novel3

□あいつは・・・
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「おい、あいつはどうした?」

 淡い茶色の髪をした、眼鏡をかけた男に訊く。

 鋭い切れ長の目に、通った鼻筋、なかなかに理知的でいて、精悍な顔つきをしている。

 ただの優男に見えるが、そうでもないのを先ほどの戦闘で知っている。

 戦い慣れている。

 その男は、ふっ……と眉をひそめ、怪訝そうな顔をした。

 それでいて、興味のなさそうな、もっと言うとマフィアである俺の言葉など聞く価値もないというような素振りをして。

 素っ気なく言う。

「あいつ? ……誰のことですか」

 訪ねておいて答えを聞く気もなさそうに背中を向ける。

 ……いや、本当に聞く気がないのかもしれない。

 背中が目指しているのは扉だ。

「あのウォルターとかいう赤い髪の奴だよ」

 ピタリ、と、足が止まった。

 ゆっくりと振り向く。

 薄青い瞳。

「……彼がどうか?」

 『どうかしたか?』ではなく、『何をしたのか?』という問いだとわかった。

 ……何もしちゃいないし、どうもしちゃいない。

 別に、特別な理由なんて、何もありゃしない。

 ……ただ、『どうしてるのか』知りたいだけだ。

 理由を訊かれても困る。

 俺はイライラと空をにらんだ。

「……別に、どうもしちゃいねえよ。俺はただ、あいつが俺と別れた後、どうしたのか気になっただけだ。てめぇ、仲間だろ。何か知ってるんじゃないのか」

 ピクリ、と眉が動く。

 はね上がって、また戻った。

 それ以外、なんの変化もなかった。

 ……正反対だ、あいつと。

 あいつが気に食わなかった理由とまた違ってこいつも気に入らない。

 ……能面みてぇなツラしやがって。

 苛立ちを覚えながら、もどかしく重ねて問う。

「……どうだ。どうしてるか、知らねぇか?」

「訊いてどうするんです、そんなことを」

 苛立ちが確かな怒りに変わった。

 くそっ……。

 どうするだって?

「いや、どうもしねえよ」

 追っかけてってとっ捕まえて殺すとでも思ってるんだろうか?

 ……そんなことはしない。

 だが、なら何故、俺はそんなことを訊いた?

 ……わけがわからねえ。

 まぁいい。

「いいから、教えろよ」

「知りません」

 はね付けるように言う。

「今はロベリアの処刑が最優先です。仲間の安否など、その後だ」

 少し、呆気にとられて、呆然としてしまった。

「……ずいぶんと冷たいじゃねぇか」

 もうわかっていたというのに、見た目でどこか、なよっちい男だと思っていた。

 もっと甘いのかと。

 あいつが大事にされているというのは、どこから来た思い込みだったんだか。

 あいつがあんなに無防備の喜怒哀楽の感情をさらけ出していたからに違いない。

 てっきり、仲間とベタベタして、甘やかされきっているものかと。

 ……違ったな。

「あー……」

 ぼりぼりと頭をかく。

 閉じたまぶたには、あいつのいろいろな表情がチラついて。

 なかでも、ひどく悔しそうな、悲しげな顔が……。

 抗争のせいで故郷を失くしたこと、エミリーを失ったことを話す時の顔が。

 チッと鋭く舌打ちする。

「あいつは……」

 いや、何を言う?

 あいつは大変なんだよ?

 あいつだっていろいろとあるだろうよ?

 あいつのことを気にしてやれ?

 心配してやれってか。

 ……馬鹿な。

 リカルド・カッチーニの言うことじゃない。

 口を閉じようとして、また開く。

 目も自然と見開かれる。

 目の前の男が、ひどくいまいましげに、自分をにらみつけてきたからだ。

「ウォルターのことなら、俺たちのほうがよく知っています」

 ギリッとにらみつけて、男は眼鏡を直す手つきで、顔を隠す。

 次にあらわにした時には、その顔から怒りの感情は消え、もとの無表情に戻っていた。

「仲間なので」

 それだけ言えばじゅうぶん、といったふうで、踵を返して歩き出す。

 驚いてしまってなんの反応も返せずにそれを見送った。

 ……なんだあいつは。

 今のは……。

 今のはなんだ。

 不意に腹の底からぐわっと怒りがこみ上げてきて頭に血がのぼった。

 ぐらぐらと沸騰しているように熱く、めまいまでするほどだ。

 ぐっと拳を握りしめる。

 ここがどこかなんて、どういう状況かなんて、どういう人間かなんて考えずに、追っかけていってとっ捕まえて殴りつけてそして……。

 そしてなんと言う?

 『俺のほうが……』

 俺のほうが?

 俺のほうがあいつをわかってやれる?

 ……馬鹿な。

「くそっ、ふざけやがってっ……」

 険しく地に吐き捨てる。

 軽くあしらわれたことに腹を立てたんだ。

 きっとそうだ。





 ……あいつは政府のカラスだ。

 Red Ravenだ。

 あの眼鏡野郎はあいつの仲間だ。

 ……助けるとしたら、力になってやれるとしたら、あいつのほうなんだろう。

 俺ではなく。

 カッチーニのリカルドではなく。

 俺にはまだやることが残っている。

 残ってるなんてもんじゃねえ、たくさんある。

 あいつのことを気にしている場合じゃない。

 だが……。

 歩きながらどうしても考えてしまう。

 浮かんでくる。

 ……俺はあいつの力になってやりたかったのか。

 そうか。

 ……そうだ。

 『仲間なので』……そう言われてひどく頭に来たのも、あいつを助けるのが俺ではないことがわかって今こんなにひどく落ち込んだような気持ちでいるのも、要はあいつにもう関われないからなのだと気付く。

 自分とあいつはなんでもない。

 ……その事実がひどく悔しい。

 何かもう少し知りたかった、興味を覚えた、惹かれるものがあった、そのことを自覚する。

 こどもみたいに表情のよく変わる彼に、本気で殴り合った彼に、一緒に戦った彼に、年下で小さいくせに生意気な……強がっている彼に、悲しんでいる彼に、惹かれるものがあった。

 力になってやりたかった。

 そう思わせるにじゅうぶんな相手だった。

 ……だが、もうどうしようもない。

 あの澄ました顔した茶髪の眼鏡の男……彼の仲間……をとっ捕まえて殴って止めてそして、『俺のほうが』などと怒鳴って、代わりに飛んで行くことなどもうできないのだから。

 ウォルターの元に駆けつけることなど自分にはできないのだから。

 自分はマフィア。

 そしてあいつは政府の人間。

 それだけだ。



 乗り越えられない関係。



 それだけで……。



 それでじゅうぶんだ。





(おしまい)
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