企画物BOOK

□Seulement maintenant
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『ベルトルト、来て。待ってるから。』

そう彼女に誘われたのはもう1年以上も前になる。
 イケナイとは分かっていても、やけに色気のある彼女の誘いに僕はすんなりとノッてしまった。後悔しても知ってしまった快楽に、僕はその後も何度も彼女に誘われるままに彼女を受け入れた。



 今夜も、月明かりが妖しく差し込む誰も使っていない訓練所内の埃っぽい空き倉庫で彼女は僕に色気を振り撒き、僕は受け入れ、そして、まぐわう……。

「どうしたの?ベルトルト。暗い顔して。」

 行為が終わった後でやってくる後悔の感情に浸っていれば、シャツを羽織っただけの彼女が柔らかく微笑みながら聞いてくる。

「ああ……いや。君はどうして、僕とこんな事……?」
「前も言ったでしょ?訓練生の中で貴方が一番背が高かった。だから興味が沸いた。」

 それは、確かに前にも聞いた。訓練生の中で一番背が低い彼女が一番背の高い僕に興味を持ったというのがきっかけらしいが、それなら1度きりで終わらせれば良いのに、何故こうも何度も何度も誘ってくるのだろう。

 彼女は僕よりも50a低い身長ながら、顔立は誰よりも大人っぽく色気があり、その小さい体には不自然な程の大きな胸も手伝って、何人もの男が彼女に靡いているのも知っている。
 けれど、彼女は……

「僕以外の人とは……」
「だから、してない。したくない。ベルトルトのが良いの。」

 初めて彼女に誘われた時は、性に積極的な女性なのだと思った。それ以前からも彼女の事は男子訓練生の間では度々話題に上っていたし、きっと僕みたいな相手が何人もいるのだろうと思っていた。

「僕の、何がそんなに?」
「うーん。体の相性かな。身長差は凄いんだけどね。」

 ウフフッと彼女は悪戯っぽく笑う。

「ベルトルトは嫌?私とするの?」
「う……ん。出来れば誘われなければ良いのにって思ってる。」
「誘われたら断れないから?」
「……そう。」

 チュッと彼女は僕の唇にキスをした。ぷっくりとした彼女の贅沢な唇の感触は何度味わっても、飽きない。
 
「けど、ベルトルト。私とするのは嫌だっていう割にはいつもしっかりと感じているじゃない。」
「それは、生理現象……」
「それに、いつも私に印を付けるでしょ。まるで、他の人には渡さないみたいに。」

 そう言って彼女は、自分の鎖骨の辺りを指さした。白くて細い首筋に、紅い痕が浮かんでいる。

「無意識なんだよ。いつも。付けるつもりなんて無いのに……。」

 彼女を抱くと、その体に僕はいつも印を残していた。それも自分でも知らない内に……。
 きっと、もう溺れてる。彼女の体だけじゃなくて、彼女という人に僕は溺れている。

 三角座りの姿勢で、僕は膝小僧に自分の頭を預けて重く息を吐いた。
 僕の隣でゴソリと動く彼女の気配が感じる。

「いっそ……貴方のモノにしてくれても良いのに。」

 そんな、誘惑的な言葉を彼女は投げかけて来て、僕は膝小僧に頭を置いたままフルフルと首を横に振った。

「駄目なんだ……僕は、そんな事をしたら駄目なんだよ……」
「前も言ってたわね。良い成績を残して憲兵団に入るって。それが駄目だったら全てを放棄してしまうかもしれないって……。けれど、今の貴方の成績なら成績上位は余裕だと思うけれど?」
「違う……そんな事じゃないんだ。」

 僕がこれからしようとしている事は……。
きっと、君の命だって奪ってしまう事になる……。

「ベルトルト、貴方は一体何を背負っているの?私には話せないの?」

 そんな声で言わないでくれ……。
 
 恐る恐る顏を上げると、彼女の艶っぽい瞳が僕を見つめている。

「僕は、臆病だから……。君には話せない。」
「そう……。」

 少しだけ、悲しそうに眉を下げて、彼女は僕の肩に頭を預けてきた。

「じゃぁ、全てが終わったら話してくれる?貴方が背負っていたもの……。」
「……話せたらね。」

 全てが終わる時、きっとそこに君はいないのに……。
 そう思ったら、ギュンと胸が捻られる様な感覚に襲われて、僕は手の平で口を押さえた。

 吐き気がする……。

「ベルトルト?大丈夫?」

 心配そうに僕の背を擦る彼女の手を掴むと、そのまま彼女に覆い被さる様にして押し倒した。

 僕は戦士だ……。
 なのにこんなに臆病で……。
 逃げ出したいとすら思っている。

「もう1回……駄目かな?」

 逃げ道を求める様に、彼女に聞けば、彼女は僕の頬をスルリと撫でて妖艶に笑った。

「ベルトルトから迫るなんて珍しいわね。」
「今は、君に溺れてたい。」
「ずっと溺れててもいいけど。」
「……それは駄目なんだ。」
「分かってるわ。いいよ、今だけでも私を愛してくれる?」

 ああ、そうか。僕は彼女を……

「愛してるよ……マホ。」

 今だけ、僕は戦士である事から逃げて、彼女を愛する一人の男でいたい。

 後悔する事は分かっていても、君を失う事は分かっていても、それでも……


「ベルトルト、愛してるわ。」


 信じて欲しい。確かに愛していた事を―……。


―END―

 
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