企画物BOOK

□Idiot!!
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また見てる……。

私の前方に立っている彼の視線を辿ってみて、その先にあった存在にハァッと気分が萎えた。

 馬鹿……。

スゥッと息を吸って、私は彼に呼びかけた。

「ジャン!これ持ってよ。」

私の声にビックリした様に振り向いた彼は、私が差し出してる塵取りを手に取って、箒を手にしている私の足元へとしゃがんだ。
 ザッザッと集めた塵をジャンの手元の塵取りへと送り込んでいく。

「ジャンさー、また見てたでしょ?」
「ああ?」
「ミカサの事。」
「う、うるせーな!!」

 下から赤い顔して私を睨み上げてくる彼の顔が図星だ、と言っている様で腹が立ち、箒を少し乱暴に掃いてやった。
 集めた塵が舞いながらジャンの手元へばら撒かれる。

「ゲホッ……お前っ何してんだよ!!」
「掃除中に好きな女の姿を追っかけてる人に言われたくないわ。」
「しょ、しょうがねぇだろ……。」

 好きなのだから……

 と言いたげな彼の手元に集めた塵を掃き終えると、私はプイと彼から離れ、次の掃除ポイントへと向かった。

 好きなのだから……

 と言うのを理由にしていいのなら、私が彼に冷たくする事もしょうがないで済むのだろうか……。

 フワリと吹いた風が私の長い髪をブワリと巻き上げた。
 煩わしそうにその髪の毛を抑えて、悔しそうに奥歯を噛むと、背中から近付いてきた彼の手が私の髪を撫でつける様にして触ってきた。

「マホ。いつも思ってるんだが、この髪の毛、訓練の時に邪魔じゃないのか?」

 邪魔に決まっている。訓練の時は括っているけれど、それでも引っかかったりする事はあるし、乾くのも時間がかかる。

 だけど、長い髪が好きなんでしょ?

「別に……。気にならないから。」
「そうなのか?」

 だけど、私の髪には何も感じないんでしょ?

 彼の想い人の様な、美しく艶やかな黒髪なんて私は持っていない。
 抑えていた時に抜けたのか指に絡みついてきた自分の金髪が、とても醜く思えた。

「それにしてもジャンは、報われない恋してるわよね。」
「何だよ!またその話か!?」
「だってそうでしょ。ミカサが貴方を好きになる事なんて有り得ないもの。」
「んな事、分かってるっつーの。別にどうこうなりたい訳じゃないからな俺は!……見てるだけで満足なんだよ。」
「気持ち悪……」
「うるせーな!ったく……」

 報われないのは、気持ち悪いのは、私の方だ。
 見てるだけで満足なんて、彼が誰を想っていても平気だなんて、そんな天使の様な心、私は持ち合わせていない。

「煩いのはジャンの方よ。馬鹿!!」
「は!?お前、馬鹿って言うな!!」

 悪態をつけば、彼は私を見て怒ってくる。この時だけは彼の目はしっかり私を見てくれるので、私はこうして彼に悪態をつく。
 逃げる私を必死で追いかけてくれるから、それが嬉しくて、楽しくてしょうがないのだ。



「あー……ったく、何でこんな目に合うんだよ。」

 二人きりの自習室でジャンは面倒くさそうにペンにインクを付けては、反省文を書いている。
 掃除の時間にジャンと追掛けっこをしていたら運悪くキース教官に見つかり私とジャンに反省文の提出が課せられた。
 
「元はと言えばジャンが掃除中にミカサをボーッと見てるのがいけないんじゃない。」
「何言ってるんだ。マホが俺を馬鹿にしてきたんだろ。」

 教官からの拳骨も、反省文もかったるいけれど、今この空間にジャンと二人きりだと思うと不謹慎だがちょっとだけ嬉しい。
 早く終わらせたいのか真面目にペンを走らせるジャンを見つめていると、どうにもざわざわした気持ちがやってくる。

「早く終わらせたいって思ってる?」
「は?そんなの当たり前だろーが。お前何でまだ白紙なんだよ!早く書けよ。」
「もし、此処にいるのが私じゃなくてミカサだったら?」
「何言って……。」

 何で、私はいつもこうやって自分を追い詰めてしまうんだろう。
 悔しくて、惨めで、下唇をキッと噛んだ。

「マホ?何でそんな顔してんだよ。具合悪いのか?」
「……馬鹿」
「だからっ馬鹿って言うの止めろよ――…」

 そう言ってくるジャンの襟首を掴むと、私は彼の唇に自分の唇を押し当てた。
 唇から伝わる、彼の柔らかい熱にゾクリと全身が粟立った。
 ドン、と体が突き離されてあっさりと私とジャンの唇は離れた。心無しかジャンの顔が赤い。

「お……お前、何してくれてんだよ。」
「……嫌がらせ。」
「はぁ!?嫌がらせって、たち悪いにも程があるだろーが!!」

 ジャンは唇を押さえながら、怒りを含んだ瞳で私を睨んでいる。
 その攻撃的な瞳が、私はたまらなく好きだ。
 こんなに好きなのに、どうして―……。

「ミカサにされてたら嬉しかった?」
「あのなぁ!さっきからそんな事ばっかり言いやがって!!喧嘩売ってんのかよ!?」

 彼への恋心が彼への攻撃になるのなら、喧嘩を売っていると言われても仕方ない。
 
「私が、黒髪だったら何か違った?」

 机の上の青黒いインクの瓶を私は手に取ると、それを勢いよく頭にかけた。

「は!?何してんだよお前!!!おい!」

 髪を伝って、目に、耳に、背中にインクが伝って、微妙な冷たさが気持ち悪い。
 ジャンが私の手から空っぽの瓶を取り上げて、呆れた目で私を見ている。

「ジャン。鏡ある?」
「あるわけねーだろ。何がしたいんだお前は。」
「……ミカサになりたい。」
「馬鹿だろ……。」

 そうだよ。馬鹿みたいに貴方が好きだ。

「ねぇ、今黒髪になってる?」
「なってるわけねーだろ。可哀想なぐらい汚い髪になってるぞ。」
「汚いってひどい……」
「汚いだろ。早く洗いにいかねえと落ちないぞ。」
「いい……何かどうでもいい。」

 呆れた目がビシビシと突き刺さる。

「綺麗にしてても、ジャンの気持ちが私に向くわけじゃない……」
「おい……」

 どうして、こんな人を好きになっているのだろう。振り向いてもらえる訳無いのに、何とかして注意を引こうとしたり、邪魔な髪を伸ばし続けたり……。
 もう、こんな自分には疲れた。うんざりだ。
 重い沈黙の空気を打ち消す様に、ジャンが私の腕を強く引っ張った。ドン、と彼の胸に頭がぶつかる。

「あっ!!駄目だよ、ジャン。貴方まで汚れちゃう。」
「んな事、分かってる。」

 言って、ジャンはギュッと私の体を抱きしめた。
 
「……何してんの?ジャン。」

 馬鹿じゃないの。私の気持ちが分かったなら、こんな事したら駄目じゃない。
 あっさりと振ってくれないと、私は悲劇のヒロインになれない。

「ああっ……ったく!!自分でも分かんねーよ。ただ、お前があんな悲しい顔するのは見てられねぇ。」

 ジャンのシャツにも染みた青黒いインクが押し付けられた頬にペタリと引っ付いてくる。気持ち悪い感触なのに、体は情けないぐらいに喜んでいて、まだ、離さないでと訴えてくる。

「お前はミカサじゃないし、お前がミカサだったらって思った事なんて無いぞ俺は。お前はお前じゃなきゃ俺は嫌だからな。長い金髪だってお前によく似合ってるし、俺に『馬鹿馬鹿』言ってくる女はお前しか認めない。」
「でも……ジャンはミカサが好き。」
「……だとしても、だ。それに、さっきも言っただろ。俺は、ミカサとどうこうなりたい訳じゃない。寧ろ、恋人にするならミカサより―……」

 そこで、ジャンは言葉を止めた。顔を上げて見れば、赤い顔のままで何か困った様な顔をしているジャンと目があった。
 
「なぁ、マホ。さっきのもう1回シてもいいか?」
「え?」
「上手く言えないが、イイと思った……。」

 そう言ってジャンはインクまみれで汚いはずの私の顔に近付いて、ソッと優しいキスをくれた。
 それだけで、この後に待ち受けてるであろう教官からの罰にも耐えられると思えた。


―END―



 
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