企画物BOOK

□幸せにする自信はある
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「何度言や分かるんだ。てめぇ。勘弁しろ」

三白眼を更に細め、不愉快極まり無いと言った態度でリヴァイは目の前で気まずそうな顔をしているマホを睨みつけた。
 彼女の手には一枚の真っ白い封筒が握られていて、リヴァイに向って差し出されている。

「一応断ったんだけど、どうしてもって頼まれて……」
「放っときゃいいだろ。そんなもん。持ってこられても迷惑だ」
「ご……ごめん。だけど……」

封筒の処理に困ったという顔のマホに、舌打ちをしてリヴァイは乱暴に彼女の手からその封筒を取り上げた。中を確認する事も、その封筒を見る事すらもせずに、リヴァイはそれをポンッと机の上に置いたが、それでもマホは一応自分の役目は果たせたと、ホッとした表情を見せるのだった。
 リヴァイとこんなやり取りをするのはもう何度目になるか分からない。毎回リヴァイが見せる反応は同じなので、マホ自身も正直自分の役回りに嫌気がさしてはいるが、それでも必死で頼み込んでくる相手を無下には出来ないのが、彼女の長所でもあり短所でもあるのだ。
 
「今日は可愛い娘だったよ」
「いつもそう言ってるじゃねぇかてめぇは」

適当な事言いやがって、とリヴァイが悪態を吐くが、嘘を言ったつもりはマホには無かった。
 実際、リヴァイに綴った恋文を渡してくれとマホに言ってくる彼女達は皆、恋をしてキラキラと輝いている女の顔をしていて、本当に可愛いと思うのだ。
 だからこそ、直接言えば良いのに、と毎回マホは思う。そして彼女達にも「リヴァイはそういうの苦手みたいだから」という事も伝えるのだが、それでも半ば強引にマホの手に恋文を押し付ける様にして彼女達は去って行くのだ。
 
「でも……何でいつも私なのかな」

幹部クラスの人間の中で、マホがリヴァイと特に仲が良いというわけでも無い。寧ろリヴァイは自分に対して悪態を吐いてくる事が多いので、たまに本当に嫌われてるのじゃないかとすら思う事だってある。

「クソ真面目なてめぇだから、頼んだら何でもしてもらえると思われてるんだろ。要はナメられてるんだよ」

アハハ……と苦笑して、マホは人差し指で自分の頬をポリポリと掻いた。
 
『真面目』『優しい』なんて言葉はよく部下からも言われるが、当のマホは自分の事を真面目とも優しいとも思えなかった。与えられた役は公私に限らず、ちゃんと遣り遂げたい性格であり、人から頼まれた事が断れ無いのは、気弱な性格の所為だ。確かに、リヴァイの言う“ナメられてる”という事には頷ける。

「ナメられてる……かぁ」
「そのうち変な男に好かれて手籠めにされるんじゃねぇか」
「ええっ!?流石にそれは……」

断れない性格とはいえ、好きでも無い男に体を許す程に気弱では無い、とマホはリヴァイの発言に不服そうに眉を顰めるが、リヴァイはそんなマホを面白がる様に、彼女の肩をグイと強目に掴んだ。

「なら試してやろうか。今此処で」

挑発的な瞳でマホを見つめたまま、リヴァイは意地悪く口角を吊り上げた。途端にマホはあたふたとしだして、二人以外に誰も居るはずのないリヴァイの部屋の中で、助けを求める様に周りをグルグルと見回した。

「リヴァイ、何言ってるの!変な冗談を――…」

リヴァイの胸板を叩こうと作った拳を、パシッと彼の手が受け止め、強く固めていなかった拳はリヴァイの手で簡単に開かされ、指を絡める様にして、手を繋がれた。ギュッとリヴァイが強く握るので、指が曲がるのでは無いかと思える程の痛みを感じ、それを堪える様に片目をギュッと閉じながらマホは開いている方の目でリヴァイに訴える様な視線を送った。
 リヴァイは、そんなマホの瞳を逸らす事なくジッと見つめて、ポツリと言った。

「冗談じゃ無かったら良いのか?」


怖い……

何も言う事が出来ず、マホはゴクン、と生唾を飲み込んだ。
 視線を少しでも逸らしてしまえば、その瞬間に食い尽くされてしまう様な恐怖心に、ビリビリと全身に電気が走った様な痺れを感じた。
 正に一触即発のその空気を断ち切る様に、先に視線を逸らしたのはリヴァイだった。視線を逸らすと同時に、繋いでいた彼女の手も解き、ハンッと嘲笑染みた表情で笑う。

「馬鹿か。誰がてめぇに欲情するかよ」
「うっ……確かにそうだろうけど」

欲情されても困るが、そう言われるのも複雑だと思いながらも、マホは解放された事にホッとした様子で、先程リヴァイに強く握られていた自分の手を反対の手で労わる様に撫で付けた。
 そんなマホの尻をリヴァイは軽く足蹴にする。

「用事が終わったんならさっさと出てけよ」
「わっ……分かったって!ちょっと、蹴らないで……」

痛くは無いが、ボンボンと尻を蹴られるのは良い気分では無く、マホはピョンピョンと軽く跳ねながら急いで扉に向った。
 開けた扉から廊下に出てから、もう一度リヴァイの顔を見ると、マホは真面目な顔付きで言う。

「でも、リヴァイ。出来たら、相手の女の子にはちゃんとお返事してあげてね?」

半分閉まりかかっている扉の隙間から、鬱陶しそうに眉間に皺を寄せてリヴァイはマホを睨み付け、

「てめぇにそんな事言われたくねぇよ。大きなお世話だ」

と冷たく言い放ち、バンッと強い力で扉を閉めた。その衝撃に少し広がった髪をマホは整えてから、小さく溜息を吐いて自分の部屋へと戻った。


 
「うっわ。何してんのマホ?」

次の日、資料室の机の上に大量の書類が積まれている中でマイペースな動作でその書類達を整理しているマホに、ハンジが呆れた顏で声をかけた。

「あ、ハンジ。何かね、王政に渡す年間報告の資料を……」
「えっ?それ、マホの仕事じゃないでしょ?」

訝しげに資料の山を見るハンジに、マホは気まずそうに笑った。
 今年1年の調査兵団の活動や実績、損害等が記録された書類を確認し、分かり易く、無駄の無い資料を作成して王政に提出するのは、毎年の事で、基本その資料製作は幹部の人間の仕事では無い。幹部候補に当る兵士達に任される仕事で、最終チェックはエルヴィンがする。そのエルヴィンから、「どうも今年は作業が上手く進んでないみたいだ」と案に様子を見て来てくれとも取れる言い方をされて、資料室を覗いてみれば、資料製作を担当している3人の兵士達が泣きそうな顔で大量の資料と向き合っていた。
 どう考えても作業が進んでいないのは明らかで、けれども2週間近く前から彼等は任されていたはずで、一体何をしていたのか、と優しく聞いてみれば、

「個人の業務に追われていた」

「すぐに出来ると思い先延ばしにしていた」

「昨日から取りかかっているが、資料が多すぎて何処を纏めれば良いのか分からない」

と、3人が3人共、グズグズと言い訳を口にした。
 それでも3人が昨日から必死で取り掛かっているのは、おそらく徹夜したらしい目元の下の隈を見れば明らかで、責める気分にはなれなかった。
 余り集中出来ていないのも、睡眠不足の所為もあるだろうと思い、マホは彼等に仮眠をする様にと告げて、彼等が戻ってくるまでは自分が作業を請け負うと言ったのだった。
 それが、今朝の事で今はもう昼過ぎなのだが、彼等はまだ戻ってこないのでとりあえずマホはマイペースに作業をこなしているのだった。

「ちょっと私がアイツ等呼んでくるよ。全く、マホに甘えすぎだ」

腰に手を当ててそう言うハンジに、マホは「大丈夫大丈夫」と首を振った。

「疲れてるんだろうから休ませてあげて」
「それじゃあマホが疲れるでしょ」
「んー……でも、今は少なくとも疲れてないから」

言って、ニコリと笑うマホに、ハンジは呆れた様子で肩を落とした。

「そういう問題じゃないと思うけどな〜」
「でも、私こういう作業好きだし。ハンジも実験のデータ纏めなきゃいけないんじゃないの?」
「ああっそうだった!!」

忘れてたという様に、自分の額をペチッと叩いて、ハンジは資料棚から目当ての資料を手にすると、

「とにかくアイツ等見つけたら怒っとくよ!!」

と告げて、バタバタと忙しない足音を響かせて資料室を出て行った。
 
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