企画物BOOK

□捧げる人奪う人
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「そろそろ消灯時間だろ。送っていく。」

ソファの上で肩を抱かれて寄り添っていたら、時間切れと言う様にそんな言葉を告げられ、マホは

「はい…」

と小さく呟いて、リヴァイの肩に預けていた頭を浮かす。
 リヴァイが立ちあがり、倣う様にマホも立ち上がると、細いわりには筋肉質な腕が彼女の頼りない腰を抱く。
 リヴァイの手がドアノブに掛かる時に、名残惜しそうに彼を見上げると、チュッと触れるだけのキスが降りてくる。

 いつもそのキスの時に、マホの脳内は現実とは違う妄想を繰り広げる。
 
 そのまま舌を割り入れてきたリヴァイが、情熱的な瞳で自分を見つめながら、扉に体を押し付けられて「今夜は帰さない」と、低く大人の色気のあるあの声で囁く事を……。

 当然妄想は所詮妄想で、あっさりと触れただけでの唇は離れ、リヴァイはガチャと扉を開けた。

 静かな廊下をリヴァイに腰を抱かれながら歩く。二人分のブーツの音がコツコツと石畳の床に耳心地の良い音を立てていた。
 
マホ、15歳。
リヴァイ、30歳。
マホ、145cm。
リヴァイ、160cm。
 
と、身長も年齢も15の差があるが2人の関係は恋人同士だ。
 とは言っても、恋人となってまだ1ケ月ではあるが、一週間に一度こうしてマホがリヴァイの部屋に業務が終了してから訪れるのが二人きりの囁かな恋人同士の時間だった。
 しかし、15歳のマホは今年入団したばかりの新兵であり、新兵の宿舎があるフロアは幹部の宿舎と違い、消灯時間がきっちりと決められている。なので、いつも数時間をリヴァイの部屋で過ごしたら部屋まで送られるというのがお決まりになっている。
 人類最強の兵士であり、訓練兵の時代からずっと憧れていた男性と恋人同士でいる、というだけでもマホは人生が一気に薔薇色に輝いた気分ではあるのだが、段々とこの清い交際というものにじれったさを感じる様になっていた。
 二人で過ごしている甘い時間でも、唇が触れ合うだけのキス以上の事はリヴァイはしてこない。
 しかしながらマホはリヴァイの半分しか生きていないまだまだ子供であり、男性と交際をするのも初めてなわけで、この関係からの進展をどうすれば良いのか分からなかった。
 初めてのキスをしたのはリヴァイと付き合ったその日で、自然に唇を塞がれて(ああ、これが大人の男の人なんだ)とマホは高揚し、こんな風にテンポ良く次のステップへと進んでいくのだろうと思っていたのに、1ケ月たった今でもキスより先の事はやってこない。

 渡り廊下を過ぎればもう新兵の宿舎だ。フロアの入口でリヴァイはピタリと足を止める。
 いつも送られるのはここまで。部屋の前までは送られない。
 交際は秘密だとは言われた事は無いが、やはり他の新兵に見られる事はリヴァイは良く思っていないのだろう。実際マホも親しい友人にしかリヴァイとの関係を話してはいない。
 リヴァイに憧れを抱いている兵士は多いのだ。そんなリヴァイと堂々と付き合っていますと言える程、自分に自信は無かった。
 
「いつも、送ってくれてありがとうございます。」
「当然の事だ。ゆっくり休め。」
「はい。お休みなさい。」

この瞬間も、マホは脳内で妄想を膨らます。
 
 リヴァイに踵を返し、部屋に向かおうとした所をグイッと腕を掴まれ「離したくない。」と背中から抱きしめられ、そのまま廊下の壁へと追いやられ、乱暴に荒々しく唇を塞がれる。

 が、やはりそれは妄想の中だけで、リヴァイに背を向けて廊下を歩き出しても、引き止めて来る手は無かった。
 
 恋人というポジションでいられるだけで幸せなはずなのに、どうしてどんどん欲深くなってしまうのだろう…。
 マホは自分の中の強欲な感情を恥じる様に、クシャクシャと頭を掻いた。



「あのさ、マホ。何でそんな事僕に相談するの?」

 次の日、業務の休憩時間にアルミンを捕まえて話してみれば、アルミンは紅茶の入ったカップを両手で包む様にして持ちながら苦笑混じりにそう聞いてきた。
 
「何でって…、アルミンには兵長との事話してるし、一番相談しやすい。」
「いや、僕、女の人と付き合った事とかないからね?」
「それは知ってる。けど、ほら、困った時のアルミン頼りっていうか……」
「何それ……。」

呆れた顔をしながら、アルミンはいい具合に冷めた紅茶を啜った。
 大きな窓のある談話室は、建物の南に位置していて、太陽が昇っている間は陽の光がサンサンと降り注ぎ、石造りの建物の中では特に暖かい陽だまりの場所として昼下がりには
憩いを求めにやってくる兵士が多い。多少混雑はしているが、皆思い思いに過ごしているので余り周りの会話は気にしていない。なので、マホも周囲を気にする事無くアルミンに相談が出来るのだ。

「そもそも、マホとリヴァイ兵長って何で付き合う事になったんだっけ?」

小首を傾げて聞くアルミンの美しい金髪が窓から射す光を浴びて、キラリと輝きながらサラサラと揺れる。その光に眩しそうに目を細めながら、マホは視線を空に泳がせた。

「あれはね―……」

 
 104期訓練生が卒業した日からずっと心穏やかに過ごせない日々が人類には続いていた。巨人の出現、壁の秘密、巨人の正体……と、目を塞いで耳を覆ってしまいたくなる様な嵐の年もようやく落ち着いてきたのはごく最近の事で。
 人々も日常を取り戻しつつあり、マホも何とか嵐の日々を生き残り、大勢の仲間の死からもようやく立ち直りかけていた、そんな時だった。
 たまたま、調べ物があり資料室に籠っていたらそこにリヴァイがやってきたのだ。勿論向こうも、たまたま、調べ物があり資料室に来ただけなのだが、男女のきっかけなんてそんな偶然の積み重ねである。
 殆ど会話もした事も無い、そして憧れであったリヴァイの突然の登場にマホは「お疲れ様です」とお決まりの挨拶をする事しか出来なかった。リヴァイも「ああ」と短く返しただけで、自分の目的の資料を探す為に資料棚を漁り出した。
 広さで言えば30畳程の資料室に、二人がそれぞれに資料を漁り、書類を捲る音だけが静かに響いていた。
 資料棚は、5段棚になっていて一番上の棚の高さは170a近くある。探している資料のうちの一つを一番上の棚に見付け、マホは背伸びをして手を伸ばすが、後数センチという所で届かない。ジャンプをしてみても手はスカッと空を切った。
 いっそ一番下の棚に足を掛けて取ろうか……と考えた時、背後より伸びてきた手がヒョイとマホが見上げる一番上の棚の資料を取った。
 振り向いてみれば、笑いを堪えた表情でリヴァイが資料を手に立っていて、マホは驚いて目を白黒させると、リヴァイが我慢の限界という様にブッと吹き出した。

 あのリヴァイ兵長が笑っている。

それが信じられずに、マホは肩を震わせて笑うリヴァイを呆然と見つめていれば、リヴァイはマホが笑われている事で不愉快になっていると思ったのか、呼吸を整えてまだ口元綻ばせたまま言った。

「悪い。ピョンピョン跳んでる後姿が愉快すぎた。」

ズイ、と資料を差し出され、マホは呆然としたままそれを受け取る。

「リヴァイ兵長って、笑うんですね……。」

思ったままそれを口にすると、今度はリヴァイが呆然とした顔をする。

「何だそれは。人の事を何だと思ってやがる。」
「す、すみません。悪い意味では無くて、いつも難しい顔をされている所しか見た事無かったので、あああ何か私なんかが貴重な兵長の笑顔を見てしまって良かったんでしょうか!?」

謝りながらだんだんとオロオロし出すマホにまたリヴァイはブッと吹き出した。

「面白いガキだな。」

それからはちょくちょくと顏を合わせれば話す様になり、そんな関係が2ケ月程続いた後に、2人の関係は恋人に変わった。
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