審神者

□男前時々ウブ
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「薬研」


高くもなく、低くもない、真っ直ぐに通る声で名前を呼ばれる。着ていた白衣のポケットに手を突っ込んだまま振り向けば、ひらひらと片手を振りながらこっちに歩いてくる、大将がいた。


「よう、大将。風呂帰りか」
「そうだよ。よく分かったねえ」
「大将がさっき居間で、燭台切に風呂に入るよう言われてたのを見てたからな」
「そうだっけ?、っふああ…ねむ。お風呂入ってみんな流してきちゃったかな」


こしこしと目を擦りながら、大将は庭先をぼんやりと見た。季節は冬。積もる雪が夜でも明るさを保っている。息を吐く度に白く浮かび上がり、俺と大将の間を漂う。


「大将、部屋に戻りな。せっかく暖まったのに冷えちまうよ」
「えー、布団冷たい」
「湯たんぽ準備してやるから」
「その手があったか。ってか引き止めちゃったけど、どこかに行こうとしてた?」
「いや、もう寝ようとしてたとこだ」
「ふうん。ねえ、湯たんぽホントいいの?」
「任せな。取ってくるから部屋で待っててくれよ」


そう言って自分の部屋にある湯たんぽを取ってこようとすると、ぐっと大将に二の腕を掴まれた。


「大将?」
「薬研どこ行くの?部屋はこっちだよ」


細く綺麗な指が俺の腕を掴んだまま、廊下をある方向へ進む。
本丸は広く部屋数も相応にある。俺が向かおうとしていたのは兄弟で使っている大部屋だが、今向かっているのは本丸の奥にひっそりある、大将の部屋だった。


「ちょ、大将!」
「んー?」
「まさか、俺を湯たんぽにしようとしてないか?」
「まさかのまさかだけど、ダメ?」
「ダメも何も」
「…ふああ、ねむ」


室内に入るよう背中を押され、勢いで数歩進んだところで部屋の襖が閉まる音がする。まずいと思い大将から離れようとしたが、行動を読んでいたのか俺は背中から抱き込まれた。

そして子供のように抱き上げられ、既に引いてあった布団に共に倒れる。準備のいいことに電気は消してあるし、抵抗らしい抵抗も出来ないまま布団が被さった。


「っ、大将!!」


彼女の手を外し布団の中で向かい合って抗議する。大将は思いのほか近距離にいて、暗闇でも表情が分かった。口端を上げた大将は、それはそれは楽しいと言わんばかりに目を細める。


「可愛いねえ、薬研」
「…短刀だからって、俺も男なのを忘れられちゃ困るんだが」
「忘れてないよ。薬研はいつだって頼りになるし、かっこいいし、可愛い」
「…ありがとさん。だけど、可愛いは嬉しくないな」
「清光は喜ぶよ?」
「あれは別だ」


けらけら笑う大将の体温は風呂上がりで暖かく、布団の中も相まってこんな状況なのに眠気が襲ってきた。


「大将、ホントに勘弁してくれ。添い寝が必要なら弟たちを呼んでくる」
「その提案も素敵だけど、今は薬研がいいから却下」
「でも」
「でもも案山子もありません。ほら、寝る寝る」
「んぐっ!?」


離していた距離を思いっきり詰められ、大将の胸元に顔が突っ込んだ。ふにっとした柔らかさに顔全体が包まれ、暖かいなんてもんじゃない、体中が火のように熱くなった。

慌てて離れようと手を出したら今度はその柔らかさに触れてしまい(よく考えれば分かることだが、本当に気が動転してた)一人でわたわたする俺を大将が笑った。


「なんならナマ乳にしてあげようか?」
「!!」
「あはは、薬研顔真っ赤!」
「〜〜〜っ、なまえ!」
「からかいすぎたかな。ごめんね薬研。おやすみしよう」


胸に俺の顔を埋めたまま、大将が背中を優しく叩く。そのリズムと羞恥と暖かさで、平常の考えができなくなった俺は、襲ってくる睡魔に従い、そのまま瞼を下ろした。


「っ、ん。…これは」


…男としてやられっぱなしも性に合わないから、眠りに落ちる寸前、その柔らかい部分へ口吸いをしてやった。




翌朝。


「…」
「…か、加州」
「……んん…あ、清光…おはよう」
「…おはようなまえ。……ね、なんで薬研と寝てるの?まさか…まさか…」
「ち、違う!疚しいことなんてしてない。加州落ち着いてくれ」
「(キスマークのこと言ったら面白くなりそうだけど、付けたの薬研だって言ったら、さすがに清光死んじゃうかな)」
「なまえ…」
「そうだよ清光。なーんにも疚しいことなんてないさ。ただ昨日は寒かったから、一緒に寝てもらっただけだよ」
「ほ、本当?」
「本当だとも!」


安心した表情の清光に笑いかけ、布団に座ったまま両手を広げて彼を待つ。途端ギョッとした薬研と清光に、ん?と首を傾げた。


「大将…それ…」
「え?」
「昨日はなかったのに…それって…」
「おいおいちょっと待て!加州アンタ毎朝大将の見てんのか!?」
「その赤いの…」
「加州聞いてんのか!?」


騒ぎ始めた2人を他所に、そうっと視線を自分の胸に向ける。寝着としている浴衣の前襟が大きく乱れ、胸がいい感じで見えていた。イコール薬研のキスマークもばっちり見えていた。


「…あは」
「…」
「…っ、」
「なまえの浮気者おおおおおおおおお!!!」
「ま、待て加州!!」


泣きながら叫んだ加州と、青と赤が混じった薬研がドタバタと部屋を出る。時間差で、朝から煩いよー、と燭台切の注意する声が聞こえてきた。


「ふふ、ホントうちの子可愛い子ばっか」


部屋から離れた場所から聞こえる声たちに、今日も楽しくなるぞー!と大きく伸びをした。




 

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