もうぜ!」
「は?」
何を言っているのかという顔の晴穹に向かって、雪條は酒瓶を振る。
「いい酒が手に入ったんだよー」
「…ここがどこだか言ってみろ」
「晴穹の部屋」
「私がこれから何をしようとしていたと思う?」
「寝ようとしてるように見えたな」
「…それが分かっていてなぜ突然酒盛りの誘いをするんだお前は!」
「まあ!これはあの幻とまで言われる…?」
「おー!明藍は分かってくれるかー!晴穹も桃莉も反応うっすいし、剋磊は酒飲めないから誘えないしさ」
「…反応が薄いのは」
「こんな夜更けに呼び出されたからなんだけど…?」
和州城の最上位である2人が殺気立った顔になっているのに怖くないんだろうかこの人、と通りすがりに巻き込まれた榔葵は思った。この州の上層部の酒盛りに下っ端の自分が巻き込まれていることについては、考えても無駄なので思考を停止している。
「たとえお大尽であっても運が良くなければ買えないのですよね?」
「そうそう。俺はたまたま買えた」
「そ、それかなりいいお値段なのでは…?」
さすがに気になって榔葵は口を挟んだ。
「まあそれなりにするな。これ1本分の金で範のかなりいい簪が3本は買える」
「ひえ…」
迷惑をかけられすぎていてよく忘れるが、雪條は本来なら榔葵にとって雲の上の人であり、高給取りでもある。たまに軍の者達に寄こしてくれる菓子の中にもかなりの有名店の高級菓子が混じっていたりするぐらいには金持ちなのだ。かと思いきや、その辺の饅頭屋の土産だったりもするのだが。
「そそそんな大層なお酒、飲めないですよ!」
「いや、遠慮はしないほうがいい。どうせまた迷惑をかけてくるんだ。こいつの金で飲めるものは飲んでおけ」
雪條が何か言う前に、文句を言うのを諦めたらしく酒杯を用意していた晴穹がそう言った。
「そうそう。迷惑料ならこれでも足りないよー?」
こちらも頭を切り替えたらしく、明藍と共につまみを用意していた桃莉が頷く。
「わ、分かりました」
なるほど、確かに迷惑料だと考えれば自分も雪條の酒を飲んでも許される気がする。
「なんか納得いかないぞこのやり取り!」
「お前の日頃の行いを思い出せ」
「自業自得って知ってる?」
「ふふふ」
雪條がむくれていたが、残念ながら上司2人には冷たくされ、恋人には笑われていた。
金を積んでも運がなければ飲めない酒は、確かに今までに飲んだことがないほど美味しかった。
「ああ、なるほど。これは確かにうまい」
「さっすが幻のお酒」
不機嫌だった晴穹と桃莉も、さすがに頬を緩めている。
「美味しいです」
「だろー?」
ご機嫌で杯を空ける雪條の隣では、これまたご機嫌で明藍が酒を飲んでいる。2人共、決して豪快な飲み方をするわけではないのだが、杯を空けるのがえらく早いのが榔葵は気になった。
雪條が酒に強いのは知っていたが、同じ勢いで飲んでいる明藍が平気な顔をしているのが意外だ。
「強いんですね、お酒」
「強いな、あいつらは」
「私と晴穹もそんな弱くないけど、2人と一緒に飲む時は引きずられないようにしないと潰れちゃう」
「雪條は笊と言ってもいいぐらいだな」
「軍の中でも一番強いんじゃない?」
「あ、はい。雪條様には誰も勝てないです。ところで、明藍さんはどのくらい強いんですか?」
酒が回り出し、少し気が大きくなった榔葵は、いつの間にか州候と令尹に挟まれていても臆することなく質問を返す。
「明藍は…どこまで飲めば酔うんだろうな」
「笊を通り越して枠だよねー。網目にすら引っかからない」
「雪條が先に酔い潰れても平気な顔をしているのは見たことがある」
「実は火酒が大好きなのは知ってるよ」
「そ、そうなんですね」
城内で男性人気の高い明藍の意外な一面だ。
「火酒が好き…?お前、それをあまり吹聴するなよ」
「え、なんで?」
「主上が酒精そのもののような酒を持って突撃してくる」
「…主上、お酒好きなの?」
「…この国の上層部は異様にうわばみが揃っているんだ」
「………」
幻の酒と共に、何か色々といらない情報が手に入ってしまった榔葵であった。