企画物BOOK

□その花は誰に 【後】
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教会を出て少し北へ上った所に、小高い丘がある。昔、姉とエルヴィンと3人でよく登った丘だ。
 エルヴィンが手に持ったブーケから、ヒラヒラと舞い落ちている白い花弁がエルヴィンの通った後に点々と足跡を残していて、私はあえてそれを踏みながら進んだ。
 丘のてっぺんに昔から変わらず佇んでいる、一本の大きな木を目前に捕らえて、ああ、この丘に来るのは久し振りだと思い出した。
 エルヴィンもそう思っているのだろうか。大きな木の幹に背を持たせる彼の碧い瞳が物憂げに揺れている。
 エルヴィンが背を持たせている位置は、よく姉が持たれていた場所で、今は此処にいないはずの姉の姿が、エルヴィンの傍らに見えて、私は木から少し離れた場所に立ち尽くしていた。
 昔から、私の位置はこの場所で、エルヴィンが持たれている場所には姉がいて、エルヴィンはいつも落ち着きなく木の周りをグルグルと歩いていた。姉の存在を思い切り意識しておきながら、何とも思ってないといった素振りで、グルグルグルグルと。
 そんな二人を眺める私に向かっていつも姉が言うのだ。

"マホも、こちらにいらっしゃいよ。"

「マホ。こっちに……」

その声に、姉の幻覚がパッと消えた。
 姉のいた場所に持たれたエルヴィンが、私を見て、いつも姉がそうした様に、私を手招きして呼んでいる。その手招きに誘われる様に、私は一歩一歩とその木の下へと近付いて行った。
 一歩一歩と進めた足はエルヴィンの隣で止まる。瞬間、彼の大きな腕に後ろから包まれた。エルヴィンの手の中にあるブーケが、抱き締められた事で再び私の胸元にやって来て、白い花の香りがブワリと舞って鼻腔に刺激的な甘い匂いを届けてくる。
 その咽返る程の香りと、エルヴィンの大きな腕の中は、私の動揺を誘うのには充分で、上擦った声で彼の名前を呼んだ。

「っエルヴィ……ンッ……」
「1度だけー……」
「えっ?」
「過去に1度だけ、リズの事をこんな風に抱き締めた事がある」

ギュッとエルヴィンの腕に力がこもって、締め付けらた胸が軋んだ。

「『どうしたの』と、笑って言ってきただけだった。」

屈託の無い笑みで"どうしたの?"と聞いてくる姉の姿が容易に想像出来た。

「例えばあの時、今のマホの様な反応をリズがしてくれたのなら、きっと彼女にもっと――……」
「私と姉さんは違うからっ」

エルヴィンが次に紡ぐであろう言葉を遮った私の口から出た声は情けないぐらいに震えていた。

「そう……だな。すまない」

胸元のブーケが視界から消えたと同時にエルヴィンの腕の温もりが消えた。
 クルリとエルヴィンの方に向き直ったら、エルヴィンはハハッと自嘲気味に笑いながら、その手の中のブーケを眺めていた。
 姉の手の中にあった時はとても綺麗だったブーケは、リボンも解けかけて、包まれた花も何度も花弁を散らせたせいで随分みすぼらしくなっていた。

「可哀想……」

せめてリボンだけでも……と、解けかけたリボンを結びなおした。
 エルヴィンの胸元にあるブーケに向かって手を伸ばして顔も上を向けていれば、彼の瞳がブーケから逸らされ、私を貫く様に見つめてきた。

手を伸ばしても届かない空みたいな、碧い、碧い瞳。

リボンを結んでいた指が、プルプルと震える。

これ以上、遠くに行かないで……と、私の全身が騒ぎ出した。

「マホ?」
「……っでよ…」
「どうした?」
「お見合いなんて……結婚なんて…しないでよ……。ずっと、ずっと姉さんを好きなエルヴィンでいてよ…」

結び終えれずに震えた手は、縋る様にエルヴィンの胸元を掴んだ。またハラリ……とリボンが宙を泳いだ。

「私も……ずっとずっと貴方を好きなままでいるからっ」

勝手な事を言っているのは分かってる。独り善がりだなんて事もちゃんと、分かってる。
けれど、それ以上にエルヴィンが見知らぬ女性と結婚する事が嫌だった。
 届かなくても、姉の事をずっと想っていても、それでも近くにいられるなら、それで良かった。
 10年以上変わらない日々が、これからもずっと続いてくれれば……。
 しばらくの沈黙の後、突然エルヴィンが腰を落とした。
 私の目の前に、片膝を付いて、跪いた。

「エルヴィン……?」

スッとエルヴィンの手が伸びて、私にブーケが向けられる。
 まるで、位の高い相手に献上する様に。

「何してるのよ。変な真似事は―…」
「この花はやはり君が持つべきだ」

エルヴィンは両手で捧げていたブーケを私の胸にトン、と押し付け、片手を外し私の手を取ってブーケに導くと、「持つんだ」と言いたげな瞳で私を見上げてくるので、仕方なく私は彼に導かれるままにブーケを再び自分の手に持たせた。

「私の真似事に付き合ってくれるのは、マホ。君だけだ。」
「何を……言ってるの?」
「自分でも、よく分からないが……、リズの事を無理に忘れるなんて出来ない。きっと他の女性と結婚してもそうだ。けれど、もしも、この先他の誰かを愛せるとしたら……君な気がする」
「10年以上私が想ってても、気付きもしなかったのに?」

少し嫌味っぽく言えば、エルヴィンは片眉を下げて笑った。

「だから……真似事だ。恋愛の真似事を……」

都合が良い話だと思うのに、それでも貴方の傍に居たい。
 真似事だとしても、きっと私は彼に必要とされているのだ。
 

 その後、随分と遅れてザカリアス家に着いたら、眉を吊り上げた両親にひどく叱られた。
 エルヴィンが「マホの体調が優れなかったから、少し休んでいた」と、私からすれば白々しい嘘を吐いてくれた事で何とかその場は治まったけれど……。
 
「あら、マホ。ブーケが随分とボロボロに……」

私の手にあるブーケのくたびれ具合に、姉が少し悲しそうに眉を下げて、解けて床に付きかかっていたリボンを丁寧に結んでくれた。
結びながら、幸せそうに微笑んで、姉は言う。

「次は、マホが幸せになる番なのよ……エルヴィンと」

その言葉にハッとして、後ろにいたはずのエルヴィンを見れば、少し離れた所でミケさんと談笑している。

「なんで、エルヴィンが……?」

なるべくエルヴィンには聞こえない様に、小声で言えば姉は相変わらず屈託の無い笑顔を見せて、あっさりとこう言った。

「何故って、いつもマホはエルヴィンを見てるもの。可愛い妹の恋に姉の私が気付かないと思う?」

皮肉なものだ。エルヴィンはいつも姉を見ていて、私はいつもそんなエルヴィンを見ていて、そして姉は、そんな私をいつも見ていた。
 きっと3人の視線が見えたのなら、綺麗な三角形になっていたのだろう。

「姉さん……見る所が間違ってたわよ」
「え?」
「だってエルヴィンは――…」

思わず滑りそうになった言葉は、ポンと肩に置かれた重い手に飲み込まれた。ビクリとして振り返れば、少し怒った顏のエルヴィンがいて、けれども静かな、穏やかな声で私と姉に告げた。

「リズ。ちゃんと言ってなかったが、結婚おめでとう。マホ。ちょっとこっちへ……」

肩に置いた手をそのままスルリと滑らして、エルヴィンは私の肩を抱くと、一度姉とミケさんに頭を下げてから、歩き出した。
 エルヴィンに肩を抱かれたまま、私も足を前に出せば、背後から姉が
「フフッ…。行ってらっしゃい」
と優しく言う声が聞こえた。

 二階のパーティー会場の大きな窓から広いテラスに出れば、ザカリアス家の身分を象徴する大理石の噴水のある広い庭が、眼下に広がっていた。

「マホ。君はさっきリズに何を言おうとしたんだ?」

テラスの手すりに私は背中を付かされ、向かい合う形で私の両肩を掴んでいるエルヴィンは、やはり不機嫌そうにこちらを睨んでいる。

「だって……姉さんがあんまりにも何も気付いてないから……」
「気付いてなくて良いんだ。それに今更気付かれても困る。もう二度と、リズに変な事を言うな」

それは姉を困らせないため……。

「分かってる……わよ」
「その仏頂面は、分かってないな?」

クイッと顎を掴まれて、俯きかけた顏を上げられた。
 顏が近い。届かない空色の瞳に、吸い込まれそうだ。

「口封じが必要だな。」

届かない空に、吸い込まれて溶け合えたら、もう手を目一杯伸ばして、切なくならなくても良いの……?

近付いてきた唇が重なり、強く求める様な彼の手が私の体をギュッと抱きしめた。

―END―


↓↓下記にてお礼文&後書き↓↓



リクエストを下さったEV様、読んで下さった読者様、有難うございます。
そして、EV様、本当にすみません。リクの内容を殆ど無視した感じで話を進めてしまった事を深くお詫び申し上げます。
 中世ヨーロッパという設定も説明文だけで、作品中にそんな雰囲気は全く出す事が出来ず…汗)エルヴィンさんの紳士っぽさも「余裕のある大人」っぽさも出せなかったのじゃないかと……。そして切甘というよりは切ないだけの話になってしまって……すみません。本当に。リクの内容を拝見した時から色んなストーリーが頭で巡ってはいたのですが、このストーリーが私の中でどんどん組み立てられていった感じでして汗)
 けれど、素敵なリクを頂けて私はとても嬉しかったです!!EV様、本当に有難うございました!そして、ここまで読んで下さった読者様も、有難うございます!




 
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