土方妹

□とある夜の偶然
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「おはようございます」

「おはようなまえちゃん」


なまえの仕事は夜6時から深夜0時まで。休日になると時間は延びるが、だいたいこの時間帯だ。
今日も家で身支度をして、ネオンの輝きと共に仕事場へと向かう。


「なまえちゃん、今日は松平さんが来るからお相手よろしく」

「はーい」


オーナーに返事をしてから奥部屋へ行き、服や化粧の最終チェックをする。なまえが黙々とアイラインを引き直していると、同僚が部屋へと入ってきた。


「おはよー」

「おはよっ。なまえ今日、松平さんだって?」

「そう。ねえ、うちにドンペリどのくらいあったっけ」

「昨日新しいの来たからたんまりあるよ」

「りょーかい」


売れっ子は怖い怖い。自分だってこの前在庫空にしたじゃない。

クスクス笑いながら話す内容はホステス同士しかできないもの。ホステスもただ笑って酒を注いでいるわけではない。金が取れそうな客からはたんまり頂き、がっぽり稼ぐ。この店に来る客はだいたいが金持ちだからお金を大量に落とすのはいつものことなのだが、それでも天下の警察庁長官とあれば気合いが入る。


「なまえちゃーん!」

「あ、呼ばれた」

「行ってらっしゃい、なまえ」

「行ってきまーす」


表から黒子に大声で呼ばれ、スイッチが入る。きらん、と光った切れ長の目に、さすが人気ナンバーワンだと同僚は肩を竦めて笑った。







「お疲れさまー」

「お疲れさまでーす」


月が昇りきった深夜1時。べろんべろんに酔っ払った松平が帰った後、店の片づけを手伝いながら、オーナーから今日は疲れただろうと1人早く上がらせてもらえた。

ドンペリほとんどなくなったなーとぼんやり思いながら、なまえは家路を歩く。近道をしようと、大通りから月明かりのみの道を歩く。すると、ぽつん、人影が。


「あれ、十四郎?」

「あ?って…なまえ?」


何でお前がここに。そう言いたげに眉をしかめた兄に、なまえは気にせず近寄る。


「仕事の帰りだよ。今日は松平さんが来てたから疲れちゃって、早めに上がったの」

「とっつぁんまた行ったのか…。ご苦労さん」

「ありがと。で、十四郎は?」

「俺ァ見廻り。ってかなまえ、お前帰りっつーことは、今からこの道通ってくのか」

「うん」

「…」


2人が話している道は、月明かりしか頼りのない、人気のない道。確かにここを通るのがなまえのマンションには1番近いが、如何せん危ない。前もそれを注意してなるべく大通りから帰るよう言ったのだが、妹はあまり聞き入れてなかったようだ。


「…送ってく」

「え、いいよ。仕事中なんでしょ?」

「どうせオメーのマンション前も巡回経路なんだ。行くぞ」

「あ、待って待って」


すたすた歩き始めた兄に慌てて付いていく。一歩後ろから、昔から変わらない大きな背中を見る。自分を守るその後ろ姿に、何度助けられたか分からない。いつも背に庇われ、ぎゅっと着物を握っていた。


「…速かったか?」


気づかないうちに、記憶と同じように隊服を握っていた。それが歩くペースが速いからと捉えられ、なまえはホッとする。


「大丈夫。でもね」

「ん?…っと」

「たまには、ね」


見ていた背中から視線を外し、一歩前に出て横に並ぶ。組んだ腕は暖かくて、昔と変わっていない。


「その格好の時に珍しいじゃねェか」

「人気ホステスと腕を組んだ感想は?」

「ハッ、何言ってんだ。馬鹿なこと言ってないで、さっさと帰んぞ」


ぐいっと腕を引かれ、止まっていた足が動き出す。見上げた兄の顔はいつも通りで、冗談なのに…となまえは前を向く。そして、兄に気づかれないよう微笑んだ。


寄り添うように進む兄の歩みが遅くなったのは、なまえしか知らない。





 

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