長編夢BOOK

□エピローグ
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「ちょっと聞きたいんだが、あのジャケットは?」

壁に掛かったジャケットを指差して、先程から独りで強い酒を煽っていた中年の男が彼女に尋ねる。

彼女は優しく微笑むと懐かしそうに言った。

「あれは、私の兄の物です。二年前に、壁外で命を落としました。」

彼女の言葉に男は、ゴクリと酒を煽ると大きく息を吐いて言った。

「私の、娘も調査兵団に属していた。今回の、壁外遠征で命を落としたと……」

たちまち男の目は血走り、憎々しげに顏を歪めると、ブルブルと震えだした。

「人類最強だと言われる兵士長に仕えていたんだっ!死ぬ訳が無いと、思っていた!!今までも何度も生きて帰ってきた!!それなのに何故!娘が死ななければいけなかったんだ!!!結局何も成果は得られずに、娘は殺されたっ!何の為にっ……無駄に命をっ」

彼女は悲しそうな顔をして、俯く男の肩にソッと手を置いた。

「私は、兄の死は無駄だったと思っていません。兄が調査兵団に入ると決めた時、戸惑いはありましたが、私は応援しました。頑張れと見送りました。命を落とす危険が高いと分かっていながらも、人類の未来の為にと羽ばたく翼を誇らしく思いました。貴方も、そうだったんじゃないですか?娘さんの今までの誇りも無駄だというのですか?」

男はブルブルと首を振りながら顏を上げた。目尻の皺が悲しげに歪み、瞳からは涙が今にも零れ落ちそうになっている。

「違うっ……無駄じゃ、ない。」

「ええ。無駄なんかじゃないです。ですから、よく頑張ったと迎えてあげて下さい。」

「っ……ペトラっ」

男は娘の名前を口に出すと、崩れる様に泣きじゃくった。
彼女はそんな男の背中を、いつまでもいつまでも撫で続けた。




閉店後の誰も居なくなった店内で、彼女は食器を丁寧に拭きながらチラリとジャケットに視線をやった。

きっとまた、彼は沢山の翼を手に帰ってくるのだろう。
きっとまた、傷ついた顔で自分を責めるのだろう。

それでも、きっと帰って来てくれる。

だから私は何時でも彼を出迎える。


カランカラン……
響く鈴音に彼女は顔を上げる。


慈悲深い微笑みを見せて彼女は扉から入ってきた彼に言う。

「お帰りなさい!!」

―END―
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