20万打企画用
□麗しの兄上様
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「おはよう、山崎」
前から歩いてきた上司から声をかけられた山崎は、僅かな時間、止まってしまった。にっこりと笑った優しい弓形の瞳は、いつ見ても見惚れてしまう。
上司の名は沖田名前。名前は少し女らしいが、彼は正真正銘の男である。しかも一番隊隊長の実の兄だ。容姿も似ていて、栗色の髪や周防の瞳はもちろん、時たま見せる仕草は兄弟を感じさせる。ただ、性格は大きく異なり、名前は誰に対しても優しく穏やかだった。沖田家は3兄弟で、山崎は亡くなった長女のことはよく知らないが、性格は名前のようだったというから、兄弟はよく出来ているらしい。
朝から真選組唯一の穏やかな笑顔を直視したことにより、遠くの世界に片足を突っ込んでいた山崎だったが、名前が不思議そうに「山崎?」と首を傾げたことで現実へと帰ってきた。
「え、あ、おはようございますっ!」
「うん、おはよう。何、立ったまま寝てたの?」
「いえ!ちょっと考え事を…」
「ふぅん?考えるのはいいけど、庭に落ちないようにね」
「は、はいっ」
肩をポンッと叩かれ、じゃあね、とすれ違う。その背を目で追いかけながら、はあ…と息を吐いた。
「朝からあの人に会うのは、ある意味毒だな…」
ぽつり。誰に言うわけでもなく呟いた、本音。しかし、
ポンッ
「ん?」
名前に叩かれた肩を、また誰かに叩かれ、そのまま全力で握られた。
「い、痛たたたた!だ、誰だよ…っ!」
「俺だよー?」
振り向いた先には、名前と同じ蘇芳の瞳があった。もちろんとってもイイ笑顔で。
「沖田隊長!?いつからそこに」
「テメーが兄上に挨拶された時からでィ」
「一番最初っからじゃん!」
「んなことより山崎よォ」
ぎりぎりと掴まれた肩が痛い。涙が出そうなくらい痛い。せっかく朝からいいスタートが切れそうだったのに…神様俺が何かしましたか!
「したに決まってんじゃねぇかィ」
「あれ心の声が漏れてる」
「兄上に挨拶されただけでも切腹モンなのに、長い時間見惚れてやがって」
「…げっ」
「兄上をガン見していいのは俺だけでィ。覚悟はできてんだろうなァ?」
「ひ、ひいいいい!」
肩にあった手に、力がだんだんと込められ、挙げ句には耳元でチャキと音が聞こえた。 俺、今日が命日か…
「ん、総悟ー?」
「兄上!」
「うおっ!」
神のようなタイミングで、山崎が本当の意味で遠くの世界に行く前に、名前が廊下の曲がり角からひょこっと顔を出し総悟を呼んだ。瞬時に弟モードに切り替えた総悟は、にこにこ笑みを浮かべ、山崎を庭に突き落として(もちろん山崎が勝手に落ちたかのようにして)一目散に名前に抱きついた。
「ついてこないからどこ行ったかと思ったよ」
「すいやせん兄上…ちょっと山崎さんと話してて」
「あれ?山崎庭に横たわってるけど」
「最近のマイブームだって言ってたんでほっときやしょう」
「そうだったんだ。さっき俺、庭に落ちないようにって言っちゃったよ」
「さすが兄上。お優しい人です」
「ふふ、褒めても何もできないよ」
「ホントのことですぜ。ささ、兄上、朝飯食いに行きやしょう」
「ああ。そうしようか」
仲良く連れだって廊下の角を曲がっていった沖田兄弟の話し声が聞こえなくなって暫く、再び誰かの気配がした。
「…何やってんだ、山崎」
「…マイブームです」
それから山崎の庭に寝転ぶ姿が何度か目撃されたとか、いないとか。