苗十の話

□冬の日
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「…と、十神…クン?」

「なんだ」

「その……何でもないや」


苗木誠は考えた。

普段は罵倒ばかりを並べる隣の御曹司の様子がおかしい。

いや、おかしいというのは
眼鏡をやめてコンタクトにしただとか、
やけに寝癖が目立つだとか、
そういう「見た目」の変化じゃない。

そういうことではないんだ。


1時間程前、苗木は「話がある」という十神の言い付けを忠実がすぎるほどにも守り、
十神の部屋を訪れた。

訪れたは良いが、肝心の十神は「ベッドにでも座れ」と言ったきりでかれこれ1時間黙り込みを決めている。

空気に耐えられなくなった苗木は時々彼の名前を呼びかけるが、
何やら怒りを含んだような顔つきで「何か用か」などと答えてくるので為すすべがない。


「…あ」


と、ここで苗木はとあることを思い出す。


──窓、閉め忘れた…と。


今は冬真っ盛りで、当然室内の温度は下がりゆくもので
窓を開けっ放しにするなんて言語道断である。

そもそもなぜ寒いのを我慢して窓など開けていたのかというと、
室内の強制換気を行っていたからなので致し方あるまい。

ふと十神の部屋から窓の外を覗き見ると、
真っ白な雪が降り注いでいる。


「…その、十神クン。
用事があるからここへ呼んだんだよね…?」

「…そうだが」

「ぼ、ボク、急に用事思い出しちゃってさ…
十神クンの用件って何かな?」

「……」


再び室内に沈黙が訪れる。

苗木は脳内で頭を抱え込んで悩み始めた。

どうしよう。
なるべく早く部屋に戻らないと…


「苗木」

「は、はい」

「側にいろ」

「は、はい…はい!?」


苗木は今頃南極と化しているであろう部屋を想い、
虚ろな目をしながらも肯定の意を示し…そこで気付く。

今、この御曹司は、何と言った?


確か、側にいろ、そう言った気がする。よく覚えてないけど。

口をパクパクさせながら苗木はぎこちない動作で十神の方へ向き直った。


「あの…今、何」

「愚民め、勘違いをするな。
外を見れば分かるが、寒いからだ」

「…寒いから…?」


急に肩の力が抜け、苗木は十神に聞き返した。


「そうだ。
常にお前が側に居て、俺に決して寒い思いをさせるな。
…分かったらもう少しこっちへ寄れ」

「…うん」


一気にまくし立てられ何が何だか分からなくなったが、
苗木は十神との隙間がなくなる程近くに寄り添った形で座り直す。


「…んっ!」


それは突然かつ一瞬の出来事で、
あまりにも簡単で単純だった。


十神が彼の手を自分の方へ引き寄せ、自らの唇で彼の唇を確かめたのだ。


「…十神ク、んっぁ…ふ、ぅ…!?」


驚いた苗木が口を開いたところに、やけに馴れた様子で舌を押し込む。

十神はしかめっ面で苗木を見つめ、苗木は顔を茹で蛸の如く真っ赤に染めながら目に涙を浮かべている。


「んっ…く…は、ぁ…っ」


苦しくなる苗木が弱々しい力で十神の胸を押しやるが、一向に動かない。


…と、唐突に口が離され、二人の間には銀色の糸が繋がる。


「…っは…はぁ…っ
と、十神クン…っ…どうして…」

「…察しろ」

「へ…?」



それからというもの、いかなる時も苗木を見詰めている十神と
そんな十神と目が合う度に顔を沸騰させる苗木を見て
頭に疑問符を浮かべる人は少なくなかった。

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