企画物BOOK

□Un autre 『ailes』
1ページ/2ページ

「マホちゃ〜ん。お酒の追加まだ〜?」

厭らしさを含んだ声色でカウンターの奥に向かって叫ぶ中年男性の声に、いつもの席に腰掛けながらリヴァイは眉を寄せてチッと舌打ちをした。
 パタパタとカウンターの奥から出て来た マホは新しいジョッキにお酒を注ぎ、カウンターを回ろうとしたが、その前にリヴァイの手がカウンター越しに伸びてきてマホの手の中のジョッキを奪い取った。

「えっ。リヴァイさん?」
「俺が持っていく。」
「あ、お願いします。」

勿論、リヴァイがただの客の1人ならば、そんな事をお願いはしないのだが、もうリヴァイはただの客では無い。それは店の常連客の中では周知の事実であるし、リヴァイが給仕をしても不思議に思う客などいない。不満の声が上がる事もあるが……

「え〜〜。マホちゃんが持ってきてくれたのが呑みたいのに、何でリヴァイが……。」
「要らねぇなら帰れ。」
「い、いただきまーす。」

それでも、リヴァイとマホが恋仲だという事実に意を唱える者はいないのだ。

 二人の関係が恋人へと変わってから早1年が経とうとしていた。相変わらずリヴァイは忙しく、毎日会えるという訳では無いがリヴァイはこの場所に帰って来る。昔の様に店が閉店してから、という訳でも無く開店中でも店を訪れ、客達と適当な会話をしながらマホの手料理に舌鼓を打っていた。例え客が長居して閉店時間が遅くなっても、閉店してからはマホとの時間を過ごせるし、以前の様に時計を気にして帰らなくとも、帰る場所は此処なのだから何も問題は無い。毎日帰れる訳では無いが、半同棲といって可笑しくないだろう。
 
 ようやく客が捌けて、マホは客席のテーブルを丁寧に拭いて行く。
 先程の、酒の追加を要求していた客のテーブルに差し掛かった時に、背後からリヴァイの腕が絡みついてきた。

「わっ……。びっくりした。リヴァイさん?」
「なぁ……、此処に座ってた客、最近よく来てる奴だよな?」
「え?そ、そう……かな。週に2,3回?」

ぼんやりとその客の来店ペースを思い出しながらマホが答えると、リヴァイはマホを後ろから抱きしめたままグルリと体を回転させて、後ろ向きにその机に尻を乗せると、マホを自分の膝の上に向かい合う様にして座らせた。
 布巾をマホの手から奪い取ると、後ろ手で机を拭きながら視線は真っ直ぐマホを向いていた。

「俺が居ない時もアイツはあんなにお前に絡むのか?」
「えっ……。うーん。冗談っぽく絡む事はあるの……かな?」

その答えに、リヴァイはキッと眉間に皺を寄せた。
 確かにマホは整った顔をしているし、作る料理はどれも絶品で、おまけに愛想がいい。自分の彼女ではあるが、女としてのレベルはかなり高いだろうというのも自負している。だから、初めて来た客がマホを口説こうとしていたり、二人で街を歩いていたら振り返る人がいるのも、目を離したら声を掛けられたりしている事があるのも、ギリギリ辛抱しているのだ。
 だが、もう何度も店に来ていておまけに自分と恋人同士だと言うのを知っていながらもマホに厭らしく絡んでくる男がいるのがリヴァイはどうにも苛立つのだった。

「気に入らねぇな……。」
「えっ、そんな。でもあの人確か結婚もしていてお子様もいるって……んっ。」

説明をしている途中で、いきなりリヴァイに口付けられて、反射的にマホは体を仰け反らせたが、リヴァイの手がすぐ腰に回りグイッと体を戻された。

「そんな情報俺は聞きたくねぇ。」
「あっ……ごめんなさい。」

マホはこの店の店主だと言うのは勿論理解している。なので客に愛想もするし、話もするのは当然だ。それでも、マホの口から他の男の情報を聞かされるのは不愉快だった。

「あの客ともう喋るな。」
「そ、それは無理です!!」

当然だ。そんな事リヴァイも分かっている。ただの願望を口にしただけであって、強要するつもりは無かったが、即答されるのも気に入らず、チッとリヴァイの口から舌打ちが漏れた。
 悲しそうに眉尻を下げるマホを見ていると、とても自分が我儘な男な気がしてリヴァイはチクリと胸の傷みを感じ、癒しを求める様に後ろで束になって括られているマホの美しい金髪を1房手で掬い上げてサラサラと流した。
 
「うんざりか?俺の嫉妬には。」

こんな風に客の事に対して、マホに嫉妬心を剥き出しにするのは今回が初めてでは無い。ヤキモチを妬く事では無いと分かっていてもどうしても我慢が出来なくなるのだ。
その度に眉尻を下げて謝ってくるマホを見ていると、酷い自己嫌悪に苛まれる。

「うんざりって……そんな、とんでもない。」
「お前はただ自分の仕事をしてるだけなのに、俺にこうやって怒られるんだぞ?」

フルフル……とマホは黙って首を振った。
 
いっそ、「くだらない事でヤキモチを妬くな」と怒ってくれれば良いのに、と思いすぐにその考えを改める様に首を振った。
 
 そんな事が言えないのがマホなのだ。
 いつだって自分の事よりも相手を考えるのがマホなのだ。
 それが、自分が愛した女性なのだ。

マホの背に手を回したまま、リヴァイは机にゴロンと仰向けに寝転んだ。

「り、リヴァイさんっ」

リヴァイの上に乗っかる体勢になった事に慌てて、マホは体を退け様としたがリヴァイの腕はしっかりマホを固定していて離れられない。

「お、重いでしょ?」
「重くねぇよ。馬鹿野郎。」

寧ろ軽いぐらいだ、と呟いて、リヴァイはマホの後頭部に手を置くとそのまま自分の顔に引き寄せた。
 ぷっくりとした柔らかな唇が押し付けられる感触にリヴァイはトクン、と胸が躍った。
 


 
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ