企画物BOOK

□幸せにする自信はある
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「おい。クソ眼鏡。マホを見なかったか」

それから2時間後、そろそろ夕暮れに差し掛かるという時間帯にようやく実験データを纏め終えたハンジが、肩を解す様にグルグルと回しながら廊下を歩いていれば、前から歩いてきたリヴァイが不機嫌そうに聞いてきた。

「ん?あれ、マホ。まだ戻ってないの?」
「何だアイツ何処か行ってるのか」
「いや、資料室で作業してるんだよ。年間報告書の資料作ってたんだけど……」
「ああ?アイツの仕事じゃねぇだろ」

ピクッと眉間に皺を寄せてリヴァイはハンジに詰め寄った。

「私にそれ言われてもねー。勿論私もリヴァイと同じ事を彼女に言ったんだけど、『大丈夫』って言われるんだもん。」

お手上げ、と言う様に両手を肩の辺りまで持ち上げて見せるハンジに対して、リヴァイはチッと舌打ちをすると、ズカズカと資料室へ向かって行った。



 サラリ……と優しく髪を撫でられる感覚に、マホは夢の中で、ぼんやりと意識を覚醒して行った。

「マホ。てめぇは……」

普段よりも幾分か優しい声色が耳に届き、髪を撫でる優しい手付きも心地良くて、まだ目を開けたく無いな……と思いながら、マホはうつ伏せた顏の下に引いている自分の手に僅かな痺れを感じながらも、もう少し……とその体勢を保っていた。
 
「俺の気も知らねぇで毎回……」

“俺の気?”とマホは狸寝入りをしながらも、リヴァイの発言に心の中で首を傾げていた。
 未だに頭にはリヴァイの手が乗っているし、いい加減目を開けようか……と思った時、静かな資料室の中でリヴァイがスゥと息を吸う音がやけに響いた。

「惚れた女に、他の女からの恋文を持ってこられる心境が分かるか?」

ドクンッ……とマホの心臓が高鳴った。
 もしかしてリヴァイは自分が起きている事に気付いてからかっているのだろうか?とも考えたが、彼の口調は普段辛辣な言葉を浴びせてくる時よりも優しくて、真剣味に帯びていて、それにそもそも、リヴァイの手が優しく自分の頭を撫でてくるなんて事は今までの一度も無いのだ。
 
「なぁ……俺がお前に気持ちを伝えたら、お前はどんな顏するんだろうな?」

その情景を思い浮かべたのか、言った直後にフフッとリヴァイの口から含み笑いが漏れる。
 顏が熱くなるのを感じ机に突っ伏す形を取っていて良かった、とマホは心底思った。もし彼に赤面した顔を見られていたら、起きている事がすぐにバレてしまう。
 とにかく今は寝たフリを決め込もうと、痺れて感覚が無くなっている自分の手の気味悪さに耐えながらも、ピクリとも体を動かさなかった。
 サラッとリヴァイの手が自分の髪を掻きわける様に撫でたのを感じた直後、額の端っこが柔らかい感触を捉えた。

「……っ!?」

咄嗟にビクッと体が反応し、すぐにその感触は消える。
 一瞬、起きていた事がバレたかと思ったが、リヴァイはマホの動きが、自然現象だと思った様で、もう一度サラリと彼女の髪を撫で、静かに資料室を出て行った。
 人の気配が感じられなくなった所で、ようやくマホはガバッと机に突っ伏していた上半身を起こす。ドクドクドクと激しく高鳴る心音を落ち着かせる様に、何度も深呼吸を繰り返していた。


 次の日、マホは浮かない顏で廊下をトロトロと歩いていた。
 あの後少しして、申し訳無さそうな3人の兵士がやって来て、何とか冷静を取り戻したマホが机の上の資料を見てみれば、途中だったはずの報告書が完成していて、どう考えてもリヴァイがしてくれたのだと分かったが、狸寝入りをしていた為にお礼を言いたくても言えないし、それどころかリヴァイの気持ちを知ってしまった今は非常に会いづらい。
 かといって、避け続ける訳にもいかないし、お礼も言いたいし……とウンウンと唸っているマホは前方に、上背のあるスラリとした美しい彼女の姿を見つけ瞳を輝かせて走り寄った。

「わっ……、どうした?マホ」
「ナナバ!お願い!!相談に乗って!!」

縋る様に両手を握ってきたマホをポカンと見つめながら、ナナバはとりあえず、首を縦に振った。

 本部の中庭、『適当に木を切って置いて見ました』と言わんばかりの、いびつで細長い一応はベンチの形をしている様な丸太にナナバとマホは並んで腰かけている。
 
「……っという訳で。どうしたら良いのか分からなくて……」
「どうりで朝からボーッとしてたんだ」

マホの話を聞いて、納得という感じで頷いたナナバは、悲壮な顔の彼女を見て少し可笑しそうに口元を緩めた。

「私、リヴァイの事を今までそういう感じで見た事ないし、というか人をちゃんと好きになった事とかも今まで無いし……本当にリヴァイが私を好きなのだとしたら、う〜ん……と、知らんぷりしてていいのかな?」
「いちいち真面目に考えすぎだよ。マホは。リヴァイから何も言われない限りは普通にしてれば良いんじゃないの」
「そ、そうでいいのかな?う〜……でも、その普通ってのが難しい。やっぱりどうしても変に意識しちゃうっていうか……」
「まぁ、マホの性格じゃそうだろうね。いっそリヴァイの事を好きになってみたら?」

まるで簡単な事の様にナナバがサラリと言うので、マホはますます塞ぎ込んだ顏をして、俯いた。
 そんなマホを宥める様に肩に手を置いたナナバは、ハッとした顔で視線を少し先へと向けた。俯いたままのマホはナナバのその様子には気付かずに、自分の想いを語る様にポツポツと呟く。

「考えた事も……無いからなぁ」
「っマホ……」

何かを伝えたそうにナナバが肩を揺らすが、やはりマホは何も気付かずに、続ける。

「私がリヴァイの事を好きに――…」
「マホ!!」

もう一度ナナバが先程よりも強い口調で名を呼び、ようやくマホは俯けていた顏を上げた。目の前のナナバを見たマホは、彼女の視線が自分より後ろを見ている事に気付き、ソッと振り返る。

「りっ……リヴァイっ!?」

真後ろに、ポカンとした顔で立っている“彼”の姿に、マホは慌てふためいて、腰掛けていたいびつなベンチからずり落ちた。
 瞬時にリヴァイの腕が彼女を支え、座り直させてから、彼はナナバをチラリと見た。

「悪い。ナナバ。少しコイツと二人にさせてくれ」

マズッたなぁ……といった様子で、後頭部辺りを掻きながら、ナナバは渋々と立ち上がる。

「後で話聞くから」

と、小声でマホに告げて、スゴスゴと退場して行った。

「あ……あぅ。ナナバ……」

まるで恋人との別れのシーンの様に、去って行くナナバの背中に向かって片手を伸ばしているマホの隣、先程ナナバが腰掛けていた場所にドサッとリヴァイは座った。
 ビクッとマホは体を縮こまらせて、彼の様子を横目でチラリと伺った。

「お前は、俺の事が好きなんだな?」
「えっ!?」

リヴァイの口から出た発言に、マホは思わず間抜けな声を返した。
 何がどうなってそういう事になったのか。先程の自分とナナバの会話を反芻してみて、ハッ……と口を押さえた。
 自分が俯いていた時に、ナナバが何かを伝えようとしていた。“何か”はおそらく、こちらに近付いて来るリヴァイの事だったのだろう。それに気付かずないままに、自分が次にした発言。その時に丁度リヴァイが声の届く範囲まで来ていたとしたら……。

『私がリヴァイの事を好きに――』

この言葉だけをリヴァイは聞いた事になる。
 サー…と全身から血の気が引いて行くのを感じながら、マホはリヴァイに何と言うべきかを必死で考える。

「だがお前、好きな男への恋文を他の女に託されてよく引き受けてたな。人が良いにも程がある。」
「あ……あの、リヴァイっ」
「そのおかげで、俺も随分と嫌な気分を味わった」
「ちょっと話を……」
「まぁもうそんな事はいい。俺もお前が――…」
「うわああっリヴァイ!ゴメンナサイ!!」
「……あ?」

いびつなベンチに額をぶつけるのでは無いかという程の勢いで、頭を下げてくるマホに、ようやくリヴァイは何かオカシイと気付いたのか、眉間の皺を深くした。


 マホが説明をしていくにつれ、リヴァイの表情はどんどんと暗くなっていき、目の下の窪みにはどんよりと影が入っていた。

「えっと……、その、だから。リヴァイの事をそういう風に見た事とか無くて……。あ、それから、報告書を仕上げてどうも有難うって事も言いたくて……」
「そんなもんどうだっていい」

ようやく言えた礼は、リヴァイの冷たい言葉でピシャリと跳ね返された。
 切なげに眉を下げたマホの顏を両手で包み、リヴァイはジッと顏を向き合わせ、ゆっくりと彼女との距離を詰める。

「りっ……リヴァイっ?」

ゴンッ………

名前を呼んだ直後、額に星が飛ぶ程の衝撃が走り、その痛みに涙ぐみそうになっているマホをリヴァイはグイッと抱き寄せた。

「今のは……男心を弄んだ罰だ」
「だからって頭突きしなくても……」
「おい。俺が今どれだけ恥ずかしい思いをしてるか分かるか?」
「あ……うっ。ゴメンナサイ」

元はといえば悪いのは自分なのだ……とマホは反省しながら、リヴァイの腕の中で未だにジンジンと額に残る鈍痛に耐えていた。
 
「謝るなら俺を好きになれ。お前なら出来るはずだ」
「はっ!?え、そんなっ……。リヴァイの事は勿論嫌いじゃないけど、そういう対象に考えた事は……」
「なら今から考える様にしろ。俺も協力する」
「協力って……」
「安心しろ。幸せにする自信はある」

また、フフッと含み笑いを漏らすリヴァイの腕の中で、マホは不自然な程に高鳴っている自分の鼓動に気付く。

これは、今のこの状況での混乱の所為か、それとも――…。

恋を知らなかった彼女がやがて、気持ちを綴った恋文を彼に渡す日が来るのは、もう少しだけ先の話――…。


―END―


↓↓お礼文&後書き↓↓




リクエスト下さったみぃ様、読んで下さった読者様、どうも有難うございます。夢主を『優しくて真面目』という設定をいただいたので、お人良しキャラにしてしまいました汗)今回は兵長の片思いリクという事で、少し兵長空回っておりますが、こんな兵長嫌いじゃなかったりします(笑) リクの内容設定が長くなった事を気に病んでおられた様ですが、私的には丁寧な設定を書いていただけて寧ろ嬉しかったです。そんなみぃ様に甘えまくって殆どリク内容だけを詰め込んだお話しにしてしまいましたが汗)
ここまで読んで下さった方、素敵なリクを下さったみぃ様、本当に有難うございます。



 
 
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