企画物BOOK

□そこにあるしあわせ
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バターを塗ったトースト。
黄身が半熟の目玉焼き。
カリカリのベーコン。
青々としたサラダに可愛く乗ったプチトマト。
コポコポとコーヒーメーカーが音を出して、部屋の中にはコーヒーの香りが広がり出す。

もうすぐ、彼が起きてくる―……。



「おはよう、リヴァイ!」

まだ眠そうな顔をしてリビングに姿を見せた、スーツ姿のリヴァイに明るく声を掛ければ、煩わしそうに眉間に皺を寄せて睨まれた。
 寝起きの悪い彼が私に挨拶を返してくれた事なんて結婚してから1年間数える程しかない。だからといって、私が朝の挨拶をしなかったら「何だ。悪い物でも食ったのか」なんて言ってきたりするので、毎朝返答が無くても私は明るく挨拶をする。
 リヴァイが席に着き、私も落ちきったコーヒーメーカーからポットを取り出すと、お互いのカップに注いでから席に着いた。

「いただきます」

と私が元気良く言えば、リヴァイは黙ったまま両手を合わせる。
静かな朝食が始まって1分もしないうちに、
「ンニャ〜〜〜」
と鳴き声を響かせてリビングに入ってきた真っ黒い子猫がリヴァイの足下を行ったり来たりと賑やかに動き回る。
 眉間に皺を寄せたまま、パンを齧っていたリヴァイだったけれど、子猫が器用にジャンプして膝に乗っかってきた所でようやく反応した。

「おい、猫。膝に座るんじゃねぇ。てめぇの飯はあっちにあるだろうが。」

 床に置かれた猫用のボゥルにこんもりと盛られたフードをリヴァイは顎で指すが、子猫は「あれじゃない」と言いたげに、リヴァイの膝の上から首を伸ばして、テーブルの上に乗った人間の朝食に鼻をヒクヒクとさせている。

「シュヴァルツ。下りて。」

私がそう言っても、子猫のシュヴァルツは結局リヴァイが朝食を食べ終わって、コーヒーカップを片手に立ち上がるまで、彼の膝から下りようとはしなかった。
 子猫のシュヴァルツが我が家にやってきたのは、丁度1ケ月前。冷たい雨が降る晩に、リヴァイがズブ濡れになった黒い子猫を抱いて帰ってきた。潔癖症で汚れるのは大嫌いなはずなのに、子猫の体についた泥や毛がスーツについているのも構わずしっかり抱いて、玄関に立って私を呼んだ時の光景は今でも忘れられない。
 リヴァイに拾われたおかげで我が家の猫になったシュヴァルツは、リヴァイの事を恩人と思っているのか、滅多に構わないリヴァイにやたらと懐いていて、エサをあげたりトイレの始末をしている私としては少し複雑だったりするのだが、甘えた声で鳴きながらすり寄ってくるシュヴァルツを邪険にも出来ず困った様に眉を顰めているリヴァイを見るのもなかなか楽しいのでまぁいいか、と思っている。
 コーヒーカップを片手に持ちながら、換気扇の下でリヴァイは煙草に火を点ける。それまでリヴァイの足に顏を擦りつけていたシュヴァルツは「煙草は嫌い!!」とでも言いたげに、走ってリヴァイから離れるとフードボゥルの位置まで移動して、ボゥルに顏を突っ込んでフードを食べだした。
 テーブルの上の食器を片づけながら、私はチラリとリヴァイの方を見た。
 紫煙をくゆらせながらリヴァイは、眉を顰めて煙草のフィルターを浅く咥え、フードボゥルに顏を突っ込んでいるシュヴァルツを眺めている。何だかんだいって可愛くて仕方がない、といった様子だ。
 きっと、子供が出来てもこんな感じなんだろうな……と想像しながら、私はテーブルの上を拭き終えるとリヴァイの元へと向かった。 
 私が換気扇の方に来ると、リヴァイは顏を背けて煙を換気扇に向かって吐き出しながら、怒った様に言う。

「おい、煙がかかるぞ。」

私の顔の前にも僅かに漂っている紫煙を、リヴァイは手で取り払う様にしているが、そんな事は気にならないと私は首を振ってから、リヴァイに真面目な顔をして聞く。

「リヴァイ。今日、帰ってくるの遅い?」

私の問いに、ピクッと眉を動かしてリヴァイは短くなったフィルターを灰皿に擦りつけてから私に言う。

「今日からか?」

コクン、と私は頷いた。

「多分…今日から5日間ぐらいは――…。」

不安気に言う私の頬をリヴァイはスルリと撫でた。煙草の臭いが鼻を掠める。

「早く帰れる様に努力する。」

私を安心させる様に言うと、リヴァイは換気扇を止めて通勤鞄を手に玄関に向かい、私も慌ててその背中を追掛ける。
「待ってよ」と言いたそうにシュヴァルツもフードボゥルから顔を上げて走って来るので、私はシュヴァルツを胸に抱いて玄関の上り口でリヴァイを見送る。

「行ってらっしゃい。」
「ああ……。」

リヴァイは右手を私の胸元へ伸ばし、シュヴァルツの頭を撫でると、顏は私の顔へと近付けて、チュッと触れるだけのキスをしてからシュヴァルツの頭から手を退けると、玄関を後にした。リヴァイの背中が扉の向こうに消えるのを見送りながら寂しそうに「ミャウ」とシュヴァルツが小さく鳴いた。

 リヴァイと出会ったのは、3年前のあれも雨の日の夜だった。傘も差さずにズブ濡れで歩いていた私に傘を差し出してくれたのがリヴァイだった。
 あの時は突然雨が降ってきたというだけでなく、長年付き合っていた恋人に振られるというおまけ付きで、当時27歳だった私は正に人生のドン底だったのだ。22の頃からずっと付き合っていた恋人だっただけに、このまま結婚をするのだと思っていた矢先に別れを切り出されるというのは、女としては相当堪えるのだ。そもそも27という微妙な年齢が一番辛い。
 よく女の売れ時をクリスマスケーキで例えられるが、それでいくと27歳で新たな出会いを探すのは簡単では無いのだ。私を振った恋人だって新しく好きな人が出来たかた別れを切り出したらしく、その好きな人とやらは、売れ時ど真ん中の24歳だと言っていた。
 恋愛至上主義という訳では無いが、この歳になって振られるのは相当のダメージだったのだ。それはもう、空から雨がザァザァと降り注いできても気にもならない程に、心の中がドシャ降りだった。
 そんな、道行く人が見たら思わず視線を逸らしてしまう様な、ボロボロの私に、リヴァイは傘をくれたのだ。
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