企画物BOOK

□君がくれた光 【後】
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あの日を境にますますアルミンの姿を見る機会が減った。
食堂でバッタリ出くわす事もあったけれど、これは私の被害妄想かもしれながやけに余所余所しい態度を取られてる気がしていた。
声をかけようと思った時にはもう視界から消えているし、話しかける事に成功しても、ぎこちなく笑い返されて
「ごめん、僕もう行かないと」
と、大して悪びれない様子で去っていく。

離れて行くアルミンの腕を掴んで引き止める事だって出来たかもしれない。けれどもしかしたらこれがアルミン的な遠ざけ方なのかもしれない、と思うと強引にはなれなかった。
何せ、アルミンに避けられてるんじゃないかと思う様になったのは食堂前の廊下で話したあの時以来だ。
あの時の私は、アルミンと余り話せない事にしょぼくれてると思われてもおかしくない言動を取ってたと今になれば思う。まあしょぼくれてたのは事実だけれど、アルミンからしたら面倒な事この上ない話だろう。
恋人だったらまだしも、いや恋人だったとしても面倒くさい話だが、忙しくしている時に「私と世界が違う人」だとか言われたら鬱陶しいに決まってる。
そういう事を考えれば、アルミンに避けられてても仕方ないし、実際忙しくしている事を思うと私からアルミンに近付く事は許されない気がするのだ。

その日は朝からどんよりとした灰色の雲が空を覆っていて、ジメジメとした空気に当てられてどうも体が怠かった。
昼休憩になった時にはついに堪えきれなくなったみたいにポツポツと空が泣き出し、これは午後の哨戒は中止かな、なんてぼんやりと思いながら私は皆が集まる食堂のテーブルに付いた。
味気ないスープと芋のサラダに硬いパン……変わり映えのしないメニューに秘かにウンザリとしながらスプーンを手にした時、珍しく遅れてやってきたサシャが派手な音を立てて椅子を引いて開口一番、叫ぶ様に言った。

「見ちゃいました!!!」

主語の無い発言に、テーブルに居たメンバーは皆顏にハテナマークを浮かべてサシャを見ている。
口に放り込んだパンをゴクンと飲み込んでから、サシャは瞳をキラキラさせて嬉しそうに言う。

「アルミンが、先輩兵士に告白されてました!!」

カツンッと弾けた音を立てて、私の持っていたスプーンが床に落ちた。
それに気付いたのはミカサだけで、皆はサシャの方に顏を近付けて「告白?」「何だって?」とワクワクした様子で騒いでいる。

「マホ。新しいスプーンを取って来るから待ってて」

スプーンを拾い上げてくれたミカサが、同情めいた視線を私に向けてそう言うので、私は慌てて首を横に振った。

「あ、有難うミカサ。でも大丈夫!ほら、3秒ルール!!」

おそらくスプーンが落ちて拾われるまで5秒以上はかかってた気がするが、あまり私はそういう事は気にならなかった。地面に落ちたパンでも食べないと死んでしまうみたいな状況に陥った事もあったのだから、それに比べたら毎日掃除がされてる食堂の床なんて舐めれると言っても過言じゃない。
アハハ……と取り繕った笑顔を見せた私の耳にサシャの楽しそうな声が届く。

「厩舎の影で女性の先輩が、アルミンを呼びとめてて、『好きです』って言ってました!アルミンより背が高くて美人な先輩でしたけどっ……」
「で?アルミンは何て答えてたんだ?」

コニーのその問いに、サシャはハタ……と動きを止めた。
皆が どかしたか? という視線を送る中、サシャはバツが悪そうな顔でスープを啜り出した。

「その後は分からないです」
「はぁ!?何だそれ、ふっざけんなよ!!」

食ってかかるジャンにヒュンと肩を竦めてサシャはいじけた様にぶつくさと弁解しだした。

「だって、お腹が空いてて早く食堂に行きたかったし……。アルミンもなかなか返事しなかったから痺れが切れたってやつですよ!」
「それなら報告するなよ。ウズウズするじゃねーか」

尻切れトンボの様な後味の悪さに、皆がエレンの言葉に同調してウンウンと頷いた。
そんな中で私は秘かにホッとしていた。
アルミンが告白されていた……それだけでもショックなのに、結果なんて聞いたらスプーンを落とすどころの話じゃなくなってしまう。。
心の何処かでは、きっとアルミンは丁重にお断りをしている、とは思っていた。彼に恋人という存在が出来る事がまず想像出来ないし……。
けれども、もしその告白を受け入れていたら……。
そんな結果をサシャの口から聞いてしまったら、卒倒するかもしれない。
その後も、テーブルは“アルミン”の話題で持ち切りだった。多忙の所為で一緒に食事をしたりする機会も減ったからだろう。まるで、有名人の噂話でもするみたいに、ある事無い事が飛び交う。
アルミンを狙ってる女性は多いとか、アルミンのタイプはこういう人だとか、ああみえてアルミンは結構助平だとか……。なかなか空にならない皆の食器を尻目に私はサッサと味気ない食事を平らげて、場の空気を乱さない様にソッと席を立った。

「マホ。」

食器を戻していたら、背後からミカサに呼ばれた。振り向けば、大丈夫?と心配する大きな瞳と目が合った。条件反射の様にニコリと笑顔を見せれば、ますますミカサは心配そうに眉を顰めた。

「部屋に戻るの?」
「え?うん。午後からの哨戒も中止ぽいし、丁度溜めてた業務書類もあるから……」

そう答える私に、チラとミカサは一度出入り口の方に視線をやって言う。

「もう少ししたら、アルミンも食堂に来ると思うけど……」

恐らく、アルミンが食堂に来たら、皆に取り囲まれて例の告白の事を聞いたりするのだろうか……。

「いいや、私は部屋に戻る」
「アルミンと何かあったの?」

的確な質問に、ゴクンと喉が鳴った。
あの時の事はミカサにも話してない。

「な、なんで?」
「最近のマホは、アルミンを避けてるみたいだから……。それに、アルミンも……」
「さ、避けてるのはアルミンじゃないかな。ミカサも言ってたじゃない。『アルミンは姑息な事を考えるのも得意だから迷惑がってたらそれとなく遠ざける事ぐらい朝飯前』って。だからきっと、今がそうなんだよ。アルミンは」
「マホ……」

肯定も否定もしないのはミカサの優しさだろうか。
どんどん自分が惨めに思えてきて、無理矢理に笑って小走りに食堂を後にした。


自室に戻った頃には、すっかりと強まった雨脚が、部屋の小さな窓をバシバシと叩いていた。
まだ昼過ぎなのに、窓の外は仄暗くて嫌な感じだ。
仕方なくと机上に書類を広げて手を付けだすも、どうにも気分が乗らなくて、ボーッと窓に当たって流れ落ちる雫を眺めていた。

薄暗い外、雨音が響くだけの静かな部屋、雨の日特有のジメッとした空気。それが合わさると、ズシリ……と音を立てる様に気分が沈んでいく。

もう、アルミンと昔みたいに話したり出来ないのだろうか……。
そう考えると物凄い恐怖だが、だけど事実、最近はほとんどアルミンと話してない。
このままずっとこんな感じで、いつの間にかすれ違っても挨拶すらしなくなるんじゃないだろうか……。

「そんなの、嫌だ……。アルミン」

ポツリ、と呟いた声に感化されたのか、ジワッと目頭に熱が籠った。

アルミンはいつだって私の光だった。
キラキラと輝いてて、彼の笑顔を目にするだけでハッピーだった。
何よりもアルミンは、【死】の淵に立っていた私を救いだしてくれた人だったから……。
大切に決まってて、失いたくないに決まってて、かけがえのない人に決まってる……。
アルミンがそうでなくとも、私にはアルミンが全てだ。

ポタポタッと零れ落ちた涙が、書類に染みを作り、慌てて目頭を押さえた時、コンコン、とこのジメッとした空間にそぐわない乾いたノックの音が響いた。
急いで涙を拭って、深呼吸してから「はい」と返事をして、ヨタヨタと扉の方に移動すると、誰が来たんだろうか、と考える事もせずにガチャッと扉を開けた。
扉を開いた先に見えた金色を、私はどんな顔で見ていたのだろうか。
きっと、凄く間抜けな面だったのだろう。
金色の髪の持ち主が、驚いた様に碧い瞳を見開いていたのだから。

「マホ?ご、ごめん。今お取込み中だった?」

じんわりと胸を熱くさせるその声に、ハッと我に返って私は、ブンブンと首を振った。

「ぜ、全然!それよりどうしたの、アルミン?」

正に目を疑う光景だ。
何でアルミンが私の部屋に来たのだろうか。

「うん―…。入っても良い?」

歯切れの悪い言い方でそう聞いて来るので、私は少し戸惑いを覚えながらもアルミンを招き入れた。
別にアルミンが私の部屋に来る事が初めてというわけじゃないし、私がアルミンの部屋を訪れた事だってある。
だけど、今までとはどうも空気が違う。
私が変に意識してる所為だろうか……。
だけどアルミンもキョロキョロと落ち着かない様子で、気のせいか顏を強張っている。

「あ、雨凄いよね」

会話に困ったら天気の話をするのが良いと聞いた事があるけれど、まさかアルミンに対して使う事になるとは思わなかった。
私の言葉にアルミンも、とりあえずといった感じで窓に視線をやった。

「うん。ミカサがね。マホが元気が無いって心配してて。ちょっと僕も気になって来たんだ」
「ああ、ミカサに……」

ミカサに有難うという気持ちと、別にアルミンの意志で来たわけじゃないんだ、というガッカリ感に切なくなる。

馬鹿みたいだ。
アルミンに避けられてる、嫌われてる、なんて思っておきながら、思いっきり期待してるなんて、とんだ間抜けだ。

「別に、元気だよ?」

ケロリとした声でそう言えば、アルミンは如何にも文句有り気な目で私を見据えてきた。

「どうみても元気無くみえるけど……」
「そんな事、無いよ」
「長年の付き合いなんだからすぐ分かるよ。何か悩んでる事でもあるの?」

長年の付き合いだっていうのなら、何で私の気持ちは分からないんだろう……。
溜息混じりにベッドに腰掛けたら、アルミンも倣う様に私の隣に腰掛けてきた。
どうやらまだ彼は此処に居座るつもりらしい。

「忙しいんじゃないの?こんなとこで油売ってて大丈夫?」
「うん。会議の予定があるけど、朝からハンジさん達は王都の方に行ってて、午後には帰って来るはずだったんだけどこの雨で遅れてるみたいだからね。」
「そうなんだ。だったら104期の皆と久し振りに話してたら良かったのに……」

自分でも可愛くないな……と思う。
本当は来てくれた事、まだ居てくれる事が嬉しいのに、何でこんな態度を取ってしまうのだろうか。
案の定アルミンも、少し不快そうに眉を顰めた。

「僕がマホと話したいと思って来たんだよ」
「ミカサに言われたからでしょ?」
「どういう意味?」
「私だって長年の付き合いだから、分かるよ。アルミン、私の事避けてたでしょ。それなのにこうして此処に来たのは、ミカサに言われたからで、ミカサが何も言わなかったら此処に来る予定なんて無かったでしょ」

また、私は面倒臭い女になってる。
ジメジメウジウジと、雨みたいに暗く、気分を落ち込ませる、嫌な女になってる。

「マホ、怒ってる?」

冷静な口振りでそう聞いて来るアルミンに、カァッと顏が熱くなる。
いつだって、必死なのは私だ。

「別に、怒ってないよ。でも私の事避けてるならこんな風に来たりしないで。どう接して良いのか分からない。」
「忙しかっただけだよ」
「そりゃ、忙しい事もあったかもしれないけど、明らかに避けられてるって分かってたもん。でも、私は自分でも面倒臭い女だって思うし、命を助けられたからってずっとアルミンに執着してたし、それがアルミンの迷惑になってても仕方ないって思ったから……。だから、避けられててもしょうがないって、このまま話せなくなってもしょうがないって思って……」
「確かに、忙しかっただけってのは嘘だけど……」

諦めた様にそう白状したアルミンに、胸がギュンと傷む。
必死で涙を堪えていたら、ガシリ、と肩を掴まれて、グラリと視界が反転した。
ドサ、とベッドに体が倒れて、慌てて起き上がろうとした私の肩を押さえ付けたアルミンが、怖い顔で私を見下ろしていた。
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