企画物BOOK

□月と君
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夜がふけて、皆が寝静まる頃。この時間が私は一番好きだ。
兵団本部の屋上はあまり人が立ち入らず、おまけに深夜だ。当然ながら誰もいない。
片手にはランタン、もう一方の手には酒瓶とグラスを持った私は、適当な場所にドサッと胡座をかいて座り込んだ。
広い屋上の端っこだろうが真ん中だろうが、私が見るモノに変わりはない。
今夜は少し雲がかかっているせいで、ぼやけた輪郭で青白く空にうかんでいた。

「おぼろ月夜とかいうんだっけ?」

トクトクとグラスに酒を注ぎながら、私は月を見上げて1人呟いた。
少し湿り気を帯びた夜風が肌を撫でていく。明日は雨だろうか……。
40年以上生きてきたけれど、見上げた月は昔っからずっと変わらない。
壁が破壊されたり、活動領域が狭まったりと、地上は目まぐるしく変わっていくけれど、空はいつもと変わらず広がっているのだ。
壁外でも壁内でも見上げた空は同じなんだと、その事を知ってからもう25年……。

「25年だって……」

思わず声に出して笑って、わたしはグラスに注いだ酒をグイッと勢いよく呑んだ。
ただでさえ入れ替わりが激しい組織にこんなに長く在籍しているのは私を含めて数人しかいない。女性では私だけだ。
殉職者が多い組織だけれど、女性兵士の離職理由のトップは『結婚』だったりする。
たまに調査兵団を去った馴染みの元同僚達と会う事もあるが、皆、家庭があり子育てが大変だ、と幸せそうに愚痴を零している。
そういう場では決まって聞かれるのが
「マホは?結婚の予定は?」
という、一見当たり障りが無いようでいて残酷な質問だ。
それも35を過ぎた辺りから聞かれなくなった。
きっと周りからは婚期を逃した哀れな女とでも思われているんだろう。
実際、婚期を逃したのは間違いでは無い。
17歳で調査兵団に属してからずっと、人類の未来の為に戦ってきた。それが自分の選んだ道だと思っていたし、死を恐れてなかったわけではないけれど、巨人と闘う事から逃げたいと思った事は無かった。
そんな日々だったから、恋愛に勤しむ余裕なんて持ち合わせていなかった。結婚願望が無かったわけではないけれど、大して焦りも感じないままにズルズルと今まで来てしまったのだ。きっとこのまま独り身で一生を終えるだろう。それが巨人の口の中か、ベッドの上なのか、分からないけれど……。

タン……と夜の静寂を割る様な乾いた音が響き、後ろを向けば、灯りの乏しい空間でも認識出来るシルエットが浮かんでいた。

「やっぱり此処にいやがったか」

私より一回り近く年下のくせに、相変わらずの生意気口調で近付いて来たその“男の子”に私はニカッと笑ってみせた。

「よく分かったね。リヴァイ」

フン、と鼻で笑って、リヴァイはドサッと私の隣に腰掛けてきた。

「満月の夜は決まって此処で呑んでるだろ。アンタは」
「うん。今日はちょっとぼやけてるんだけど、でもこれも味があって良いよね。あ、お子ちゃまには分かんないか」

取って付けた様なポーカーフェイスの彼の表情が、少しだけ悔しそうに歪んだ。チラリと横目で私を見てムキになったみたいに言ってくる。

「三十路の男に向かって『お子ちゃま』はねぇと思うが」
「私からみたらお子ちゃまだよ。リヴァイは」

チッとすぐに舌打ちをするのもやっぱりお子ちゃまだよ、と言いたくなったが、後々面倒臭そうなので止めた。
年下のクセに悪態を吐いて来る事が多いけれど、このリヴァイの事は実は割と気に入っている。年齢を重ね、兵歴も長くなってくれば必然的に自分の周りの兵士達は皆、年下で後輩になってくる。当然ながら敬語も気も遣われて、たまに息苦しさも感じるのだが、リヴァイはそれが無い。生意気と思わない事も無いが、何せスピード出世ともいえる彼は今では兵士長の身分であり、役職的には私よりも上なのだ。

「深酒せずに、さっさと寝ろよ」
「はいはーい。分かってますって兵士長様」

言いながら、空になったグラスにトクトクと再び酒を注げば、隣からハァと盛大な溜息が聞こえた。

「明日に響くぞ。アンタはもう若くねぇんだし……っ痛ぇな。何しやがる」

咄嗟に作った拳骨をリヴァイの頭にお見舞いすれば、ピシっと眉間に皺を寄せて、ギロリとこちらを睨んできた。

「女性に向かって年齢に関する事を言うのはタブーなのだよリヴァイ君。」
「ああ?そんなもん知るか。俺はアンタの健康を心配して……っおい、何回殴るんだ」

再び拳骨を落とそうとすれば、寸での所でパシッと振り下ろした拳を受け止められた。

「まだ健康を心配される歳じゃないわよ!というか手、離してよ」

私の拳を受け止めた手をそのままにグッと掴んでいるリヴァイにそう言えば、「ああ」と短く答えた彼は頭上の位置でパッと手を離した。そのまま重力に従って私の手はストンと落ちて、自分の膝の上に着地した。
この歳になって恋愛になんて興味も無いけれど、リヴァイと2人でいる時はたまに、ほんとにたまーに、胸の奥が甘く痺れる事がある。
もしかしたら、後10歳、いや5歳、若ければ私はこの男の子にめちゃくちゃ恋い焦がれていたのかもしれない。
そんな事を思いながら、彼の整った横顔を見ていると、ジロと生意気な灰色の瞳が私を睨んできた。
まるで人の心を見透かすみたいな、鋭い眼光だから、今考えていた事がバレたのでは無いかと、変に焦ってしまう。

「よ、よし!!リヴァイ。お前も呑め!!」
「は?何で俺が」
「いいじゃない。たまには付き合いなさいよ。」

言って、自分が呑んでいたグラスをリヴァイに手渡すと、私は酒瓶に直接口を付けてググイと呑んだ。

「おい……。曲りなりにも女が酒瓶で直呑みしてる図はいただけねぇぞ」

その言い草に、思わずブハッと私は吹き出した。

「もうそんな事を恥じらう年頃じゃなくなったわよ。そういうのはね、乙女心をまだ持ってる女の子だけが気にすれば良いの。」
「そうかよ。好きにしろ」

ハァ……とまた溜息を吐いてから、リヴァイは私に手渡されたグラスをクイッと呷った。
一気にグラスの半分ぐらいまでを喉に流し込んで、リヴァイは俯くと聞き取れないぐらいの小さな声で言った。

「アンタは……割と良い女だと、思うぞ」

ボソボソながらも耳に入って来た言葉に、ズッコケそうになって慌てて体勢を整えた。

「何を言い出すのかと思ったら。あ、もしかして、口説いてるの?年上好きだっけ君」

からかう様に言えば、リヴァイは俯けてた顏をガバっと上げて私を見てきた。
珍しく彼の頬に紅みが差してるので、私まで恥ずかしくなる。

「馬鹿言えっ誰が口説くんだよ。ただ、アンタが『女を捨ててる』みたいな発言しやがるから……」
「あ、慰めようとしてくれたの?」
「そういうつもりはねぇが……」
「いい子だね。リヴァイ」

笑って、彼の特徴的な髪型の頭をヨシヨシと撫でてやれば、バッと逞しい腕で振り払われた。

「俺は、三十路だと言ってるだろうが……」
「でも、私より年下だし?」
「……そうかよ」

プイと横を向いて、グラスの酒を飲み干すリヴァイがやっぱりお子ちゃまみたいで可笑しくて、だけど笑ったらまたムキになるだろうから、声を殺して笑っていた。

きっとそれは、月しか見てない。

私に背を向けた君の顏が真っ赤になっていた事も。
君に背を向けた私の顏も真っ赤になっている事も。

―END―

↓↓後書き&お礼文↓↓
リクを下さった竹の子様、読んで下さった読者様、どうも有難うございます。
今回は年上夢主という事で、いつもより可愛い兵長に仕上げたつもりです(笑)
竹の子様から『恋愛要素より姉(夢主)弟(リヴァイさん)のような間柄のお話』をとご希望をいただいていたので、夢主が終始兵長を子供扱いする感じになりましたが、これはこれで新鮮かなと……。
恋愛要素は濃厚にはしませんでしたが、やはり少し男女な感じも匂わせておりますが、夢主が「後10年若ければ……」と言ってるように、どっぷり恋愛をする感じにはならない雰囲気で……。
もしかしたら数年後とかに夢主が体力的に引退を余儀なくされたりして、途方に暮れかけてたら兵長が「俺がもらってやる」とかサラッと言いそうですが(笑)
たまには甘々じゃない、のほほんなお話も良いなぁとしみじみ感じました。
ここまで読んで下さった方、素敵なリクを下さった竹の子様、どうも有難うございました。
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