審神者

□教えてよ 教えてあげる
1ページ/1ページ

 




三日月宗近
大和守安定
和泉守兼定

政府の役人は、刀剣の中でもこの三振りを私が連れていると、満足そうにするのを知っている。

月に2度ほどある、審神者と政府の情報共有会議。審神者会議とも言うが、私はこの会議が大嫌いだ。理由は色々あるけれど、まず時間が長い。でも審神者として行かないわけにもいかないから、開始時間ぎりぎりで着くのがパターンとなっている。
そんな会議に護衛として、また刀剣保持の進行状況として、刀剣を一振り連れて行くのも義務だ。初めて連れて行ったのは初期刀である加州清光。それから戦場や鍛刀で来てくれた彼らを連れて行った。今回連れて行くのは、大和守安定だ。

大和守安定は、鍛刀で現れた。清光と同じ主の愛刀だった彼が本丸に慣れてきた頃を見計らい、彼に会議の護衛を頼んだ。分かったよ、と頷いた安定を見送って部屋に戻ろうとした時、携帯電話が鳴った。画面を見れば政府からだった。耳に当てた携帯電話から響く低い声に自然と眉が寄っていて、偶々通りかかった長谷部が心配しているのが視界の端で分かる。


「…時の政府は、なんとおっしゃられたのですか?」


電話を切って数秒、歩き出した私に心配そうに尋ねた長谷部。僅かに振り向いて答えた。


「明日の会議は、安定を連れて来い、だって」





「安定!」
「あ、お疲れーなまえちゃん」
「待たせちゃってごめんね」
「大丈夫だよ。ほとんど昼寝してたから」


会議は3時間近くかかった。庭の日の当たるところにいた安定は、目を細めて笑う。
今日の会議の収穫は、今まで以上に無かった。報告は毎回メールで提出しているし、何かあれば携帯電話で連絡を取り合う。事実、面と向かって政府の役人と話すことなど何もない。彼らにあの時代のこの戦場が、などと言っても改善されるわけでもないし、してはいけない。精々役人のできることと言ったら、私たちの衣食住と、時代転送装置の改良くらい。だから、私はこの会議が大嫌いだ。

芝生に座っている安定に手を差し出せば、迷わず取って立ち上がる。袴についた芝を叩いている安定を手伝いつつ遊んでいれば、背後から足跡が。


「ほう、この者が大和守安定か」


安定がきょとんとした顔をしたが、私としてはやっと来たかと振り向く。


「はい。彼が大和守安定です。先日鍛刀で来てくれました」
「随分懐いているようだな」
「犬猫ではないので懐くという言い方は神に不遜かと。けれど、彼とは仲良しですよ」
「他の審神者は大和守安定とは仲良くなれんそうだ」
「接し方が足りないのでは?」
「いくら話しかけても、難しいようでな。どうもこの刀は前の主の思いが強すぎる」


安定と役人の間に立って、この人に安定を見せないようにする。安定は私より背が高いから全てを隠すことはできないけど、それでも私の大事な刀を不躾な視線に晒したくなかった。


「何が言いたいんです?私、頭はからっきしなのでストレートに言ってもらわないと理解できなくて」


はっ、と鼻で笑われた。馬鹿だと、愚かだと言いたいんだろう。安定の雰囲気が揺らいだので、後ろ手で彼の手を握った。


「元の主への思いが強い刀が、懐く審神者よ。想定通り、お前には和泉守兼定も懐くのであろうな。次の会議にはその刀を連れてくるのだぞ」


はっ、と鼻で笑い返してやった。兼定を連れてこさせたければ田丸屋の団子人数分買ってこいと言いかけた私より先に、ああそうだ、と役人はまだ口を開いた。


「天下の五剣は健在かな」
「三日月宗近なら、きっと今頃短刀たちと日向ぼっこをしていますよ」
「それは良い。しかし人を斬る刀が日向ぼっこか。不思議なものだ」
「彼らは生きていますから」
「そしてその刀もお前に懐いている。やはり呼んで正解だった」


安定を連れて来いと言われ、その後の会議で役人に何を言われるかなんて、見当はさらさら付いていた。それは電話に出た時ではない。私が審神者になったその時から、私は理解していた。いや、理解せざる負えなかった。

私が審神者≠ニして存在している意味。なぜ私が審神者なのか、他の誰かではない私≠ネのか。

神様は教えてくれなかった。その代わりに教えてくれたのは私≠呼んだ時の政府だった。


「なまえちゃん、ちょっとアイツの首落としてきていい?」
「落としてもいいけど、またあの人の口が開けるようにしてね」
「ちぇー」


役人とは反対方向へ歩く私たち。少し背の高い安定を見ると、不満そうに前を見ていた。


「アイツも失礼なこと言うよね」
「?」
「他の審神者のところにいる俺のことは知らないよ。だってなまえちゃんが呼んだ打刀の俺じゃないもん。だからそんなのと比べられても困るよ」
「安定…」
「他の審神者を知らないけど、確かに俺たち共通点は多いね。でもそれはきっかけに過ぎないんだ」


お互いの足が止まる。本丸に帰るための転送装置の前に着いた。安定の話を黙って聞きながら、装置を起動させた。彼は私に目を向けず、ただ前を見ている。

装置が光る。転送の準備ができた。


「きっかけはあったけど、きっかけは入り口でしかないんだ。入った後は自分でどうにかしないといけない。賑やかなあの本丸を作ったなまえちゃんだから、俺も兼定も三日月のじいさんも、他の刀剣も、君といるのが楽しいんだ」


優しく手を取られ、顔を上げれば安定と目が合う。


「俺は主がなまえちゃんで良かったよ。いつか沖田くんに会ったら、お礼を言わないとね」


悪戯っ子のように笑った安定に連れられて、私は光の中に飛び込む。その笑った顔が彼の持ち主とよく似ていて、自然と心が軽くなる。光に包まれながら手を思いっきり握り返せば、彼も固く握り返してくれた。




 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ