禁断の果実
□episode. 6
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……バサッ。
布の掠れる音がした。
窓が開いてカーテンが揺れているわけでもないのに、どういうことなのか。
…と、考える余裕はなく、私は夢を見続ける一方で……。
『待ってよ、センパイ!』
私はなぜか、五歳のときの姿でセンパイの名前を呼ぶ。
『ワリィ。…お前が暗殺者なら…もう近付かねぇ。』
『どうしてよ!わたし…どこにいけば良いの?』
走っても走ってもセンパイの元に追い付かない。
『ここだよ。お前の居場所は。』
『お兄ちゃん…!』
私はまだ一回しか会っていない兄の方に振り返ると、私の家族とおぼしき人たちが、兄の後ろに立っていた。
『お前の居場所はここだよ。お前にとって、暗殺者になることは天職なんだ。探偵じゃない。』
『違うもん…!あたしは…』
『だって、あのときもそうだったじゃないか。自分の母親殺して、たまたま空を飛んでいた怪盗キッドに向かって銃で狙撃したじゃないか。』
私が?
怪盗キッドを?
『だって、あれは流れ弾じゃ…』
『残念だねぇ。証拠もあるよ。俺たち一人ひとり銃の口径違うんだよね。キッドは腹にかすってそのまま堕ちてお前のこと慰めてたみたいだけど、キッドを追いかけていた刑事たちが、お前を保護して、証人保護プログラム受けさせたんだよね。まったく、偉い迷惑だよ。』
『そんなっ…!』
目尻に涙をためながらセンパイを見る。
『俺のオヤジをよくもそんな目に…』
『待ってよ!わたし…そんな…』
走って走って、ひたすら走りながら涙を横に流す。
『お前なんか信じられねぇ。お前と一緒にいたらろくなことがありゃしねぇ。どうせ、今度は俺を殺す気なんだぜ。』
『ちがう!ちがうもん!だって、センパイは…!』
私のこと…
認めてくれた唯一の人じゃない。
「…セン……パ…イ……」
病室のベッドのシーツに涙を濡らす。
すぐそばまで来ていた怪盗キッドはそれを見て、胸が締め付けられた。
私が10年前にキッドに銃口を向けたときは、黒羽盗一のためセンパイが知っているかどうかはわからなかった。
でも、それを思い出す前は怪盗キッドを本物で見るのはイヤだった。
だから、蒼天の薔薇の一個が盗まれたあの時に怪盗キッドに会って、無意識に拒絶が出てしまったんだろう。
「山田…」
センパイであるはずの怪盗キッドが、私の涙をサッと拭き取る。
「…そんな辛い夢をいつも見ているのか。」
キッドではあるが、もはやセンパイだった。
センパイは私の頭を優しく撫でる。
「…起きねぇよな。蒼天の薔薇、付けてあげたかったんだけどな〜」
センパイは残念そうに右手にある蒼天の薔薇を見つめていると、センパイの手に、小さい手が重なった。
「こんばんは…。怪盗…キッド…さん。」
途切れ途切れに言うと、センパイは驚きながら私を見る。
「山田…!」
「よくここに入院してるって分かりましたね。てか、生きてたんですね。どうやって蘇ったんですか?」
私はあんな悪夢を見たと思えないくらい、いつものように明るく振る舞う。
それは、センパイにとって辛いことだった。
「あれはオレの人形だよ。万が一刺されても血糊が出るって言う仕組みだ。」
「で、私が倒れたあとに人形を抜き取って、救急車を呼んだのもセンパイって訳ですね。」
「そー言うこと。」
私は上体を起こしてセンパイを見る。
「…もしかしたら、あの人形のようにセンパイを殺すかもしれない。現に今だって殺せるチャンスだし。だから、もう私のところに来ないで。…センパイも、それを言いに来たんでしょ?」
それを聞いたセンパイは驚いたような表情で私を見る。
「オレは別に…」
「いいから、帰ってください!邪魔よ!最初からキライよ!大ッキライよ!殺したいほど憎い存在なのよ!分かったら消えて!」
病室に響く私の怒涛。
すると、センパイはマントを翻して私を抱き寄せた。
一瞬の事のようで、なにがなんだか分からなかった。
でも、涙が出てきたのは分かった。
「オレはお前が好きだ。大好きだ。どんなにお前に嫌われてもいい。お前の事好きすぎて、お前の前から消えるなんて、出来ねーよ…」
前に聞いたセンパイの告白よりずっといい響きに聞こえた。
私は、何を求めていたんだろう…
殺人?
家族?
誰かの…愛?
「うっ…助けて…センパイ…!」
センパイの着ている白いスーツの生地をぎゅっとにぎりしめて泣く。
すると、何かが頭から出てきた。
スゴい血が出てくるが、支障はなかった。
「…アハハ。私のお兄ちゃん、こんなオモチャ入れてたんだ。…これのせいで、私は操られて人殺しを…」
頭から出てきたのは、小さな石だった。
この石が、殺人を起こす司令塔の役目をしていたんだろう。
「ありがとう、センパイ…。……大好き。」