企画物BOOK

□二人だけの世界
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 石造りの建物は夏場は湿気が籠って暑苦しく、冬場は壁に手をつけば氷に触れたのかと思ってしまう程に建物全体が冷え込む。
 二枚重ねにした毛布の上から分厚い掛布団を被っていても、底冷えには耐えられずマホはゴロゴロと寝返りをうっていた体をムクリと起き上がらせた。
 このままじゃ寝付けそうもない、とマホは毛布を一枚体に纏わせたままベッドから降りると、ひんやりと冷たくなった靴を履き肩を竦めながら部屋を出た。
 真っ暗な廊下を、マホが持つ蝋燭台に差し込まれた細い蝋燭の炎がユラユラと揺れる。辺りはシン……としていて、まるでこの世界に存在しているのは自分だけかの様な気分にさせられる。

「まぁ、実際そうか」

冷たい空気中に蔓延る孤独を追い払う様に敢えてマホは一人で呟いた。
 調査兵団という組織に所属して、初めて迎えるこの時期。この世界の歴史書には必ず登場する神の子ともいわれる偉大の人物の誕生日から新しい年に変わるまでのこの時期、内地では沢山の店が閉められ、兵団に所属している兵士達は家族の元へと帰る。
 調査兵団は例外かと思っていたが、そういう訳でも無いらしく、団長までもが故郷へ帰っているのだ。
 そんな訳で残されたマホは、ペタリペタリと廊下に足音を響かせながら誰も居ない本部内を移動するのだった。
 誰も居ないと思って食堂の扉を勢い良く開いたマホは、一つのテーブルにポツンと腰かけてる人影に、「うぉっ!?」と思わず声を上げた。

「騒々しいな。扉の開閉は静かにしろ」
「すみませんっ……」

慌てながらも、今度は物音を立てない程慎重に扉を閉め、足音もなるべく響かせない様にしながらその人物に近付けば、座っている隣の椅子をガタッと引かれたのだ、軽く会釈をしてマホはそこに腰を降ろした。

「兵長が、残っていらっしゃるって知らなくて……」
「別に帰るところがねぇからな」

それは、本当にただの理由といった感じで、対して寂しそうな素振りも見せずリヴァイはそう告げると、透明な液体の入ったガラスポットを傾け、「呑むか?」と伺いを立てる様にマホを見てきた。
 リヴァイの前に置かれているグラスに入っている透明の液体からも、ガラスポットに入った液体からも白い湯気が出ていて、冷たい空気との差でガラスポットの側面はポツポツと汗を掻いていた。
 白い湯気が鼻先に漂えば、クラリとする様なアルコール臭が目と鼻を刺激した。どうやら中身は熱い酒の様だ。
 寒くて眠れずに温まりたいと思っていたマホは、「頂きます」と短く答え席を立つと、食堂のカウンターに適当に置かれているグラスを手に取って再び席に付いた。

「あの、自分でやりますっ」

マホが置いたグラスに、トポトポと酒を注ぐリヴァイに慌ててそう声をかけるが、リヴァイはそんな彼女の声を無視し、グラスの7分目ぐらいまで酒を注いだ。
 調査兵団の兵士長ともあろう方に、酌をさせてしまった……とマホは完全に恐縮していたが、当のリヴァイはそんな対して気にしている様子も無く、自分のグラスにも酒を注ぎ足し、ガラスポットをゴトッとテーブルに置いた。
 グラスを手にしたリヴァイがゴクンと中身を呑んだのを確認してから、マホは「すみませんいただきます」と抑揚の無い声で言って、湯気のたった酒をチビリと舌で舐める程度口にした。
 余り酒が得意な方では無いが、冷えた体に熱い酒はマホの心に優しく沁みて、ホゥッと安心した様な息が漏れた。

「お前は、何で本部に残ってるんだ?」
「兵長と同じ理由です」

そうか……と小さく返事をして、リヴァイはコクリと酒を呑んだ。
 冷えた室内に二人きりの空間は、沈黙が息苦しくて、マホは誤魔化す様にゴクン、とリヴァイを真似て酒を口に含み、そのキツさに咽た。

「馬鹿が。慣れてねぇのに勢いよく呑むんじゃねぇよ」

顔を真っ赤にして口を押え、ゲホゲホと咽る彼女に呆れた顔をしながらも、リヴァイはその背を摩ってやった。
 そのリヴァイの行動に、更にマホは動転してより激しく咽る。
 あのリヴァイが、自分を労わる様に背を摩ってくるなど、マホには到底信じられない。とはいっても“あのリヴァイ”と言ってしまえる程にリヴァイの事をよくは知らない。新兵の自分には近付きたくとも近付けない相手であり、ただ遠目に見ている限りでは神経質そうで厳しい人間だと思っていた。
 
「有難うございます」

ようやく、ヒクヒクと上下していた肺が落ち着き、マホが礼を言うとリヴァイはスッと背中に置いた手を外した。
 不思議と、その手が離れてしまう事が心細く感じ、また沈黙の空気になる事を怖れたのかマホは、リヴァイに話しかけていた。

「私……シガンシナ区の出身なんです。4年前に巨人の襲撃にあって、両親も住んでた家も消えちゃいました。」

その日はマホはシガンシナ区の内門を抜け、ウォールマリアの壁内で母に頼まれた薬草と薪を集めていた。
 戻った時にはもう内門には人が溢れ返っていて、駐屯兵団の兵士に強引に船に乗せられた。
 船の中に両親の姿は無く、ウォール・ローゼに降りてからも懸命に探したが、やはり両親は見つからなかった。
 突然独りぼっちにされた世界で、マホはその原因を作った巨人に復讐をする事だけを糧に生きてきた。 

「でも本当は、独りぼっちで残されるのが嫌で、兵士になったっていうのもあるんです」

相槌を打ってくれるわけでも、何か意見を言ってくれるわけでもないが、ただ黙って自分の隣に居てくれるその存在がとても心地良くて、マホは自分の中の弱い部分を曝け出しても許される気がした。

「兵士になれば、帰る場所が無くても、身を置ける場所があるって……。安易ですかね?」

トロンとした顔で聞くマホにリヴァイは、首を振る。

「いや……。兵士になる理由なんて個人の自由だ。それに、一番危険な調査兵団に入るあたり、お前の巨人に復讐したいという気持ちは嘘じゃないんだろ」

淡々と話す彼を見つめ、マホは完全に呆けていた。
 
こんなに優しい言葉をくれる人だとは、知りもしなかった。
 
たった今、この石造りの建物の中で、誰もが尊敬するリヴァイという男を独り占めしている感覚に、マホの胸は嬉しそうに高鳴った。

「兵長は……いつもこの時期は一人で此処に?」
「ああ。だが今年は、てめぇがいるおかげで、ちょっとは退屈な誕生日から解放されたな」

いつも眉間に携えられている皺を無くして、僅かにリヴァイは口元を緩めた。

「え、誕生日って……兵長の?」
「今日がそうだ」

歴史上の偉大な人物の誕生日と同じ日にこの世に生まれた、人類最強の男を前にして、マホは、とんでもない奇跡を目の当たりにした気分になり、うるうると瞳を輝かせた。

「あのっあの!おめでとうございます。そして…生まれてきてくれて有難うございますっ」
「何言ってるんだてめぇは……」
「いやだって、兵長は人類の希望ですし……ああ、でも、兵長の誕生日という日に私なんかが隣にいるのが申し訳ないですね」

困った様に頭を掻くマホに対して、リヴァイは三白眼の小さな瞳を驚いた様に丸くさせた。

「お前は……変な奴だな」
「えっ?」
「前から変だとは思っていたが……」

前から……という言葉にマホはビクッとして姿勢を正した。
 自分がリヴァイを目で追う事はあっても、リヴァイが自分を見ている事など無いと思っていた。

「馬上訓練の時に居眠りしてただろ」
「うっ……」
「後、立体起動の訓練の時にブーツだけ脱げて落としてたな」
「そんな事までっ……」

自分の中では今年のTOP3に入るレベルの失態を、事もあろうに兵士長にしっかり見られていたという事にマホは恥ずかしそうに身悶えしていた。

「まぁ……壁外では良い動きをしてるのは、感心だがな」

フォローのつもりなのだろうか、だとしてもリヴァイという男から誉めの言葉をもらえ、嬉しい反面やはり恥ずかしく、体を上下に揺らしているマホをリヴァイは物言いたげな顔で見つめる。

「兵長……?」

不思議そうに首を傾げるマホの頭にリヴァイはポンと手を置いた。
 その置いた手で、マホの頭をワシャワシャと書き撫でれば、それに連動する様にマホは頬を染めて眉を下げていく。

「何するんですか、もうっ……」
「お前……死ぬなよ」
「へっ?」
「来年の今日も……此処に」
「あっ……」

一瞬だけ垣間見えたリヴァイの孤独な表情にマホの心臓がドクンッと大きく波打った。
 今までずっと、一人で此処に残り、誕生日も静かに過ごしていた彼が、寂しくなかったわけが無い。
 人類の希望だと称えられても、帰る場所が、待っている人がいない境遇に、孤独を感じないわけが無い。

「し……死にませんっ。来年も再来年もずっとずっと、いますから……」

隠された彼の傷みを知ってか、マホの瞳からは熱い涙が零れ、それを受け取る様にリヴァイの手が彼女の頭をグイッと自分の胸に引き寄せた。


―END―


↓↓お礼文&後書き↓↓

読んで下さって有難うございます。
【特に帰る場所がない兵長と夢主がなんとなく一緒にすごす的な話】とのリクエストを頂き、書かせていただきました。
果たして進撃の世界にクリスマスはあるのでしょうかね?リクエストには兵長のお誕生日の事は書かれていなかったのですが、私がどうしても書きたくなってしまって汗)兵長が孤独な時を過ごしてるのって妙にそそると思ってしまったのは私だけでしょうか……
リクエスト下さった読者様、ここまで読んで下さった皆様、どうも有難うございます。






 
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