企画物BOOK

□Souvenir
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「巨人だって!?何で……」
「5年前みたいな事がまた起こるのか」
「何故トロスト区なんだ!?」
「逃げるぞ!!」

皆が慌ただしく走り出す。遠くで子供の泣き声も聞こえる。

イアンは大丈夫だろうか。煙が出てた壁の方向はイアンの勤務場所の近くだ。イアンは今、巨人と闘っているのだろうか……。

色んな事がグルグルと頭を回って、その場に立ち尽くしていたら、突然腕をグイっと掴まれた。振り向くと、先程の文具屋の店主が眉間に皺を寄せて私を見ていた。

「マホちゃん!何してるんだ。早く逃げるぞ!」
「で、でも、イアンが……。」
「何言ってるんだ!イアンは精鋭部隊の班長だろ!?巨人なんてすぐに殲滅してくれる。今はマホちゃんは避難する事に集中しろ!」

そう言われて、私はとりあえず頷くと店主に腕を引かれて皆が走る方向へと向かった。
 一旦家に帰って荷物を……とも思ったが、何せ今巨人がどれだけ入って来ているかもよく分からない。先程、数人の駐屯兵団の兵士が走る市民の元に姿を見せて
「巨人が侵入してきています。避難を最優先して下さい!!」
という言葉だけを告げて立体機動でまた飛んで行ってしまった。
 それは、逆に市民の不安を煽って、パニックに叫びだす人まで出てきた。
 いつの間にか私の腕を取っていた文具屋の店主ともはぐれてしまったし、顔馴染みだった商店の人や近所の人、と何人かの姿は見たけれど、皆、必死の形相で声をかける気にもならなかった。
 私もパニックまでは起こしていないけれども、よく分からない状況に頭が付いていくのが精一杯だった。何とか走ってトロスト区の内側の開門扉のある場所まで来たけれど、そこは凄い人だかりだった。
 喧嘩でもしているのだろうか、怒鳴り声の応酬が聞こえる。
 人だかりの中に文具屋の店主の姿を発見し、駆け寄ってみると店主は私の姿に少しホッとした顔をして開門扉の方を見て眉を顰めた。

「商会のボスが扉を塞いでるんだ。全くあの男はいつだってああいう奴だ!反吐が出る!!!」

 人波の隙間から背伸びして覗いてみると確かに大きな荷馬車が扉を塞いでいる。
 皆からの非難も聞かず商会の男はあろう事か皆で荷馬車を押せとまで言っている様だ。
 まさかこんな所で足止めを食らうとは、と思っていると、大きな地響きが近付いてきた。

「お、おい!!あれ!!!!」

誰かの声に音が聞こえてくる方向を見ると、変な動きをした巨人がこちらに向かって走ってきている。
 
 あれが、巨人……

初めて見たその奇妙な動きの生物に異様な恐怖を感じた。色んな所から悲鳴が上がる。
 と、巨人が突然崩れる様にして倒れた。土埃と煙の舞う中、まだ若い一人の女性兵士がこちらへ近付いてきた。
 胸の紋章を見ると、交差した剣のマークだ。確かこのマークは訓練兵。

 こんな若い少女が巨人を倒したの?

少女は開門扉の方を見ながら真っ直ぐ歩いてきている。すれ違い様に見た少女の表情は少女というには妙に落ち着いていて、内に秘めたとんでもない強さを感じた。
 その後、その少女のおかげで商会の男は荷馬車を扉から引いて、皆ホッとした様に順に扉を潜りだした。
 私もすぐに扉を潜ろうとしたけれど、少女にお礼が言いたくて、姿を探していたら、少女は建物の屋根の上に居た。そこには少女と話しているあの人が居た。

 つい数時間前に顔を合わせていたのに、随分会ってない気がして、それにイアンの顔がとても厳しくて、あの人は私のイアンだろうか?と不安になり、少女とイアンの元へと走った。

「イアン!!!」

建物の下から呼びかけると、イアンはビクッとして下を向いて、すぐに立体機動で下りてくると、私の肩をガシッと掴んだ。いつもより表情が厳しい。

「マホ。もう聞いていると思うが巨人が壁を破壊した。いいか?ウォールローゼ内の俺の実家は覚えてるな?開門扉を抜けたらそこに行け。」
「イアンは、今巨人と闘っているんですか?」
「ああそうだ。マホは早く避難しろ。」
「イアンと一緒に居たいです。」

目の前にイアンがいるのに、何故私だけ一人で避難しなければいけないのか……。
イアンの顔が更に厳しくなった。

「こんな状況で何言ってるんだマホ。冷静になれ。今お前がすべきは自分の身の安全を守る事だ。」
「私は、冷静ですよ。イアンの傍にいます。」
「いい加減にしろ!!!!」

空気がビリビリと、震えた。
イアンのこんな怖い顔は、こんな怒鳴り声は初めて聞いた。
グッと私の体がイアンに抱き締められる。

「マホ。俺はお前の夫だが兵士だ。巨人が攻めてきたら闘う。それが義務だ。分かるだろ?今この状況でマホの傍に居る事が出来ない。だから、お願いだから、逃げて、俺を待っててくれ……頼む。」

イアンの声が、震えていた。

ああ……確かに私は冷静では無かったのかもしれない。

巨人が攻めてきているこの状況で、イアンの傍にずっといるなんて無理に決まっているのに……。

私は買い物籠の中から2本の万年筆を取り出すと、紫黒色の方をイアンに差し出した。

「じゃぁ、これを……。巨人が来る前に買っておけて良かった。色違いなんですよ。」

イアンは微笑んで万年筆を受け取ると、胸のポケットに大切そうにそれを閉まった。
 私とイアンはお互いに顏を見合わせると、どちらからでも無く自然に口付けを交わした。
 
 大丈夫。今は一時の別れであって、すぐに再会出来る。
 

「マホ。愛してる。」
「私も……愛してますっ……愛してるわ、イアン。早く、戻って来てね。」

 ニコリと笑い合ったその時、また地響きが聞こえた。イアンは、パッと私から離れると、音の方を確認して私に言った。

「さあ、早く行くんだ。マホ!必ず戻る!!!」

その力強い声を聞いて頷くと、私は扉の方へと体を向けた。イアンは私と反対の方向へと、お互いに背中を向け合って走り出した。

大丈夫。戻る場所は一緒だから……。
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