企画物BOOK

□永遠に宜しく
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その日から2日後の夜、部屋をノックする音にリヴァイは秘かな期待を持ってドアを開け、そこにいた意外な人物にガッカリよりも驚いた顔を見せた。

「ナナバ……?珍しいな。どうした。」
「ちょっとね。入っても?」

部屋の中を覗く様にして聞かれ、リヴァイは扉を体一つ分開けて、ナナバを招き入れた。
 最後にリヴァイの部屋を訪れたのは何時だったかなんてもう思い出せないが、相変わらず無駄な物の無い綺麗に整頓された部屋に溜息を漏らしながら、座れ、と促されたソファに腰掛ける。リヴァイはスタスタと歩いて、ソファの背面側にあるベッドにボスッと腰を下した。

「何か用があって来たんだろ?」

早速本題に入るリヴァイに、軽く咳払いしてナナバは言う。

「マホと、別れたって聞いた。」
「……マホからか。そういえばお前等仲良かったな」
「まぁね。それより、良いのか?このままで。」
「良いも何も、マホが別れを望んだんならどうしようもねぇだろ。」

何もかもを放棄した様な口ぶりに、ナナバは不快げに眉を寄せた。

「リヴァイにしろ、マホにしろ、自分の気持ちはそっちのけで良いのか?遠慮し合う様な関係でも無いくせに……」
「それが、マホの選択であって、俺の選択でもある。その結果だ。」
「同じ様な事ばっか言うんだな。あんた達。ついこの間、マホと内地に出かけてたんだが、その時に出会った貴族の男性にマホは言い寄られてたんだ。リヴァイとマホが分かれる2日前だ。」

ピクッとリヴァイの眉が不愉快そうに歪んだ。

「あの日、マホ、悩んでたんだ。リヴァイの気持ちが分からないって。4ケ月前だっけ?マホが怪我した時。あの時ぐらいからリヴァイの様子がおかしくなったって。悩んでたんだ。」

ナナバの言葉にフンッとリヴァイは鼻で笑った。

「呑気なモンだな。アイツは。人の気も知らねぇで……。」
「えっ?」

リヴァイの言った言葉がよく分からずに、首を傾げて見せながら、ナナバは前のテーブルに無造作に置かれてある書類の束を何の気無しに見た。

そういえばマホが“最近二人でいてもリヴァイは忙しいみたいでずっと何か書類眺めてたりする”と言っていたな、と思いながら、その書類を手に取って見たナナバは目を見開いた。
 ハッとした様にベッドに腰掛けるリヴァイを見るも、リヴァイはやるせない様な表情で、窓の外に顏を向けていた。

「リヴァイ……これ。マホには…」
「アイツは知らねぇよ。馬鹿だからなアイツは。俺が隣でそれを見てても、興味も示さなかった。ま、どっちにしろもう必要ねぇがな。」

クシャ……とナナバが書類を強く握った音が部屋に響く。

「何で……ちゃんと言えよ。何で別れてるんだ?アンタ達。お互い、どんだけ愛し合ってるんだよ……。」
「ナナバ。悪いが、一人にさせてくれ。今は流石に色々考えるのはキツい。」

ボスン、とリヴァイはベッドに仰向けに倒れ、視界を遮る様に目元を腕で覆った。
 フゥ……と息を吐き、手に持っていた書類をソッとテーブルに戻すと、ナナバはソファから立ち上がった。

部屋を出る寸前に、ベッドに横たわるリヴァイの方に視線を向けて、最後の望みを託すとでも言いげに、口を開いた。

「4日後、言い寄られていた貴族にマホは誘われてる。このままだと、本当に手遅れになるよ。」

その言葉だけを残して、バタンと扉は閉まった。
 チッと舌打ちをして、リヴァイはゴロンと仰向けの体を左側を下にして横に向けた。
 マホがリヴァイの部屋に泊まる時は、いつもリヴァイの左側でマホは眠っていた。
 スッと右手を伸ばし、何も無い空間を撫でる様な手付きをすると、グッと拳を作って、シーツにドン、と右手を振りおろした。


 それから4日後、本部の正面玄関から外に出ようとしたマホの前に、ナナバが姿を見せた。

「ど、どうしたの?ナナバ?」
「あれから、リヴァイと話してないの?」
「えっ?うん……」

あれから……別れてからほぼ一週間、避けているのもあるが、リヴァイと顏を合わせる事は殆ど無かった。たまにバッタリと出くわす事はあっても、リヴァイもマホも誰かと一緒にいる事が多いので、そのままスッとすれ違うだけだった。
 そのおかげというか、業務中にまでリヴァイを考えてしまう事は少なかった。眠る前には枕を濡らす事もあったが、それでも別れたのだという事実をマホ自身が受け入れる様になってきていたのだ。
 だから、今更ナナバにそんな事を聞かれても、正直もう蒸し返したくないという気持ちが大きかった。

「今から、行くの?この間の店に……。」
「うん。いつまでも引き摺る訳にはいかないしさ……」
「リヴァイがきっと言うと思って、黙ってたけど……」
「え?」

ナナバはマホの両肩を掴むと、しっかりと自分と向き合わせる様に腰を屈めて視線の高さを合わせた。

「言ってたよね?マホ。『二人でいてもリヴァイは忙しいみたいでずっと何か書類眺めてたりする』って。」
「う、うん。」

思えばそれも、すれ違いの大きな要因の一つだとマホは思っていたのだ。

「その書類の内容を聞いた事はあったか?」
「え?無いよ。きっと仕事の事だと思うし、聞く事でも無いかなって……」

それに、悔しかったのだ。二人でいても、いつも自分の存在は忘れた様に、書類を眺めている姿が。
悔しくて、だからこそ、聞こうと思わなかった。
リヴァイが夢中になって見ている様な書類の内容等、確認したくも無かった。

「あれ、仕事の書類じゃ無かったんだよ。」
「え?」

何時だってリヴァイは
私の気持ちを大切にしてくれていて……


「設計図だよ。」


未来だってちゃんと
見つめてくれていて……


「マホと、暮らす家の。」


何も考えていなかったのは
寧ろ私の方で……




「リヴァイ!!!!」

ノックをするのも忘れて扉を開ければ、ポカンとした顔でソファに腰掛けこちらを見つめているリヴァイがいた。

「びっ……くりしたじゃねぇか。お前。何だ。」
「あの……ゴメ……えっと…………」

そこから先の言葉が出ずに、ボロボロと涙を流しているマホに、切なげに眉を寄せるとリヴァイは立ち上がり、彼女の前に立つと、優しくその体を包んだ。

「こんなトコ来てていいのか?」
「えっ……」
「男に誘われてるんじゃねぇのかよ。」
「うっ……違うっごめんなさっ……」

ブルブルと首を振るマホの髪を撫でて、リヴァイはその感触に安心した様に瞳を閉じて、言う。

「人には話した事がねぇが……俺は、ガキの頃に母親に捨てられてる。」

サラリサラリと優しく髪を撫でる手と、その悲しい告白に、立っていられない感覚に、ズルズルとマホは腰を落としていき、リヴァイもそれに合わせる様にしゃがみ込んだ。

「父親は生まれた時から多分いなかった。ずっと母親と二人で暮らしてたが、ある時、母親は俺を置いて出て行った。うっすら覚えてんのは、母親が出て行く少し前から頻繁に家に出入りしてくる男がいたって事ぐらいで。きっとその男のトコに行ったんだろうな。ガキの頃っていっても7歳ぐらいだ。荷物を纏めて出て行く姿を見たら、何となく予感はしたんだろうな。あの時の俺は……」
「リヴァイっ……そんな辛い話、無理して……」
「話したいんだよ、黙って聞け。」

怒った様にリヴァイに言われ、マホは泣きながら頷き、リヴァイの背中に腕を回すと、ギュッと抱き締めた。

「引き止めたんだよ。あの時俺は。確か、馬鹿みてぇに泣いて、引き止めてたんだよ。母親を。結局、最後には邪魔くさそうに突き飛ばされて、俺が尻もち付いてる間に母親は去って行ったけどな。その後はお前も知ってるだろ。生活が出来なくなった俺は地下街で暮らしてた。ただ、あの時から俺は、変なとこで卑屈になったんだろうな。」

しゃがんでいた体勢から、床に腰を下ろすと、ソファの側面に背中を持たせ、リヴァイはマホの体を軽々と自分の膝の上に乗せた。

「成長していくにつれて、女ってモノを知っていったが、どれだけ『アイシテル』だの『ズットイッショニイタイ』だの言われても、何処か冷めた目で見てた。案の定、どいつもこいつも俺の前から去って行った。引き止めるだけ無駄だと思ったし、引き止めようとも思えなかった。ただ……お前は…」

ヒックヒックと泣き続けているマホの頭を掴む様にして顏を上げさせると、その涙に濡れた顏をジッとリヴァイは見つめた。
涙こそ流れてはいないが、堪える様な表情のそんなリヴァイの代りとでもいいたげにマホの瞳からはボロボロボロボロと涙がとめどなく溢れている。

「お前は、引き止めたかった……。お前だけは、俺の前から消えてほしくなかった。」

そう言って、縋る様にリヴァイはマホの肩に頭を置いた。

「リヴァイっ……ご、ごめんなさい……」

この、人類最強と言われる、強い、強い男の心を、どれだけ自分は傷付けてしまったのだろうか、と思うとマホは自分に対して激しい怒りを覚え、悔しげに下唇をギリリッと噛み締めた。

「お前が怪我した時に『身を固めたい』って言ってきて、焦ったんだ。何も考えて無かったからな。その時に実感したんだよ『俺は本当にコイツと一緒に生きて行きたいんだ』って。そう思ったら早くお前を迎えたくて、早く家族になりたくて、全ての準備が整ったら、俺から改めて言おうと思ってた……」
「あの……家の…」

ちょっと待て、と言ってリヴァイはマホを膝から下ろすと、立ち上がり、机の上の書類を手に取って、それをマホに手渡した。
 
リヴァイらしい几帳面に書かれた設計図だ。

何度も設計士と話し合っていたのか、幾つもの修正跡が見られ、そこにはリヴァイの真剣な未来設計が描かれていて、マホはその図面を指でなぞった。

「台所……広い。」
「狭いと作業しづらいだろ。」
「お風呂も……広い。」
「狭いと一緒に入れねぇだろ。」
「二階も……ある。」
「そこは寝室だ。」
「その横にも小さい部屋ある……」
「子供部屋だ。何人出来るか分からねぇが……」
「庭も……広い。」
「ガキと走り回れるだろ。」

私が、ぼんやりと未来を夢見るだけで何もせずに、ただただ不安になっている時に、リヴァイはちゃんと真面目に考えていた……。


「おい……涙を零すな。図面が滲むだろうが……」

ポタポタと頬を伝った涙が、設計図の上に落ちて、焦った様にリヴァイはマホの手から設計図を取り上げた。

「ごめんなさい……」

こんなにも私を愛してくれる人は……
きっと貴方だけ……

「側にいろよ……お前は。何処にも行くな。」
「側に……いたい。ずっと……リヴァイの隣が良いっ」
「…………そうか」

だから、これからも

永遠に宜しく――……。



夕暮れ時の街中のカフェで、付き人もおらず一人でずっともう何杯目になるか分からないコーヒーを口にしながら、マークはハァと溜息を吐いた。そんなマークの前に、コツコツと歩いてきた人物がガタッと向かい合う様に席に座ってきた。
ハッとして顏を上げたマークは眉を顰める。

「君は確か、マホと一緒に……」
「ナナバだ。少し気になって来てみたんだけど、幾ら待ってもマホは来ないよ。」

マークは目を伏せて、ハハッと上品な口元を綻ばせて笑った。

「だろうね。少し、彼女の事を調べたんだ。リヴァイ……兵士長の恋人だと。」
「ああ。というかそこまで知ってて、何でずっと待ってるんだ。」

可笑しなヤツだな、と言ってナナバは運ばれてきたコーヒーをブラックで啜った。

「自分の直感を信じて見たかった……のかもしれないな。まぁ、暇だったというのもあるんだが。」
「貴族様の考える事は庶民には分からないな。」
「私からしたら、調査兵団に入っている君達の事がよく理解出来ないが……、そうだ。良かったらこの後、一緒に食事でもしないか。知りたい。調査兵団の人間の考えというものを……」
「女なら誰でも良いのか……」
「失礼だな。そうじゃないよ。ただ、直感的に君とはウマが合う気がした。」

可哀想だから付き合ってあげようかな、とナナバは目の前の貴族の男を見て、苦笑するのだった。


―END―

↓↓下記にてお礼文&後書き↓↓

読んで下さった方、リクを下さったかさご様、どうも有難うございます。
【リヴァイ&夢主←恋人同士、
内地に行ったときに夢主がそこの貴族に一目惚れされてしまい、結婚を申し込まれる切甘】という事で、こんな感じにさせていただきました!何だか色々ぶちこんだ感じになりましたが、兵長の過去とか出てきたり、やたら兵長語らせてみたり……。でも、このお話を書かせてもらって何だか書きながらちょっと胸がキュンとしてしまいました。短編での兵長シリアスは久々な気がします。ナナバさんは、出したくなったという私の暴走です(笑)
ここまで読んで下さった読者様、素敵なリクを下さったかさご様、どうも有難うございます。
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