novel3

□ほんの一時の・・・
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 目の前で男が青い顔をしてガタガタと震えている。

 男の手にあった横っ腹にスキャッグスのマークのついた銃はもう破壊されて少し離れた地面に転がされている。

 リカルドは銃を壊したのとは別の鋭いナイフを男の首筋に向けた。

「ひっ!」

 男が短く悲鳴を上げる。

 ずりずりと後退して、後ろに立っていたクレソンにぶつかり、また悲鳴を上げる。

 クレソンもまた、武器を構えている。

 そして、他にも。

 男は今『漆黒の猟犬(ヘルハウンド)』の四人に囲まれていた。

 この状況で逃げられるはずがないことはわかりきっていた。

 男が両手を顔の位置に挙げてぶんぶんと首を横に振る。

「ちっ……違うんだ! 俺は命令されただけでっ……ラウラ・カッチーニを殺れば幹部にしてやるからって……そう言われただけだ!! ガルボーネの連中にっ! そのスキャッグスだって渡されただけで、俺は何もっ……何も知らなっ」

「ほぉ……」

 スゥッと目を細めて、冷たく男を見下ろすリカルド。

「鉄砲玉ってわけか……。ひとついいこと教えてやるが」

 ザクッ。

 無情に下ろされたナイフが男の命を奪う。

 リカルドは返り血を浴びながらどさりと倒れる男に向かって言う。

「……飛んでいった鉄砲玉は腹には戻らねぇんだよ。だまされたんだ、てめぇはな」

 男のすぐ側にしゃがみこんだクレソンが首から血を流す男を眺めてぼそりと言う。

「いいように操られちまって、まぁ……気の毒にな」

 そしてリカルドを見上げる。

「さて、どうする? こいつを雇った連中」

「あぁ?」

 リカルドが鼻の頭に皺を寄せて歯をむき出しにして威嚇するような顔をする。

 いまいましげに、腹立たしそうに。

 何を当たり前のことをといった様子で。

「決まってるでしょぉ?」

 可愛らしい花柄の細長い包みを抱きしめたメーラが可愛らしく小首を傾げて言う。

「……」

 タイムが無言でひとつ深くうなずく。

「わざわざ素敵な贈り物をつけてチンピラを寄越してくださったんだ。お誘いは受けなくちゃ失礼に当たるだろうが。……臭いをたどるまでもない。こいつがペラペラとしゃべってくれたおかげでな。招待主はわかっている」

 ハッと笑ってリカルドはザッと踵を返して背後に向かって言った。

「行くぞ」

 3人それぞれの返事が上がる。

 リカルドはそのまま歩き出そうとした。

 しかし、そちらに向かって歩いてくる者の姿をとらえて、ふと足を止める。

 赤いコートを身にまとい、背中に棺桶を背負っている、赤い髪の男。

 それがこちらに駆け寄ってくる。

 長い赤い前髪の隙間から覗く目をいっぱいに見開いて。

 ひどく慌てた様子で。

 間違いなくこちらへ向かって駆けてくる。

 リカルドは驚いて立ち止まった。

 ……見たことのある人間だ。

 いや、見たことがある、どころではない。

 一緒に戦ったことすらある、それもそう昔じゃない、それでも懐かしい相手。

 政府の赤い鴉の2番目、『背信の葬儀屋』、ウォルター・マーキンだ。

 RedRaven……マフィアを判定書に従い処刑することが役目だ。

 他の3人は用心のため構えている。

 だが、リカルドはそんな必要を感じなかった。

 しかし、顔だけは嫌そうにしかめて、やれやれと苦いため息を吐く。

「よりにもよって……」

 これから敵対するマフィアを潰しに行こうっていうのに。

 できることなら会いたくなかった。

 嫌な予感しかしない。

 ウォルターは……当たり前だが……リカルドたちの前で止まった。

 目指していた相手は間違いなくリカルドたちだったのだ。

 ハッ、ハッ、ハァッ……

 息が荒いが、それでも背筋を伸ばして立ち、真っ直ぐにリカルドを見つめる。

「……なんの用だ? 政府のカラス」

 しぶしぶといった様子で問うリカルド。

 ウォルターは答えずに背後を見た。

 ラウラ・カッチーニはいない。

 そのかわりひとりの男の死体が後方に転がっている。

 無惨に血を流して。

「……」

 ウォルターはしばらく黙ってそれを見つめ、ほんの少しだけ眉をひそめ、いまいましそうな顔をした後、キッと顔を上げて、リカルドを見つめた。

「あ……」

 わずかに顔に血のついたリカルドを眺めて何か言いたげだったが、やがて目を逸らし、ふと思い出したように言った。

「……無事だったみたいだな、ラウラ・カッチーニは」

 リカルドはひょいと首をすくめてみせた。

「当たり前だろう? なんのために俺たちがついてると思ってるんだよ」

 それから興味深そうにウォルターをジロジロと見た。

「へえ……。もしかして、そのために来たのか? ラウ姉のことを心配して? 政府のカラスがか?」

 リカルドは嘲るように口の端をつり上げて笑う。

 ウォルターを挑発するように。

 ウォルターは『はあっ』と大きなため息を吐いて言った。

「そんなんじゃないと言いたいところだが……これも仕事なんでね。あんたの姉さんに死なれちゃ困るんだよ。それだけさ」

 棺を肩から下ろし、地面にしゃがみこんで、気の緩んだ様子で話す。

「仕事でガルボーネ一家のところに乗り込んで頭領を処刑しようとしたら、『もう手遅れだ』って言うじゃん。だからどういうことか詳しく訊き出して、処刑を終えてから、こうして急いで駆け付けたってわけ。念のため。後始末は仲間に任せてさ。ったく、冗談じゃねぇよ。無駄に走らされたわ」

 リカルドは笑みを引っ込め、真面目な顔をして、ウォルターをじっと見る。

「それはそれは……ご苦労なこった」

 ウォルターはふいっとそっぽを向いて、ガリガリと後ろ頭をかいた。

「で? ピンピンしてんだろ? ラウラ・カッチーニは」

 リカルドも同様にウォルターの前にしゃがみこんだ。

 行儀悪く大きく足を開いて、仲良く顔を向き合わせて。

 リカルドは腿に肘をついて手の甲にあごを乗せて、のんびりと言う。

「おう。ラウ姉ならもう車乗って先に行っちまった。しかしなぁ……」

 後ろではクレソン・タイム・メーラが拍子抜けしたように、構えは解かないものの、のんびりとしている。

「獲物を取られちまったな。今から狩りに行くところだったんだぜ? ガルボーネの連中を。まぁ、てめぇらのことだからひとりも残さずってわけじゃないんだろうが……」

「当たり前だ。判定書が出たやつだけだよ」

「だろうが、……まぁ、まだカラスがうろついてるとなりゃ、邪魔で仕方がないな」

「……まぁ」

 後方で転がっている死体をウォルターはチラと見る。

「上の判断次第だとは思うけど」

 うつむいてぼそりと言い、小さく息を吐く。

 『ふん』と小さくリカルドが鼻を鳴らした。

 そしてさしたる興味もなさそうに問う。

「これからどうする?」

 その気楽さに解されたようにウォルターも深刻さを抜いて軽く言う。

「ああ。ここに一泊。まだ後のことがあるから」

「そうか」

 さっとリカルドは立ち上がった。

 そして背を向けてひらっと手を振る。

「じゃあな」

「えっ!? 行っちゃうの!?」

 ウォルターが目を真ん丸くして飛び上がるようにさっと立ち上がる。

 そして必死にその背中を追う。

 リカルドがわずかに困惑に眉をひそめてウォルターを振り向く。

「……どういうことだよ。行かないほうがいいのか?」

「いやいや、案外あっさりっていうか……。おい、この後、ガルボーネのところに行ったりしねぇよな?」

「行く必要があるか? 頭は失くしたんだろ? 慰めにでも行けってのか。あいにくしんみりしたのは苦手でな。帰ってワインでも飲むさ」

「そんなんじゃなくてさ……」

 しがみつくウォルターをじろりと見てリカルドはつまらなそうに言う。

「あーあ……。最近じゃ俺らの間じゃ赤いコート見ただけで不吉だって言うんだぜ。せっかくの獲物も奪われちまって、その上おとなしくしてろってか。俺たちはマフィアだぞ。聞き分けよくなんかできねぇし、てめぇらみたいなお利口さんでも、お人好しでもねぇ。ただ……上に従うのは一緒だ。ラウ姉次第だな」

 無言でウォルターはリカルドをにらみつける。

 リカルドはウォルターにつかまれたために少しずれてしまった服を直して、肩をすくめた。

 大きなため息を吐いて、嫌そうに、うんざりといったように。

「じゃあな。あばよ。2番目鴉」

「……ああ」

 こくんとウォルターはうなずいた。

 リカルドはクレソンたちをともなって歩いていく。

 振り向いたメーラが『べーっ』と顔をしかめて舌を出して。

 そして4人は去っていった。

 ウォルターはじっとその背中を見送った。





(つづく)
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