企画物BOOK

□永遠に宜しく
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逃げるな、と言われている気がして、悔しげにマホは唇を噛んだ。
 例えば、今日の事をリヴァイに話せばどんな反応をされるのだろうか。頭に浮かぶのは最近よく見る無関心を貼り付けた様な顔のリヴァイで、実際それを目にしたらもっと悔やむ事になる気がした。
 ならばまだ、一握の希望で『私はリヴァイに愛されていた』と思いながら、離れてしまう方が救われるのではないだろうか。


その日、本部に戻ってからは何となくリヴァイと顏は合わせ辛く、マホは自室に閉じこもっていた。
勿論次の日には普通に訓練や業務があるわけで、嫌でも顏を合わせる事になり、こういう時所属が同じだと困るな、とマホは初めてリヴァイと近くにいれるこの環境を嫌だと思った。とはいっても、元々マホから話しかけなければ殆ど話しても来ないリヴァイなので、会話をする事も無く一日は過ぎていくのだが……。
 その夜、夕飯を済ませ食堂を出ようとした所で、食堂の入り口に背を持たせているリヴァイに気付き、下を向いて早足でその場を通り抜け様とすれば、あっさりと呼び止められた。

「おい……。」

ドクンッと胸が跳ね、マホは声が上ずるのを必死で抑えながら返事をする。

「な、何……?」
「ちょっと、来い。」

そう言って、リヴァイはスタスタと歩き出すので、仕方なくマホはリヴァイの背中を見ながら彼の2.3歩後ろを付いて歩いた。会話も無いままに連れ立って歩き、着いた場所はリヴァイの部屋で、入れと促されマホは一瞬躊躇いながらも足を踏み入れた。
すでに空気が重い。

大好きだったリヴァイの部屋なはずなのに、息苦しく、今すぐにでも出て行きたい気分だった。
 スタスタと歩くリヴァイは、ドサッとソファに腰掛け、いつもマホが座るであろう場所を空けてはいたが、マホはそこには座らず、ソファの前で膝の前に置いた両手で握り拳を作りながら立っていた。
 そんなマホの様子に、眉を顰めながらリヴァイは聞く。

「何か、あったのか?」

今日一日、不自然な程にリヴァイを避けていたのだ。変だと思われて当然なのだが、何をどう話せば良いのか分からずマホは困った様に身動ぎする。

「……座れよ。隣。」

座りたい……。
それなのに動けない……。

チラッとリヴァイの顏を横目で見れば、何もかも見透かす様な三白眼の瞳がしっかりとマホを捕えていた。

今此処で、リヴァイの隣に座って、優しい手に撫でられて、抱きしめられて、確かにそれだけで満たされた気持ちになるかもしれない。
けれど結局それじゃ、何も変わらない。
ループするだけ。
私とリヴァイの関係はグルグルグルグル不満や不安を抱えたまま回るだけ……。

「リヴァイ……。私の事、好き?」
「は?」

呆れた様な声が耳に入ってきて、ズキン、と胸が傷んだ。

もう、限界なんだ。
リヴァイの部屋の景色も空気も映したくない、と視界がぼやけ出す。

「くだらねぇ事言ってねぇでお前――…」
「くだらなくないよ!!!」

思わず怒鳴った声と同時に、ボロボロとマホの瞳から涙の雫が堕ちた。

「おいっ……」

少し焦った口振りで、リヴァイが立ち上がり、マホに手を伸ばすが、マホはその手をパシッと払い除けた。

「もう……嫌だよ。リヴァイの気持ちがよく分からないし、リヴァイと一緒にいるのが、だんだん辛くなってくる……。」
「ちょっと落ち着け……」

再びリヴァイの手が伸びて来て、今度はマホは一歩、後ろに下がった。苛立った様な舌打ちがマホの耳に届き、それが更なる引き金を引いて、マホは泣きながら半狂乱に叫ぶ。

「落ち着いてられないよ!もうここずっと最近、リヴァイと一緒に居ても心が落ち着かないんだよ!!リヴァイと居ても、幸せになれる気がしないんだよ!未来が……見えないんだよ…。」

違う。もっと言いたい事はある。
本当はリヴァイと幸せになりたい。
幸せにしてほしい。
ずっと、一緒に居たい。

それなのに、口を割って出るのはリヴァイを責める言葉ばかりで。

「なら……どうするんだ。お前は、どうしたいんだよ?」

こんな時に限って、リヴァイの口調は少し優しく感じられて、それが余計にマホの気持ちを逆撫でた。

リヴァイは、優しいのだ。
ずっと、優しいのだ。
今も、自分の気持ちでは無くて、私の気持ちを聞いている。
例えば、リヴァイがもう私を愛していなかったとしても、私がまだ側に居たいといえば、リヴァイは受け入れるだろう。

それなら、私がリヴァイに出せる答えは……。


止まらない涙が頬を濡らして、幾つも幾つも涙の模様を作る。


「リヴァイ……私達…」


こんなにも愛しているけれど、相手の気持ちが分からなくなってしまったら、それを確かめる事からも逃げてしまったら……。

その先にあるのは――…。


「別れよう。」


「…………そうか」


もしかしたら引き止めてくれるかもなんて。
私は馬鹿だ。大馬鹿だ。
リヴァイが、私の気持ちをいつも優先にしてくれている事なんて、分かっていたはずなのに。

引き止める事がないなんて分かっていたはずなのに……。

何処まで私はリヴァイに甘えていたんだろうか……。


 コンコン、と部屋の扉をノックされ、すぐに扉を開いたナナバは、泣き腫らした顏で立っているマホにギョッとした顔をして、とりあえず、部屋へと招き入れる。
 甘いカフェオレを作ってマホに手渡すと、何となくは予想は付くものの、マホが話すまでは待つと言った様子でナナバはジッと彼女を見つめていた。気を許せばたちまち涙が零れ落ちそうな程に瞳を潤ませて、マホは鼻が詰まった声で言った。

「さっき、リヴァイと、別れた……。」

やはりな…とは思うが、実際それをマホの口から聞かされると、どうにもやるせない。しかもこんな泣き顔でやって来られては余計だ。
 
「リヴァイは……何て?」
「何もっ……。引き止めもしないし、理由も聞かないし、リヴァイはいつもそうだよ。きっと、私の事なんてもうずっと好きじゃなかったんだよ。もしかしたら私が言うの待ってたのかも……」
「そんな訳ないだろ。」

呆れかえった顏でナナバは言うと、とりあえず鼻をかめ、とちり紙を手渡した。
 涙と鼻水でグシャグシャの顏をちり紙で拭うと、チーンと鼻をかみ、マホは先程自分が思っていた事をナナバに説明した。

リヴァイは、優しいのだ。
ずっと、優しいのだ。
いつも、自分の気持ちでは無くて、マホの気持ちを聞いてくれるのだ。
例えば、リヴァイがもう自分の事を愛していなかったとしても、マホがまだ側に居たいといえば、リヴァイは受け入れる。
だから『別れよう』と言ったのだと……。

それを黙って聞いていたナナバは、不思議そうに首を傾げて、言う。

「マホの持論でいくなら、逆も然り、じゃないの?」
「え……逆?」
「マホにとっては優しくて、いつも自分の気持ちよりもマホの気持ちを優先にするリヴァイなら、例え、マホの事を愛していたとしても、マホから『別れよう』って言われたら、受け入れるんじゃないのか?」
「だっ……て、そんな、いくらなんでも、それなら引き止めるぐらいは……」
「だって、マホも、リヴァイを愛してるくせに、そんな事は伝えずに『別れよう』って言ったんだろ。同じじゃないか?」

ドッドッドッドッと、早速の後悔がマホの胸の奥で騒ぎ出した。

「きっと、相手の気持ちが見えなくなったのは、マホだけじゃないんだよ。リヴァイだって、不安だったんじゃないか。」
「嫌っ……。今更、もう……。終わった事だよ。」

今すぐにもう一度リヴァイの部屋に行って、さっきの事は取り消しにしてなんて言えるはずがなかった。

“…………そうか”

マホの言葉にややあってから返ってきた声は、今まで聞いた事の無い声色を含んでいて、物語のエンドを飾るのに相応しい様な、喪失感のある、そんな声だった。

「それで、マホは後悔しないのか?」
「いいの。それが私の選択で、リヴァイの選択でもあるの。どっちにしろ、今のまんまじゃ良くないって思ってたのは事実だし……」
「まぁ……少しの冷却期間ってとこか。」

こんなに全身でリヴァイを愛していると言っておきながら、よく言えると、ナナバは鼻を啜りながらカフェオレを飲んでいるマホを見て、思うのだった。
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