企画物BOOK

□論より証拠
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「あ……あの、これは一体どういう状況でしょうか?」

「見りゃ分かんだろ」


見知らぬ部屋のベッドの上で、一糸纏わぬ姿で目覚めたマホは、少し離れたソファに腰掛けている上司に恐る恐るそう聞いてみて、帰ってきた返答にサーッと顏を青褪める。
 ズキン、と痛むこめかみに手を添えながら、昨晩の記憶を手繰り寄せて行った。



 昨日、仕事で珍しく―いや、ミスをするのは珍しい事では無いが―大きなミスをした。その後処理の為、マホは一人遅くまでPC画面に向き合っていたのだ。
 ようやく作業が終わり、明日が休みで良かったと思いながら両手を天井に向かって伸ばしコキコキと首を鳴らしていたら、部屋に誰かが入って来た音を聞き、警備員かと思い入口にフイと顏を向けたマホは慌てて姿勢を正した。

「り、リヴァイ部長!?まだ社内におられたんですか!?」

てっきり帰ったと思っていた上司の登場に慌てるマホを冷めた表情で見ながら、彼女の所属部署の長、リヴァイはスタスタとマホの前までやってきた。

「別の部屋で調べ物をしていた。お前は……もう終わったのか」
「はい!今丁度……」
「見せてみろ」

そう言われマホが椅子から立ち上がろうとするよりも前に、リヴァイがマホの座る椅子の背もたれに手を乗せ、少し上体を傾けてマホの隣に肩を並べる形でPC画面を覗き見てきた。
 チラと横目でマホはすぐ隣のリヴァイを見つめる。
 厳しそうな瞳で真っ直ぐPC画面を見ている端正な横顔に、不覚にもマホは胸がトクンと鳴るのを感じた。長身の男性がモテるという一般的な常識を覆して、社内の女性人気ナンバー1と言われているのも頷ける。
 勿論マホにとっては直属の上司なわけで、その様な浮付いた心で彼を見た事など今までも一度も無いが、こんなに至近距離で顏を見てしまうと、どうも変な感覚になるのだ。
 そんなマホの心境等全く構ってはいない様子で、リヴァイは一通りPC画面を確認すると、小さく頷いてスッと上体を起こした。ハァッ……とマホは今まで我慢していたのか大きく息を吐いた。

「いいだろう。問題ない。帰るぞ」
「え……はい」

部長の用はもう済んだのだろうか……と思って、マホはハッとした。
 今日、ミスが分かった時、リヴァイはマホに厳しい口調でこう言った。

『必ず今日中に何とかしろ。絶対にだ』

リヴァイが仕事に関して、部下に厳しい人間である事は、マホも当然知っている。だが、厳しいだけの人間でない事も勿論知っていた。

「もしかして、部長……私が終わるのを……」

例えば、今日中に終わりそうになければ、その時はきっと……

「早くしろ」

リヴァイは、急かす様にマホに言い、マホは慌てて荷物を纏めて鞄にしまうと、席を立った。



「私なんて、役立たず社員ですよね本当……」

 少し付き合えと言われ、連れられるままに入った居酒屋で、マホはフラフラと呂律の回らない口調で、リヴァイにそう言った。
 
「ミスは誰にでもある。それに、役立たずならさっさと切ってる」
「だってあんなミス……。大体私は昔っからそそっかしくて……学生の頃もですね――…」

 おそらく、ミスをして落ち込んでいるであろうマホをフォローするつもりで、リヴァイは呑みに誘ったのだろうが、とりあえず処理は終わった事の安堵感と、明日は休みだという余裕から、マホは自棄的な酒の呑み方をして、あげく上司のリヴァイ相手に自分の過去等をベラベラと語り出したのだ。
 

…………。
そこからの記憶がパタリと途絶えていた。読みかけの本のページがいきなり千切れた様な気味悪さだ。その上、今現在、見知らぬ部屋のベッドの上で裸なのだ。

“見りゃ分かんだろ”

というリヴァイの言葉を、そのまま受け止めれば、この状況に至る行為があった事になるのだが、幾ら記憶を無くしたといっても流石にそれは……とマホはユルユルと首を振った。
 
「あの……此処は…」

とりあえずもう一度状況を確認しようとマホがそう聞けば、リヴァイは至極同然と言った表情で答える。

「俺の部屋だ」

成る程、見覚えが無いはずだ……と頷きかけて、マホは慌てて首を振る。

「あの、何故私はリヴァイ部長の部屋にいるのでしょうか?」
「てめぇが酔い潰れたからな」
「よ……酔い潰れ……」

リヴァイの言う事が事実なら―いや、おそらくこの状況からするに事実だろうが―酔い潰れた自分を介抱してもらった事になる。それも自分の直属の上司に……。
 とりあえずは謝罪とお礼をするべきなのか、とマホは掛布団を体に巻き付けて、リヴァイを向いて座り直した。

「リヴァイ部長、ご迷惑を―……」

マホがそう言いかけたら、リヴァイが何かを放った。フワリと弧を描きながらマホに向かってゆっくりと舞い落ちてきたそれは、マホの頭に半分被さる形でパサッと着地した。

「え……」
「着てろ」

そう言われ、頭に被った柔らかいそれを手に取れば、清潔そうな真っ白いシャツだった。
確かに裸でいるのもあれなので、素直にそのシャツに袖を通しつつ、当然に浮かぶ疑問を口にした。

「あの、私の服は……」
「洗濯してる」
「せっ……!!??」

何という事だ、とマホは眩暈を起こしそうな体を何とか支えた。
 上司に介抱をしてもらったあげく、洗濯までさせてしまっている。それに加えて今のリヴァイの表情は何処か不機嫌そうに眉を顰めて窓の方を見ているので、ますます申し訳ない気持ちがマホの中で広がった。

「リヴァイ部長!ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません!」

柔らかいベッドの上で正座をして、頭を下げるマホをリヴァイは、やはり眉間に皺を寄せたまま見つめた。そうして、ソファに下ろしていた腰を持ち上げると、ゆっくり彼女に近付き、自分もベッドにポフ…と腰掛けた。
 頭を下げていたマホは、自分の体重以外のベッドの沈みにハッとして顏を上げ、目の前にリヴァイが腰掛けている事に気付く。
 
「おい。それだけか」

言ってリヴァイは右手でマホの左肩に手を置いた。
 強い力では無い。引き離そうとすればすぐに離せるぐらいの、ただ肩に置かれただけなのに、その部分から一気に体が凍りついた様にマホは身動きが取れなくなった。
 三白眼の鋭い瞳と不機嫌そうに皺の寄った眉間に、逃れたいと思うのに、自分の眼球の動きすらも制御されてしまっている様で、真っ直ぐリヴァイと見つめ合った視線は反らす事が出来なかった。

「詳しくは知りたくねぇのか」
「えっ……!?」
「昨晩にやった事を……」

挑発的な目付きで低い声に囁かれ、クラクラと頭が回り、全身に熱が籠った。

「リヴァイ……部長」

救いを求める様に目の前の上司の名前を呼ぶが、リヴァイはそんなマホの声は聞かず、彼女の肩に置いた手で体を押した。
 あっけなくベッドにポスンと押し倒されたマホは抵抗も出来ないままに、自分を真上から見下ろすリヴァイに怯えた視線を送る。
チッ……と、リヴァイが小さく舌打ちをした。

「そんな瞳で見るんじゃねぇよ。昨晩みたいな顔を見せろ」

細く、長い、骨ばったリヴァイの指が、マホの頬を這いずる様に撫で、ビクッとマホは顎を引いた。
 一体自分は昨晩、リヴァイにどんな表情を見せたのか、本当にそんなコトが起こってしまったのか、もしかしたらリヴァイがからかっているだけなのか……一気に色んな思いが駆け巡り、マホは涙瞳になりながらリヴァイに言った。

「本当に……覚えてないんです」

直後に、ス……とリヴァイの指が頬から離れた事が、何故か名残惜しく感じると共に不思議なデジャヴが脳裏に閃光の様に奔った。
 この指に頬を撫でられたのは、今が初めてでは無い様な……。
 それと同時にドクドクと高鳴る心拍は、何を意味しているのか。

「あ……」

何か言おうとしたが、上手く言葉が出てこなくて、小さな声を放ったマホを見て、リヴァイはフン……と鼻で笑う。

「まぁいい。今日は休みだしな」
「えっ?」

リヴァイの言う意味がよく分からず、ポカンとした表情を浮かべるマホの上にリヴァイはドサリと圧し掛かった。

「ゆっくり思い出させてやるよ」
「はっ!?はいっ……!?」

動揺しつつも、何処か期待に胸が膨らんでいる予感に素直に従う様にマホは、自分に圧し掛かっている上司からの口付けを受け入れた。


―END―


↓↓下記にてお礼文&後書き↓↓

リクエストを下さったリン様、読んで下さった皆様、どうも有難うございます。
【兵長現パロで上司と部下設定で、仕事ミスでやけ酒の夢主が目覚めたら兵長のベッドの上

という萌え満載なリクエストを頂いて、滾らせてもらえました照// これから……という所でENDにしてしまった感があるのですが、私の中ではとりあえずここで一段落かな……と思ってしまいまして汗)また、続編を書かせていただける機会がありましたら書きたいと思っています!

ここまで読んで下さった皆様、リクエストを下さったリン様、本当に有難うございました。








 
 
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