企画物BOOK
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「あれ?エルヴィンは?」
調査兵団の本部の最上階にある幹部専用の談話室に入ってきたマホは、そこに居るであろうと思っていた人物が居ない事に不服そうにキョロキョロと室内の人間を見た。
「え?団長室に居るんじゃないの?」
すぐにそう言ってきたハンジにマホはフルフルと首を振る。今しがた団長室を訪ねたが、居なかった為此処に来たのだ。
ズズズ、とコーヒーを啜っていたリヴァイがボソッと言う。
「クソでも長引いてるんだろ。」
「あのね、リヴァイ。もうちょっとマトモな事言えない?」
下品な発言をするリヴァイに呆れた視線を送ってからマホは何か言いたげな顔をしているミケに近付いた。
「ミケ、何か知らない?」
「……3時間程前に資料室に行ってくると言ってたが。」
資料室は探していなかった……とマホはポンと手を打った。だが、その後で少し考える様な仕草を見せる。
「でも、3時間も前?資料室って一番北側にあって窓も無いしあんな寒い場所、3時間も居れるかしら……。」
マホの言葉にミケはフンと鼻を啜って言った。
「さぁな……。ただ最近エルヴィンはどうも詰め込みすぎだ。マホ、エルヴィンを見つけたら休ませてやってほしい。」
「え、それ私に頼む?」
「エルヴィンがお前以外の言う事を聞くと思うか?」
ミケにそう言われ、助け舟を求める様に他のメンバーを見るも、ハンジもリヴァイもミケに同意する様に頷くだけだった。
「あ〜……。もう、分かったわよ。とにかく探してくる!!」
ツカツカと談話室を後にして、マホは建物の1階、最北の位置にある資料室を目指した。
時刻は夕暮れを少し回った頃で、北側の廊下はすでにひんやりとしていた。
「しまったな。ケープも羽織ってこれば良かった。」
シャツの上に制服のジャケットを着ているだけでは、すぐに体が寒さを訴えてきて、マホは両手の平で腕を擦りながら最奥の部屋を目指す。
くたびれた小さなアーチ型の木の扉をマホはソッと開けた。
「さっ……寒っ。」
扉の向こうは氷の世界かと思う程に冷え冷えとしていた。たちまち歯がカタカタと震えてきて、両手の平を口元にもっていきハァッと息を掛けてからランタンに火を灯して一歩一歩中へ進んで行く。
埃とカビの匂いを僅かに感じながら、資料がビッシリと詰まった棚と棚の間を縫う様に進み、一番奥にある長椅子と長机の置かれている場所に来てマホはあっ…と小さく声を上げた。
この寒い中で、資料を机の上に広げたまま机に突っ伏して眠っている人物に、ホッとしつつも呆れて、マホはその傍らへと近付く。
「エルヴィン……。」
その頬に手を触れてみれば驚く程に冷たい。
「もう、エルヴィン!起きて!!」
少し乱暴にユサユサと揺すると、んん…とくぐもった声を上げてエルヴィンはうっすらと碧い瞳を開けた。
「マホ……?」
ポソリ、とそう言ってエルヴィンは体の感覚がハッキリしてきたのか寒さに一度ブルリと震えた。
「こんな所で寝てたの?ミケが3時間くらい前に資料室に行ったって言ってたけど……。」
「ははは……参ったな。もう3時間も経ってるのか。」
首の後ろを掻いて言うエルヴィンをマホは睨み付ける。
「笑い事じゃないでしょ?風邪引いちゃうわよ?こんな所でうたた寝なんて。疲れてるのよエルヴィン。」
「君はまるで母親みたいだな。」
困った様に笑ってエルヴィンは椅子の端に置いていたケープを手に取るとバサリと羽織った。
「え、何それ、エルヴィンだけケープ持ってきてるなんてズルい!!!」
「資料室は寒いからな。マホは……その恰好で着て寒くなかったのかい?」
「寒いに決まってるでしょ!!」
自分より30a高いエルヴィンの体に手を伸ばし、マホはケープを奪い取ろうとする
が、子供を相手にする様にエルヴィンはマホの手をヒョイと躱した。
「ムカつく……。」
「そんなムスッとしてたら美人が台無しだぞ?」
「フン……。こっちは心配して探しに来てるっていうのに……。」
プイッと横を向くマホの顔を見て、エルヴィンは眉を下げた。
「何か、心配かけさせてたか?私は……。」
「そうね、私が勝手に心配しただけだけど……。けど、ミケも言ってたよ。詰め込みすぎだって。休ませろって何故か私が言われるんだから……。」
マホがプリプリとしながら言えば、エルヴィンは何処か楽しそうに笑った。
何が可笑しいのだ、と言いかけたマホの視界が急にバサリと遮られる。次の瞬間には、エルヴィンと一緒にエルヴィンのケープの中に収まっていた。
「何してるの?」
「君が寒そうだったから。」
「いや、早く資料室出れば済む話でしょ?」
「もう少し此所で休みたい。」
言ってエルヴィンはマホをケープの中に入れたまま、再び長椅子に腰掛けた。自然にマホの体がエルヴィンの膝の上に乗っかる形になる。
その体勢のままでエルヴィンは後ろからマホを抱き抱えると、軽く、彼女の背中にもたれ掛かった。
背中に感じるエルヴィンの暖かさに
マホは心地良さそうに瞳を閉じた。
「きっと、私は君と結婚するんだろうな。それでこんな風に毎晩君を抱き締めて眠る。」
エルヴィンの発言にマホは肩を震わせて笑った。
「結婚って!色々すっ飛ばしすぎじゃない?」
そもそも、マホとエルヴィンは恋人同士という訳では無い。ただ、同じ世界を生き、同じ苦しみを味わい、生き残ってきた仲間というだけである。だけであるが、共に過ごした時間が長い所為か恋人以上の深い絆が芽生えているのは、お互いに気付いていた。
だからエルヴィンの先程の発言にも、不思議とマホは違和感を感じなかったし、実際そうなる様な予感もしていた。
けれども、いきなりの結婚発言には突っ込まずにはいられなかった。
「もうこの歳だからな。恋愛のルールなんてものも忘れてしまったよ。」
「都合良い時だけ自分を年寄りにするんだから……。」
冷んやりとした室内で、ケープの中に包まった二人の体は、互いが放出する熱のおかげで充分に温かくなってきた。
エルヴィンはマホを抱え込みながら、髪を纏めて結いあげている彼女の色っぽいうなじにチュッと吸い付く。
ドクン、とマホは自分の心臓が面白いぐらいに騒ぎ出すのを感じた。
良い歳して、こんなにドキドキするなんて……。
人の唇が自分の肌に触れるという事自体が数年振りであり、それは例え良く見知ったエルヴィンであっても予想外の緊張を連れて来ていた。
いや、もしかしたらエルヴィンだからかもしれない……。
「君は、昔からずっと変わらず美しいままだな。」
「エルヴィンは……変わったわね。」
うなじへのキスを止めたかと思うと、次に耳朶を甘く噛まれ、マホは少し体をピクッと震わせた。
「変わったかな?」
「ええ。昔はもっと私を頼ったのに、今では一人でどんどん進んで行く。いつも貴方を探すのは私。」
「そうだろうか……。これでも君を頼ってるつもりだったんだが。」
「何処がよ……っん?」
クルリ、と顔を横に向かされたかと思うと、エルヴィンの唇がマホの唇に重なった。
「今も、頼ってる。君に甘えたい。」
バサリ、とケープを翻しながらエルヴィンはマホに覆い被さりながら、ゴロリと長椅子にマホを横たえて組み敷いた。
横になっても、ふんわりと豊かさを強調するマホの胸元にエルヴィンはシャツの上から顔を埋めた。
マホはそんなエルヴィンの頭を優しく、労わる様に撫でる。
それは、誰も踏み入る事の出来ない、二人だけの甘い空間だった。
冷えた空気でさえも、二人の間には入る事は出来ない。
もう少し、この場所で――…。
―END―