企画物BOOK

□会いたかった
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「おい、エレン。」

古城を出ようとしたその時、背後より自分を呼ぶ上司の声にエレンはビクッとして立ち止まった。クルリと振り返れば、三白眼の冷たい灰色の瞳がまるで自分を捕える様に睨みつけていた。

「リヴァイ…兵長。」

何か怒られる事をした覚えは無かったが、条件反射の様に体が竦むのをエレンは感じていた。そんなエレンに対してリヴァイは表情を変える事も無く近付く。

「手を出せ。」
「は、はいっ!?」

リヴァイの言う事の真意が分からず、疑問符を見せるエレンだが、ギロリと鋭い目付きで射抜かれ、ソロソロと両手で見えない水を掬う様な形を作ってリヴァイの前に出した。
 そんなエレンの、15歳の少年にしては逞しい、けれど何処か弱々しい手の平にリヴァイはポンと片手に乗るサイズの白い巾着袋を乗せた。
 小さい割には重量感のあるその袋の中身が気になる様子でエレンはリヴァイに聞く。

「リヴァイ兵長。これは……?」
「明日になればどうなってるか分からねぇ命だ。何か美味いモノでも食って来い。」

 片手で、巾着袋を軽く握ればチャリンと金属の触れ合う音と、袋越しに感じる硬貨の感触にハッとしてエレンはそれをリヴァイに返そうとした。

「これ、お金ですか!?そんなもの、頂けません!」
「おいエレン。此処でのルールは何だ?」
「…リヴァイ兵長です。」
「なら黙って受け取れ。せっかく外出許可を出してやったんだ。悔いのない時間を過ごして来い。」
「はい…。有難うございます。」

 諦めた様にエレンが巾着袋を持った手を引っ込めて頭を下げると、リヴァイはクルっと踵を返し古城の奥へと戻って行った。


 外出の許可を出してほしい――…。
第57回壁外調査の前日の朝、リヴァイに脅えながらもそう申し出たら少し悩む様な顔をした後、リヴァイは了承してくれた。
 
「絶対に面倒を起こすな」

と、凄まれはしたが許可をもらえた事にエレンは感謝していた。


「小遣いまで渡すなんて、リヴァイ兵長はなんだかんだで優しいよな……。」

 駐屯兵に頼み、壁の上に昇らせてもらってそこから見える景色を目にしっかりと焼き付け降りた後、カラネス区の街中をウロウロとしながらエレンは腰にぶら下げた巾着袋にチラリと視線をやって困った様に笑った。
 何か食べたいわけでも無いし、使わずに取って置こうか等と思いつつも、露店の並ぶ通路へと差し掛かっていた。
 その時は本当にただ通り過ぎるだけのつもりでいた。何か面白いものでもあればリヴァイ班にお土産として買って行こうかぐらいは思っていたが……。

「こらぁっ!!待ちやがれこのガキ!!」

 通りすぎようとした一つの店からそんな怒声が聞こえたかと思うと、弾かれる様に飛び出して来た少女を恐ろしい形相で睨みながら店主の男が掴みかかっていた。
 180aはあろうかと思われる店主の胸の位置ぐらいしか無い少女は、店主に胸倉を掴まれ軽々と持ち上げられる。宙に浮きバタバタとさせているスカートから覗いた足は、骨と皮だけかと思われる程に細い。簡単に折れてしまいそうだった。
 店主は片手で少女の襟首を掴んだまま、空いた方の手で少女の服の中へと手を突っ込んだ。

「ちょっ……!!」

 自分の父親ぐらいの男が、10歳前後と思われる幼い少女の服の中に手を突っ込むという情景に、思わずエレンはその店主を止めようと一歩踏み出した。
 店主は少女の服の中からすぐに手を出した。その手には紙袋に入った長細いパンが握られていた。
 店主に伸ばそうと思っていた手を、エレンはサッと引っ込める。
 店主はエレンの存在は全く視界に入っていない様で、少女の襟首を掴んで持ち上げたまま、相変わらず恐ろしい形相で睨みつけている。

「手癖の悪いクソガキだな。このまま憲兵団に引き渡してやる。」
「はっ……離せっ」

足をバタバタさせながら少女は必死で抗うが、店主は痛くも痒くも無いといった様子で少女をぶら下げたまま歩き出した。
 
「止めろっ下ろせっ!!!」

店主の手に掴み上げられ、その体格差では明らかに勝ち目は無いが、それでもしっかりを悪態をつき足をバタバタさせている少女を見ていると、エレンの胸がザワザワと騒ぎ出した。
 まるで、少女が人間でその店主が巨人である様な、そんな錯覚を起こし、次の瞬間には男の腕を掴んでいた。

「何だ?お前は?調査兵団か?」

店主が制服姿のエレンを見下ろし訝しげにそう聞き、エレンは自分の立場が説明出来ない事に気付き、焦った様に少女に視線をやった。店主にぶら下げられたまま少女はエレンをキッと睨む。幼くて軟弱そうなのに、その瞳だけは闘争心に溢れている様にギラギラと揺れていた。

「その……この娘、俺の妹なんです。」
「妹?」

明らかに信用していないといった感じで店主が聞き返し、エレンは店主の方は見ないまま腰にぶら下げた巾着袋に手を伸ばした。

「とにかく、放してやってくれませんか。パンのお金は俺が払います。」

巾着袋の中からキラリと光る硬貨を取り出すと、店が表示しているパンの値段より少し多いだけの硬貨を手の平に乗せて店主に見せた。ややあって店主は少女を地面に下ろすと、彼女の手に先程のパンを握らせエレンの手の平の硬貨を引っ手繰る様にして取った。

「目障りだからさっさと消えろ。ったく、税金泥棒の身内もやはり泥棒か。社会のゴミめ。」

耳が痛くなる様な言葉を二人に浴びせ、店主は店へと戻って行った。
 周囲の野次馬達の視線が痛いほどに突き刺さり、エレンはあまり此処に長く居ない方が良いと悟ると、少女の腕を取って早足でその場を通り過ぎた。

 面倒を起こすとリヴァイ兵長に殺される

審議所でのリヴァイの凌辱的な目付きが脳裏に浮かびあがり、エレンは恐怖心に顏を引き攣らせながらズンズンと歩を進めた。

「ちょっと、痛い!」

抗議する様な少女の声にハッとしてエレンは足を止めた。いつの間にか、少女の腕を取っていた手にもウンと力を込めていた様で、
「悪い」
と短く言ってエレンは少女から手を離した。
 白くて細い少女の腕に、エレンの手形が紅く浮いていた。少女は手形のついた部分に視線をやって、煩わしそうに眉を顰めた後、エレンをキッと見上げた。

「アンタ、調査兵団?」

幼い割には、随分と大人びた口調で話す少女だなと思いながらもエレンは曖昧な答えを返す。

「一応、調査兵団に所属してるけど、一人前じゃない。」
「新兵?」
「そうだな。」
「ふーん。どうりでガキッぽいと思った。」
「おい!お前の方がガキだろ?」

抗議する様にエレンが言うと、少女はフンとソッポを向いて、道端に捨てられているのかよく分からない車輪の取れた小さなリヤカーに腰掛けた。
 ミシ…と木の軋む音がする。
 紙袋の口からパンを少し出すと、少女は小さな口で齧った。硬いパンがパリパリと音を立てながら少女の口の中に納まっていく。その咀嚼音を聞きながら、エレンは遠慮がちに少女に問う。

「お前、まだ随分幼いよな?さっき、盗みをしてたのか?」

モグモグと口を動かしたまま少女はエレンを睨んだ。

「そうしないと生きていけないんだから仕方ないでしょ。」
「親は……?」
「グホッ……」

動揺したのかたまたまか、少女はパンを喉に詰まらせて咽た。ゲホゲホと涙目になって咽続ける少女にエレンは慌てて
「ちょっと待っとけ!!」
と言い残し、その辺に転がっていた空の酒瓶を手にすると走って近場のポンプ式の井戸の前に行き、数回酒瓶の中を洗ってから瓶の中を水で満たし少女の元へ戻った。
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