The Prince Of Tennis.
□拝啓、日本にいる貴方へ。
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俺の朝は早い。
朝食よりも先にトレーニングをする。
トレーニングが終われば、バランスの取れた朝食を頂くのだ。
そのあと、幸村にお薦めされ、貸してもらった小説を読むのが最近の日課である。
今日もそんないつもと変わりのない、朝であったはずなのだ。
「弦一郎、貴方にお手紙が来ているわ。エアメールよ」
母親が俺に向け、一つの封筒をちらりと見せてくる。
エアメール、そんな物をやりとりする相手などいただろうか。
『俺にエアメールですか?ありがとうございます、お母さん』
渡されたエアメールを見てみれば、上手いとは言い切れない日本語で
真田 弦一郎 様
と記されていた。
間違えなく、俺宛の物だ。
裏返しにしてみればそこには、綺麗な英語で差出人の名前が記されている。
『…Ryoma Echizen、なんだと?』
越前リョーマとは、恋人の名前だ。
越前は中学卒業と同時に、プロテニスプレイヤーとなるためにアメリカへと旅立った。
所謂、遠距離恋愛中だ。
遠距離だからと言って、お互いの気持ちが変わるわけでもないので、自分的には安定した良い関係を築けていると思っている。
そんな越前からの、急なエアメール。
少しだけザワつく心臓に気が付かない振りをして、きちんと止められていた封筒の封をハサミで切り開けた。
《拝啓
爽やかな季節です、いつにも増して活動的にお過ごし下さい。》
『ほう、あいつにしては良い書き出しだ』
こんな手紙も書けるのかと、感心したばかりについ頷いてしまう。
《元気?オレは相変わらずな毎日を過ごしてるよ。
今度日本に帰るんで、その時会えたらいいっスね。まあ、またメールする。》
『急に馴れ馴れしい文章になるとは…たるんどる!!』
《今日手紙を書いたのは、こっちの学校の授業の一環で日本の風流な手紙の書き方について学ぼうって授業があったんだよね。
どうせ出すなら、こういうの大丈夫そうな真田さんにしようって思って。
だから、特別返事はいらないよ。》
『ふむ、日本の手紙は季語が入り相手を尊重もする。とても良い物だからな。』
《手紙なんだけど、最低二枚は書かないとダメらしいんだよね。
先生のチェックも入るし、正直面倒。》
最初の感心する、日本的な手紙とは大違いの内容に手紙を持つ手に力が入る。
『越前、なんで俺宛に書いた!こんな手紙はいらん!』
くしゃりと、少しだけ皺の寄ってしまった手紙の先を眉間に縦皺を刻みながら読み進めた。
《でも、滅多に手紙書くことも無いから。
いい機会だし。付き合ってる訳だし、ちょっと色々と書くことにする。》
何やら越前らしくなく、改まった書き方だ。眉間の皺が無くなると同時に、真剣な顔付きになる。
勢いをつけるかの様に、一つ咳払いをする。
『ふむ…コホン。えーと、何々…』
《アメリカに行くその日に、真田さんが俺に告白してくれて本当に嬉しかった。
真田さんは、きっと幸村さんの事が好きだと思ってたし。
本当に付き合えて嬉しい。
今まで一回も言ってなかったけど、誠実でしっかりしてる所が好き。
普段厳しいのに、二人で居ると優しくしてくれる所が好き。
でもオレが間違えた事したりしたら、ちゃんと叱ってくれる所も好き。
あと、真田さんのテニスフォーム。
背筋がスッと延びてて凛としてて、迷いなんてないショットが好き。
アメリカでも、沢山の人とテニスの試合してきたけど。
真田さんの迷いのないショットに、叶うやつは居ないよ。
まあ、アンタはオレに叶わないけど。》
最後の文章を読んだ瞬間、先程よりも手紙はクシャッと皺が寄った。
『………』
《そうそう、今日は何の日か知ってる?》
越前の話の振り方が急すぎる、と呆れながらもカレンダーへと視線を向ける。
5月21日を探し、何の日かを確認するがカレンダーには特別何も書かれていない。
『祝日、じゃない。記念日…でもない』
《どうせ、真田さんは興味無いだろうと思ってるんだけど。
真田さんの周りの人が放って置かなさそうだし。
アンタの恋人はオレだから、ちゃんとしておきたいなって思って。》
『どういう事だ?』
訳が分からず、ついつい一人で手紙を見ながら難しい表情になってしまう。
考えても分からないのだから、さっさと手紙の続きを読もうと再び視線を手紙に移した。
《Happy Birthday! Genichiro
Hope this year brings you lots of happiness and good health.
With every good wish.
Ryoma》
(お誕生日おめでとう!弦一郎
幸運と健康に恵まれる一年になりますように。心から敬意をもって。リョーマ)
すっかりと忘れていた、と手紙を見ながら珍しく溜め息をつく。
手紙の内容も嬉しい物であったし、普段クールで中々甘えてこない恋人が自分のことをどう思っているか知れて、ついつい表情が緩くなってしまう。
『そうか、俺の誕生日だったか…』
優しげな目付きで手紙を見つめていれば、二枚目があったのを思い出す。
『越前…なかなか可愛いことをしてくれる。どれ、二枚目は…』
《p.s.
時差があるから、感動しても電話とかしてこないで。
敬具
二○十四年 五月十九日
越前 リョーマ》
『なんだ!誕生日を祝う気があるのか!』
最終的に祝ってくれているのか、祝ってくれていないのかよく分からない手紙を入っていた様に三つ折りに戻す。
封筒に戻そうとすると、中で何やら膨らんでいるものがある事に気付いた。
封筒を逆さまにすると、手のひらにラミネートされた何かが落ちてくる。
『……クローバー…か?』
意味の分からないクローバーのラミネートは、丁度しおりとして使うのには最適な大きさであった。
これも授業で作った物なのだろうか?と頭を傾げる。
でも、まあいい。
小説のしおりとして、活用させて貰おうと元々使っていたしおりを取り出して小説へと挟み込んだ。
『ふむ、確か時差は14時間程度だったはずだな。頃合いをみて、お礼の電話をいれなければな』
越前から貰った手紙に、今は伝えられない気持ちを伝えるかの様にちゅっと唇を触れさせるとその手紙を机の引き出しへと大切にしまった。
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