企画物BOOK

□君に会いに
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「リヴァイ兵長!何でしょうか!!」

憧れる上司に呼ばれた事が嬉しいのか、即座に会話を中断して飛び跳ねる様な足取りでリヴァイの前まで来たオルオは、敬礼のポーズをして元気良く言った。
リヴァイは少し、ほんの少しだけ、無表情を貼り付けた様な顔に同情の色を出しながら、オルオに水の入ったバケツを手渡した。

「俺の馬に水を飲ませてやってくれ」
「い゛っ……!?」

一瞬でオルオの顏が引き攣った。それでもリヴァイに手渡されたバケツはしっかりと持ちながら、彼は言う。

「あの、冗談……ですか?」
「…………」

申し訳ないと思いながらも、リヴァイは無言でオルオを睨み付けた。それだけで、オルオはビシッと姿勢を正し、顏は相変わらず引き攣らせたままに、厩舎の方へと体を向けた。

「わ、分かりました」

明らかに脅えているらしく、歩く度にバケツから水をボタッボタッと零しながらも、オルオはギクシャクで歩いて行く。
それを少し離れて後を追い、リヴァイも厩舎へと近付いて行った。

相変わらず美しい黒毛を艶めかせている馬は、自分の所に近付く足音にピクッと顏を上げ、耳を動かした。
一歩、一歩、とオルオが近付いて行き、馬の厩舎の前に立った瞬間、後ろ足で立ち上がった馬は攻撃する様に、浮いた前足をオルオに向けて振り上げた。

「うわあああああっ」

叫び声と共に、オルオは後ろに尻もちを着き、バシャンッとバケツの水を頭からかぶった。急いでリヴァイも厩舎の前に行き、すっかり濡れ鼠になったオルオの肩に慰める様に手を置いた。

「悪かった。もういい。俺がやる」
「す、すいません。リヴァイ兵長」

それにしても自分の班の兵達は何故こうも悪くないのに謝るのだろうか……と思いながらも、リヴァイは空になったバケツを手に取り、再び水を汲みに行った。
ズルズルとオルオを厩舎の前から引き摺って離しながらペトラが呆れた様子で言う。

「アンタ兵長を怒らす様な事したんじゃないの」
「ハッそんな訳ねーだろ。多分あれだ。リヴァイ兵長は御自分の馬をもし誰かに譲るとしたら俺にしようと思っておられるんだ。」
「……あっそう…」

そんな彼等の会話を何の気無しに聞きながら、リヴァイは
(やっぱり他の奴等には懐かねぇな)
と納得しながら、手に持ったバケツの水をガブガブと飲んでいる、自分には従順な愛馬の顔を見上げていた。

その日の夕食時、リヴァイは班員達に「用事があるから先に食事を済ませておけ」と言って食堂を出ると、一目散に厩舎へと向かった。
胸がお楽しみを待つ様にワクワクと騒いでいる。それは厩舎に近づく度にドンドンと高鳴って、昨日と同じ場所に人影を認めた瞬間、ドクンッと音がしたのかと思う程一際大きく高鳴った。

(やっぱり居やがった)

昨日と同じ様に食器を手にして、マホは馬に向かって話していた。

「今日、君に近付いた兵士……オルオだっけ。随分怒ってたね。君」

どうやら休憩中の珍騒動は、彼女も見ていたらしく、リヴァイは隠れながらもバツが悪そうに頭の後ろを掻いた。

「でも、あれだよね。君のご主人の班は、皆仲良いんだね。あ、普通はそうなのかな。私が変なんだろうな。ちょっと羨ましいかも……」

(やっぱりコイツはいつも1人なのか)

班員とコミュニケーションを取る事は、信頼にも繋がるし、それは実践で大きな力になる。だからリヴァイも、なるべく自分の直接の部下にあたる兵士とのコミュニケーションは大事にしているのだ。
寧ろそんなコミュニケーションもまともに取っていなさそうな状態で、よく今まで壁外調査で生きてこれたな、と逆に感心すら覚えた。
訓練が終わってから、こっそりと兵士名簿を拝見して彼女の事を確認してみたが、訓練生時代の成績は中の下といったところで、どの教科も平均より少し下だった。調査兵団に入ってからの討伐数は0で討伐補佐数も一桁だった。
余程悪運が強いのだろうか……。

どうにも他の兵とは違うマホが、リヴァイは気になって仕方無かった。物陰からジッと見つめるなんてリヴァイらしくもないのだが、結局その日も、彼女が厩舎から去って行くまで、息を潜めていた。


「マホ・ネームという兵士の事だがー…」

翌日、リヴァイはエルヴィンとの打ち合わせ中に、少し一段落したのを見計らってそう、切り出してみた。

「彼女が、どうかしたのか?」

当たり前だが、エルヴィンは彼女の顔も名前も知っていたようで、ただ、リヴァイの口からその名前が出た事だけは不思議そうに僅かに首を傾けてそう聞き返した。

「……昨日、マホの班が訓練してる所を『偶然』通りかかったが、どうも班のメンバーと馴染めていなさそうだ。今までもそうだったのか」

ふむ……とエルヴィンは顎に手を当てて、ややあってから内緒話をする様な小声で−此処はエルヴィンの執務室であって2人以外誰もいないので小声になる必要はないのだが−こう言った。

「1度、彼女の所属の班長……ルーク・コーネルから相談された事はあった」

ルーク・コーネルという名前を聞いたリヴァイの脳裏に1人の男兵士の顔が浮かび上がってきた。
活発では無くどちらかと言えば物静かな兵士ではあるが、巨人の討伐数はなかなかのもので、いずれは、間違いなく幹部クラスに進むであろうと言われている男だ。

「相談?」
「ああ。マホを彼の班に入れたのは半年程前からなんだが、どうも彼女と上手くコミュニケーションが取れないと。それで、1度マホを呼んで面談した事がある。『今の班の構成や人間に不満はあるか?』と」
「それで、マホは何て答えたんだ」

答えを急ぐ様にリヴァイが聞くと、エルヴィンは残念そうにフルフルと首を振った。

「それが、『特に不満は無い』としか答え無くてね。何か困った事があれば私に言う様にと伝えて返したんだ。ルークには、『彼女は元々あんな性格らしいから余り気にしすぎない様に』と言ってね。それからも特に変化は無さそうだったが、壁外で支障が出てる気配も無いから今の所は現状維持だ」

ルークが班長なら、『虐め』の様な事は多分無いだろうとリヴァイは幾分ホッとした様に小さく息を吐いた。
けれど彼女はこれからもずっと仲間と交流する事も無く過ごしていくのだろうか。
ソファの背に片腕を引っかけて、難しそうな顔をしているリヴァイに可笑しそうにエルヴィンは言う。

「それにしても、リヴァイが一兵士をそんなに気に掛けるのは珍しいな。他に理由があるのか」

言うつもりは無かったが、エルヴィンの何か勘ぐっている瞳が煩わしくもあり、リヴァイは面倒臭そうにマホと自分の愛馬の事を話した。

「成る程……。それで気になったのか。それにしても食事も1人で取っている事までは知らなかったな」

言って、少し考える仕草をした後、名案、という様に手を打って、エルヴィンは碧色の瞳をキラリと光らせた。

「そうだ。リヴァイ。今夜にでも彼女と話してみたらどうだ」
「は?」
「お前の馬と仲が良いんだろう。それにお前の事は尊敬している節がある。リヴァイになら心を開くんじゃないか」
「まぁ……一度話してみようかとは思っていたが、面倒くせぇのは―…」

リヴァイがまだ話してる途中で、エルヴィンは彼の肩にポンと手を乗せて立ち上がった。

「頼んだぞ。リヴァイ」

提案というよりはこれは命令だな……と思いながら、リヴァイは軽く舌打ちをして渋々頷いた。


午後の訓練が終わり、各班が分担して行う清掃の時間、リヴァイはハタキを片手に建物内を歩き回り、一つの部屋の前で立ち止まった。
兵士達が一斉に掃除をしているその時間、各班の班長、先任班長、分隊長、団長は会議室に集まりミーティングを行う。勿論リヴァイにも参加の義務はあるのだが、掃除をしたいという理由で度々免除してもらっているのだ。後でエルヴィンやハンジから色々聞けば良いし、彼の潔癖症は誰もが知っているから文句を言われる事も無かった。

リヴァイがハタ、と立ち止まった場所は武器の整備室で、扉は付いていない為入口から中が見える。
チラリと中を覗いたリヴァイの眉間にキュッと皺が寄った。
整備室の中には1人の兵士が居て、箒で床を掃いていた。
何か考えるよりも先にリヴァイは入口を潜り、整備室の中へと足を踏み込んだ。

「おい。」

そう呼びかけたリヴァイの声に、ビクッと肩を震わせて、ゆっくりとその兵士は振り返った。
耳の下で二つ括りにして垂らしている黒髪が、振り返った彼女の動きに合わせて不安気に揺れた。

「り……リヴァイ兵士長」
「マホ・ネームだな」

確かめる様にリヴァイが彼女の名を呼ぶと、一瞬意外そうに瞳を真ん丸くさせて、マホはコクンと首を縦に振った。

「マホ。何故お前は1人で掃除をしている。同じ班の兵士はどうした」
「あの、大丈夫です」
「てめぇが大丈夫かどうかは今は関係ない。他の兵士はどうしたんだ」

箒を持ったまま立ち尽くしていたマホは、紡ぐ言葉に困っているらしく口をモゴモゴと動かしながら、リヴァイの視線から逃れる様に瞳を逸らした。

(何なんだ。コイツは。)

どうしても言いたくないのか、だんまりを続けるマホにリヴァイは次第に苛々してきた。

「もういい。後でお前の班の兵士達を呼んで事情を訊く」

吐き捨てる様に言えば、マホは慌てて顏を上げた。

「あ、待ってください。違うんです。その。私掃除したいから。1人で掃除したいから。皆は自主訓練してます。」
「それは、ルークは知ってるのか」
「ルーク班長には言ってないです。けど、多分分かってると思います。」
「分かってて黙ってるならそれも問題だが」
「じゃぁ知らないんじゃないでしょうか」

ああ言えばこう言う、といった感じでマホが返してくる言葉に、リヴァイは面倒臭そうに舌打ちをする。

「なら、これはお前の意志でしてるのか」
「そうです。」

ジロリとマホの顏を見つめれば、マホも負けじとリヴァイを睨み付けてくる。
どうもそれには嘘は感じられない。

だが、本当に彼女の意志なのだろうか。
仮に彼女の意志だったとしても、その様な単独行動は調査兵団内では認められていない。
ルークは本当に黙認しているのだろうか。
そして他の兵士達は一体何をしているのだろうか。

「あの、大袈裟にしないで下さい」

お願い、という様にマホが言い、その態度にリヴァイは怒りを通り越して呆れた。

「俺に見つかった時点でもう大袈裟な事になってるんだよ。決められた業務内での個人の単独行動は禁止されているのは知っているだろ」
「はい……」

マホの声に覇気が無くなり、その表情も曇りがかっていた。
別に彼女を困らせたいわけでは勿論無いが、兵士長という立場上この状況を黙って見過ごす事も出来ない。

「……とにかくだ。お前は―……」
「リヴァイ兵長?」

リヴァイがマホに何か言いかけた時、背後より不思議そうに自分を呼ぶ声が飛んできた。
クルリと首だけで振り向けば、見覚えのある顏、焦げ茶色の髪を短く刈り込んだヘアスタイルの男が驚いた表情で入口に突っ立っている。
リヴァイに続いて入口に視線をやったマホは、焦った様子でオロオロとし始める。

「ルーク」

リヴァイがその男の名を呼ぶと、彼はピクッと姿勢を正して敬礼のポーズを取った。
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