企画物BOOK

□Comme une personne
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「やっぱり、地下は寒くないかな?」

そうペトラに聞けば、ペトラも少し心配そうな顔で地下へ降りる階段を見た。

「そうだけどルールはルールだからね。でも、確かにエレンが可哀想。」
「全く、マホもペトラもあの新兵に甘すぎるぞ。これだから女は……。俺があのガキぐらいの時なんてもっとしっかりしてたぞ。まぁあのガキはまだまだ俺の域に達してないから……。」

ペラペラと喋っているオルオをシカトして、私はエルドの方を見た。

「ねぇ、エルドも可哀想には思うでしょ?化け物扱いされた上に地下で寝起きさせられるなんて……」
「ああ……。けどな、マホ。エレンが自分の力を掌握出来ていない今はこれが最善策だ。」

エルドに頷きながら、グンタも言う。

「そうだぞ。このルールがエレンを守る事にもなってるんだからな。」

もちろん、エルドの言う事もグンタの言う事も分かる。けれど、だけど私はやっぱりあの少年の怯えた表情を思い出すとどうも胸がチクチクと傷むのだ。

「そうだ。私、もう1枚毛布持って行くよ。それぐらいなら良いよね。」
「まぁ……それぐらいなら、別に大丈夫じゃないかな?」

 ペトラの言葉に頷いて、私はリネン庫へと向かった。
 
 フカフカした毛布を両手で抱えながら、地下の階段へと繋がる廊下を歩いていると、

「何してる。」

と背中から低い声が飛んできた。
 その声にビクッと体が硬直した。
 
この古城でのルール、絶対君主であり、私達の班のリーダーという絶対見つかってはいけない人物に掴まってしまった。
 ツカツカ、と軽やかに歩いてきたリヴァイ兵長は私に向き合うと、両手で持った毛布をチラッと見た。

「冷えるのか?」
「あ、いえ……私が使うわけでは――…。」

 そう言ってから、しまった、と思っても後の祭りだった。リヴァイ兵長はピクッと眉を動かすと、私をジッと見た。

「じゃぁ、何に使うんだ。」

 怒られるだろうか……。リヴァイ兵長に何の許可も取らずに勝手な行動をした事を……。ルールや規律には厳しい人だ。きっと怒られるに決まっている。どうせ怒られるなら変に誤魔化すのも止めよう、と私は正直にリヴァイ兵長に話す事にした。

「あの……、エレンに。」
「エレン?」
「はい。薄い布団だけでは冷えると思ったので……。」
「エレンに頼まれたのか。」
「まさか!私の独断です。勝手な事をして申し訳ありません。けれど、エレンが不憫に思えて。」

 罰なら受けるので、エレンに毛布を渡してあげる事は許可して下さい、と私はリヴァイ兵長に頭を下げた。
 しばらく、沈黙が続いていたかと思うと、毛布を抱えた私の腕の上に新しい重みが加わった。
 不思議に思って顏を上げると、毛布の上に黒金竹で作られた保温性の高い水筒とカップが乗っていた。

「これ……は?」
「これも持っていけ。寝付きが良くなる茶だ。」

 そうだ。私達のリーダーは、本当はとてもとても部下思いなのだ。

「兵長も一緒に行きませんか?」
「いや……アイツはまだ俺にビビッてやがるからな。変にビクつかせるより、お前が一人で行ってやった方が良いだろ。」
「そう……でしょうか。」
「さっさと行け。」

 そう促され、ペコリと頭を下げて私は地下への階段を目指した。


 地下へ下りてすぐにある、鉄製の重い扉を私は壁に掛かった鍵を手にとって開けた。
 
 ギイィィィッ

 と寒気のする音を響かせて開いた扉の先には、狭くて寒くて蝋燭が灯っていても薄暗くて、とても悲しくなる空間に、小さなベッドに腰掛けた少年がいた。

「マホ……さんっ……」

 エレンの声が震えている事に気付き、近付いてみたら頬が光っているのが分かった。

「エレン。泣いてたの?」
「グスッ……すみませんっ。ちょっと心細くなってしまって……」

 私はそんなエレンの頭を撫でると、毛布を彼の膝の上に置いた。
 そして、リヴァイ兵長に託された水筒を開けると、カップに茶を注いだ。ラベンダーの香りがフワッと部屋を包んだ。

「エレンに毛布を持って行こうとしたら、リヴァイ兵長に見つかってね。このお茶は兵長から。エレンに飲ませてあげてって。」
「リヴァイ兵長が……?」

 信じられない、という表情を見せるエレンに思わず笑った。

「リヴァイ兵長は、ああ見えてとても部下思いなのよ。今にエレンにも分かる。」
「そう……ですか。」

 言って、手渡したカップにソッと口をつけたエレンは少し安心した様に笑った。

「マホさんは、俺が怖いと思わないんですか?」
「怖い?何で?」

 今目の前で、怯えた表情を見せてくる少年をどうして怖いと思う事があるのだろうか。
 しかし、エレンはとても、悲しい顔をして言う。

「だって、俺、化け物ですから……。いつ巨人になるか……。」

 そう言ってエレンは、ハッとした様な顔を見せると自嘲気味にニヤッと笑った。

「そうですよね。俺、巨人になって暴れたら殺されるから……。マホさん達は巨人殺しの精鋭ですしね!!俺なんか簡単に殺せるから怖くはないですよねっハハッ……。」
「エレン!!」

 彼の、まだ大人になりきれていない様な逞しいけれど幼い体を私は思い切り抱きしめた。
 ガタガタとエレンの体が震えているのがハッキリと分かった。
 それは、彼から発せられる全身からの悲鳴に思えた。そして、切実な叫びに聞こえた。

 オレハニンゲンダ
 
と、彼はその体で目一杯私にぶつけてきた。

「エレン。貴方は人間よ。私はエレンを人間だと思って接してる。だから怖いなんて思ってない。」
「だけど、俺は巨人に……。」
「そうね。でも、それが何?今此処にいる貴方は人間で、私が守りたいと思う男の子よ。」

そう言うと、エレンの震えがピタッと止まった。

「本当……ですか?」

潤んだ瞳を上げてそう聞いてくるエレンを見て、不覚にもトキめいた。だって可愛くて仕方がない。
 私は、涙の痕が光るエレンの頬にチュッと口付けると、ヨシヨシと頭を撫でた。

「本当よ。だからもう泣かないで。ね?」

 すると、エレンはコクコクと頷いて、ベッドに寝転ぶと、端に寄った。

「じゃぁ、マホさん。僕が寝るまで隣で一緒に寝て下さい。」
「え!?」
「駄目……ですか?」

 捨て犬の様な顔で見上げられては駄目だとは言えず、ハァ……と溜息をついて私はエレンの隣に寝転がった。

「じゃぁ、寝るまでね。」
「エヘヘ……。マホさんあったかい。」

 毛布と薄い掛布団を私にも必死でかぶせてから、エレンはギュッとしがみついてきた。
 そして、安心した様な顔で瞳を閉じた。
 その、汚れの無い表情を見て私は思った。

 彼を守る為なら、命を捧げても構わない。

 ぼんやりとした目標が、決意に変わった瞬間だった。

―――――――

カツ、カツ、カツ、と一定のリズムで階段を下りて来た男は、キイィィィィと音を立てる扉に煩わしそうに眉をしかめ、室内に入った。
 ベッドの上で抱き合って眠る二人の部下の姿にチッと舌打ちをした。

「ったく。こんな事だろうと思った。」

 言って、手に抱えてきた新しい毛布を二人にバサリと掛けた。
 幸せそうに眠る二人を見つめて、男はボソ、と呟いた。

「絶対に守ってやる……」



―END―


 

 
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