The Prince Of Tennis.

□どんな音もかき消して。
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季節は五月だと言うのに、真夏のような暑さだった。
越前リョーマは恋人である、真田弦一郎の自宅へと泊まりに来ていた。


普段はお泊りなど出来ないのだが、この日はたまたまお互いに次の日が部活も休みであったこと。
それに加えて、真田の誕生日当日という事もあり『うちに泊まりに来るか?』と堅物なあの真田自ら、越前を誘った。





『おい。デザートは食べるか?』

『いや、もういらないっす』





真田宅の夕飯はとても豪華であった。
息子の誕生日なのもあるが、寿司から始まり唐揚げやポテト他にも様々な料理が所狭しと机を飾っていた。
それはもう、食欲旺盛な男性陣が頑張って食べても残ってしまう程の量である。
その後にお楽しみのケーキだ。
お邪魔してる上にこれだけお腹まで満たして貰っていて悪いが、越前は食べ物を見るのも遠慮したい気分であった。






『そうか。……すまんな』

『なんで真田さんが謝るの?』

『張り切って沢山作ってくれただろう。』

『うん。良いお母さんっスね』

『うむ。それは間違いない事だが…越前は大変だっただろう』




いつも厳格な真田が珍しく自分の顔色を伺っているのが手にとって分かった。





『そんな事ないっス。楽しかったし、美味しかったし。…むしろ、家族水入らずで誕生日祝わなくて良かったんスか?』




まだ中学三年生であるが、今時きちんと家族総出で誕生日を祝う家があるのかと越前は感心した。
自分の家は、おめでとうの言葉とプレゼントを貰うくらいで。
誕生日祝いという、しっかりとした物はやらないのだ。





『何を言っている。俺がお前に祝って欲しくて、こうして誘ったんだろう』

『ん、まぁ…そうなんだけど』





誕生日だからなのか、いつもより優しい言葉遣いで素直な気持ちを伝えてくる真田に越前は調子が狂う。
嬉しくないのかと言われれば、好きな人が素直に言ってくれてるのはとても嬉しい事なのだが少しだけ違和感を感じてしまうのはしょうがない事なのだ。
それ程、いつもの真田より甘い雰囲気を漂わせているのだから。





『そろそろ寝るか』

『ウィーッス』

『越前、用意するからそこで待っていろ』




そう言うや否や、真田はドアへと向かい部屋を出ていこうとする。
越前は不思議に思って『どこ行くの?』と声を掛けた。





『どこって、越前が寝る準備を…』

『え、一緒の部屋じゃないの』





この噛み合っていない話を理解しようと、二人は暫し見つめ合ったまま停止する。
話を理解した真田は、自我を取り戻したかの様に頬を赤く染めた。
『けしからん!』そう怒鳴ると、いくら男同士であろうと若い恋人同士が一緒に寝るべきではない事を数十分に渡って説明してきたのは言うまでもない。








『あ、真田さんこれ。』

『なんだ?これは』

『Happy Birthday for you.』





寝る支度を済ませた越前は、自分が寝るであろう部屋に行く前にとプレゼントを手渡した。
真田は驚きつつも、嬉しそうに。
照れを隠すように越前の頭を撫で付けた。




『ありがとう』

『どう致しまして。』





大きな猫目を細めて小さく微笑む。






『それじゃ、おやす』

越前がそこまで言った時

『越前、さっきあんな事を言っておきながらだが…この部屋で寝ないか…』

いつもでは考えられない台詞が越前の耳に入ってきた。
驚きを隠せなくて『は?』と声の主へ視線を移し、台詞の続きを待ってみる。





『恋人同士が一つの部屋で一晩を明かすのは良くない、良くないが……その、お前ともう少し、一緒にいたいんだ』





その言葉を聞いて、一気に身体が熱くなるのを越前は感じた。
当たり前だと思っていたのに、違う部屋で寝ると言われた矢先のこれは心臓にとても悪い。
きっと耳まで真っ赤だろうと思った所で、真田が自分の返事を待っている雰囲気を出していることに気がつく。





『もちろん。オレもそうしたかったし』

『ゴホン…今回は特別だからな』

『ああ、真田さんの誕生日だしね』





クスリと意地悪くそう真田に言ってやれば、五月蝿いぞ言わんばかりの目線とぶつかったので大人しく布団に入る事にした。
しっかり者の真田らしく、布団も清潔感溢れており、ふかふかしてて直ぐにも眠り付けそうであった。




『電気消すぞ』

『っす』





真田が電気を消すと、辺りは一気に暗闇に包まれる。
他の人達は寝たのだろう。
一切の気配を感じなかった。
もぞもぞと体制を変えると、トンッと真田の逞しい腕とぶつかってしまう。




『あ、ごめん』

『大丈夫だ、気にするな』





そのまま会話が途切れた。

最後に会話をしてからどれくらいの時間がたっただろうか。
隣に寝ている真田からは規則正しい寝息が聞こえている。



静寂の中、時計はカチカチと秒針を打ち続けた。
何となくそれが寝苦しくて再びもぞもぞと身体を動かして見れば、後ろから暖かい物に包まれる。




『どうした。眠れないのか』

『寝てたんじゃなかったんスか』

『……質問に答えろ』

『…時計の音が気になっちゃって』

『時計の音が、か?』

『ああ、オレの部屋はデジタル時計だからこんなカチカチ聞こえないんスよ』



苦笑混じりにそう言うと『越前、こっちを向いてくれ』と言われた。
何だろうと思いつつも、大人しく従って寝返りをうってみる。
寝返りの仕方が下手だったのか、元々お互いの寝転んでる位置に誤差があったのか。
寝返った後の感触からして、目の前は真田の胸元であった。




『ん、向いたよ』

『越前、お前はそのままでいい』





何のことだ、そう思っていたが抱き締められて全てを理解した。
先程まで煩かったあのアナログ時計の音はかき消され、今は真田の心臓の音が越前の耳元で聞こえている。




『……逆にうるさいか?』

『すごい早さでドキドキしてるね。でも、落ち着く』





クスクス笑いながら言うと『もう寝ろ』そうピシャリと言ってきた。
きっとまた照れたのを隠したかったのだろう。
真田は意外と照れ屋さんなのかもしれない。




『真田さん…真田さん』




真田の位置を確認するかのように、手を這わす。




『なんだ?まだ何か…っ…?』





話している最中であったが、越前手が丁度その唇に触れて口封じした。
そのまま真田の顔に自分の顔を近付けていく。





『産まれてきてくれてありがと』





手探りで見つけた、その唇に自分の唇を押しあてる。
静寂の中チュッというリップ音が綺麗に聞こえた。





どんな音もかき消して。
(愛を紡ごう)






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