短編夢BOOK

□勝手な人
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「アルミンー!おーいアルミンー!!!おっかしいな。あ、ミカサ!アルミン知らない?」

「アルミンなら今団長に呼ばれて会議に参加しています。何かアルミンに用事ですか?」

「ん、立体起動装置がまたちょっとおかしくてね。」

「アルミンがいつ帰ってくるかは分からないです。私が見てみましょうか?立体起動がおかしいまま明日の壁外に出るのは危険です。」

「あー……いや、大丈夫!自分で何とか調整するよ!ありがと、ミカサ。」


********************

金髪の髪を振り乱し、バタバタバタと豪快に廊下を走り抜けながら、アルミンは医務室の扉を開けた。ツン、とした消毒液の匂いが充満している。

「はぁっはぁ……名無しさんさんは、此処に……?」

息を切らしながら医療班の兵士に問うと、兵士は医務室の一番奥のカーテンで仕切られている場所を指差した。
 怪我を負った兵達のうめき声を聞き流しながらアルミンはカーテンの前まで来ると、一度カーテンに手をかけてすぐに離した。
 左手を腰の後ろに回し、右手を左胸の前にトン、と置いて奥までは見えないがジッとカーテンを見つめながら、中にいる人物に声をかけた。

「名無しさんさん。僕です。アルミン・アルレルトです。」

ややあって、カーテンの奥からいつもよりも数段覇気の無い声が返ってきた。

「あ、アルミン?もしかして私が怪我したって聞いて飛んできてくれたの?」

「……開けていいですか?」

「うん。着替え中だけど、どうぞー。」

「…………。」

「アハハッ嘘だよ!入って!」

冗談を言う元気がある事に少しだけ安心して、アルミンはカーテンを開いた。が、その先にあった光景に先程の安堵が一気に打ち消される。
 ベッドに横たわる名無しさんは、顔には何も巻かれていないものの、頭にも首にも包帯がグルグル巻かれている。硬直しているアルミンに向かって、見て、とでも言いたげに掛け布団を捲って見せた。
 病人や怪我人用の前開きの紐の寝間着を着せられている彼女の体は、両足にも包帯、右の肩から腕にかけてもグルグルと包帯を巻かれていた。彼女の白い肌が見えているのは左腕と顔だけだった。

「ちょっ!アルミンそんな泣きそうな顔しないでよ!お姉さんが虐めてる気分になっちゃう。」
傷だらけの姿でも、ケラケラと笑って言う名無しさんにアルミンは表情を変えぬまま言い放った。

「昨日、立体起動の調整の為に僕の事を探してたって!ミカサから聞きました。その時、ミカサが見ようとしたのに断ったとも……。どうして、ミカサに見てもらわなかったんですか!?」

「うっ……。でも、自分で調整したんだよ?アルミンに教わった事とか思い出しながら。」

「ちゃんと出来てなかったから怪我したんでしょう!?第一、いつも僕の説明なんて聞いてなかったじゃないですか……。」

「アルミン、怒ってる?」

怒るに決まっている、とアルミンは思った。
 いつもいつも、装置の調整を頼んできて、何度も説明をするのに全く理解しようとしてくれない。そもそも聞いてなどいない。
 いつかこういう事が起こるんじゃないかとは思ってはいたが、やはり起こったのだ。
 第一報を聞いた時は血の気が引いて行くのを感じた。
 走って医務室に来てみれば、包帯だらけの体で、いつも通りに見せたいのかケラケラと笑っている。
 

勝手な人だ……。
こっちの気にもなってほしい……。

「褒めてくれると思ったのにな。一人で調整したんだから。」

「そんな体になって褒めれません。」

本当に勝手だ。
一人で調整して、一人で怪我を負って、全く褒められない……。

 相変わらず彼女に厳しい視線を送るアルミンに、名無しさんは怪我を負っていない左手を伸ばして彼の手首をギュッと掴み自分の方へ引っ張った。

「じゃぁさ、慰めて。」

「名無しさんさん!?ちょ、ちょっと」

名無しさんはアルミンよりも背も高ければ、運動能力だって遥かに上だ。怪我を負ってはいても、小さなアルミンの身体を自分の腕の中に閉じ込める事はさほど苦労しなかった。

消毒の匂いと彼女独特の女性の香りが入り混じって、アルミンは軽くむせ返った。

「ねぇ。アルミン。心配した?」

「へっ!?そ、そりゃぁっします……よ。」

何でそんな事を聞いてくるのだ、と思いながらもアルミンは素直に答えた。直後に頭をヨシヨシと撫でられて、恥ずかしさに顏が火照って行く。
 きっと林檎の様な赤い顔になっているのだろうと思い、それを名無しさんに気付かれない様にと彼女の腕の中にくるまったまま、胸に顏を押し付けた。柔らかい女性特有の感触に更に恥ずかしくなる。

「アルミン。今顏真っ赤なんじゃない?」

「そ……そんな事っ…。」

「ってかアルミン、そんな強く押さえ付けられたら痛いんだけど。」

「ああ、すみませんっ」

彼女の怪我に響いてはいけないと、慌てて身体を離すと、名無しさんはニンマリと笑った。

「フフッ。やっぱり真っ赤。」

そう言ってアルミンの右頬に左手の甲をピタリ、と付けてきた。

勝手な人だ。
いつもいつもそうやって……
僕の心を振り回す。

悔しくて、恥ずかしくて、それでも愛しくて、アルミンは自分の頬にくっついていた彼女の左手に自分の右手の平を重ねた。
手の甲を頬にくっつけていたために、お互いの手の平が重なり合って、アルミンはそのまま指を絡めギュッと握った。

怪我をしていない、白い綺麗な手だ。

アルミンはその手を握ったまま自分の頬から下に下ろしていき、口元まで近づけるとその白い手の甲にソッと口付けた。

これ以上は傷つく事が無い様にと、願う様に何度も何度も口付けた。
時折、上下の唇の間で食む様にして手の甲の皮膚を挟みそのままチュッと吸い付くと、覚えてもいないはずなのに、乳児の時の懐かしい感覚が甦ってくる様で、それと同時に自分の中の男が覚醒していき、何度も何度も狂った様に彼女の手の甲を犯し続けた。

チュッ、チュッと、おおよそ医務室のベッドからは聞こえてはいけない様な淫靡な効果音がカーテンの中で響き渡っていた。
それでも愛撫というには余りにも純粋でいじらしく、性的な欲求よりは深い愛情が満ちていた。

「アルミン、ちょっと、アルミン!」
ようやく、名無しさんが左手を引くと、アルミンはハッと我に返り、彼女の左手の甲を見た。彼女の白い甲は幾度の吸い付きで若干赤らんでいて、アルミンは罪悪感に満ちた表情で頭をペコリと下げた。

「すみません。僕……。」

「アルミンってたまに野獣だよね。」

「ち、違います!!」

また顏を真っ赤にしているアルミンに笑いながら、名無しさんは自分の左手の甲に愛おしそうにソッと口付けた。

チュッと小さなリップ音が響く。

「ねぇ。アルミン。私の怪我が治ったら……続きしよっか?」

元々赤かったアルミンの顔が更にボッと赤くなる。

「な、何を言ってるんですか!?変な事言ってないで、安静にしてて下さい!」

そう言って、カーテンから出ようとした所で名無しさんの声が追ってきた。

「アルミン、またお見舞い来てくれる?」

勝手な人だ……。
いつもいつも僕をからかう癖に
そういう時の声は本当に寂しそうで、ひどく弱々しい……。

「また、来ます。治るまで、毎日でも来いって言うなら来ますから……。早く、元気になって下さい。」

そう言い残して、アルミンはカーテンを出た。
 直後に医務室に居た他の兵士達の気まずい視線を感じ、
「し、失礼します」
と言うと小走りで医務室を出て行った。
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