The Prince Of Tennis.

□教えてあげない。
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あの日は朝から変だった気がする。







『おい、越前。髪型変じゃねぇよな?』
『いつも通りだと思いますけど。』
『そっか、へへっ』
『?』






必要に気にしていたヘアスタイルも。






『英二先輩!ガムとかあります?』
『あるよーん。ほいっ』
『あざっす!』






気にしていた吐息も。







全部この人のためなんだって。






『越前』
『なんスか』
『この子、俺の彼女になった…』
「宜しくね」







……ムカつく。









〈桃リョ;//教えてあげない。〉











ぼやっと曇り空に目を向けた。
あの日からそろそろ1ヶ月くらいが立つのだろうか。
あの日、初めて気付いた気持ちは今もこの胸に抱え込んでいる。





ピリッと痛む胸を洋服の上から左手でくしゃりと握り混む。






『越前』
『…なに』
『うおっ、なんでそんなに不機嫌なんだよ』
『……別に、不機嫌なんかじゃ…』






昔と変わらない太陽のような笑顔。
いつも彼女と一緒にいるくせに、何故今日は一緒じゃないんだろうか。






『…あの人は?』
『ん?あー…用事があるらしいぜ』
『ふーん』
『今日、暇か?』
『暇、だけど』
『んじゃ久しぶりに出掛けようぜ!』






久しぶりの誘いに思わず肩を揺らしてしまう。
オレは何も返事をしなかった。
桃先輩は『逃げるんじゃねぇよ』って笑いながらオレの頭を撫でた。





桃先輩に触れられる度に思うことがあって。どうして、この人が触れると心地よくなるんだろうって。
どうして、こんなに…なんて気が付かない振りしていたから桃先輩に彼女出来ちゃったんだけど。







『……二人じゃなかったんスか?』
『悪ぃ、用事が無くなったらしくて。自分も行くって聞かねぇんだよ』





部活が終わるのをわざわざ待ってたであろう彼女さんに視線をやる。
小柄で可愛い(多分一般的に)し、自分と違って女だし…邪魔は出来ない。
入り込む隙間なんて無い。





『帰る』
『あっ、おい、越前!』
『なに?二人でデートすればいいじゃん』
『あのなぁ…お前と久々に出掛けたいって言ったろ?』
『じゃあ、どうすんの?あの人。桃先輩が部活終わるまで待ってたのに。断るの?』






桃先輩が困ったような表情でオレを見ながら黙りこんだ。
彼女さんは何やら不二先輩と話していてとても楽しそうにしている。
オレが女なら、桃先輩の恋人はオレだったかな。






『三人で飯いこうぜ?』
『やだ』
『越前』






三人で飯行っても全く嬉しくない。
もはや、痛いだけ。



プイッとそっぽ向いて断り続ける。
そのうち、桃先輩が『頼むよ』なんてオレの肩に手をおいて頭を下げてきた。








『桃先輩、オレの気持ち知っててそんなこと言ってるの?』






桃先輩が驚いて今まで見たこと無いくらい、目を開いてオレの顔を見ていた。
もうあの人と桃先輩を見ているのに限界だったから、このまま嫌われてしまえばいいって思って言った台詞。






『帰る』短くこの場の空気を打ち切るようにピシャリと言った。
桃先輩は何も答えなかったけど、俯いて。あの人は…相変わらず不二先輩と話してた。










家に帰って、ご飯食べて、風呂に入る。
シャンプーで髪の毛を洗ってシャワーのお湯で泡を洗い流していると、その泡が儚げに流れ消えていくのが目に映った。






『らしくない、よな…』





らしくないのは分かっていたけど、桃先輩のことを考えるだけ胸が苦しくて。
シャワーのお湯に紛れながら泣いた、少しだけ。












『チーッス』
『あっれー?おチビ一人?』
『そうっスよ』
『桃は?休み?』
『知らない』
『なになに?喧嘩でもしたのかにゃー?』







そういう菊丸先輩はニヤニヤしながら、オレの顔を除きこむ。
ため息交じりに菊丸先輩の言葉をさらりと受け流すと『可愛くないぞー!』って騒ぎながら抱きついてきた。
面倒だったから、まとわりついてきてる菊丸先輩を気にしないことにしながらバッグからラケットを取り出す。







『重いっス』
『にゃんだよー、おチビの癖に』
『いや、意味がわからないんで』
『ぶー』






ぶーじゃない。オレはそんな気分じゃないし、早くテニスして気分をすっきりさせたいのだから。








『む…桃先輩がいないようだが。越前何か知っているか?』
『知らないっス』
『そうか。』
『桃のやつ、何かあったのかな。連絡もなしに休むなんて…』
『フシュウウウゥゥ…』
『………』





その日の朝練に桃先輩は来なかった。
オレも会いたくなくて、一人でいつもより早く起きて家を出たから何も知らない。
多分、携帯に母親から連絡来てなかったし。迎えに来てなかったんだと思うけど。










その日は丸一日、学校を休んだようだった。海堂先輩に聞いても『来てねぇみてぇだな…』の一言。



部活も終わりいつもの様に自宅へと足を向け歩く。
たまに通りかかる野良猫に気をとられながら歩いていると見知ったシルエットに胸を踊らせる。





『よっ、越前』
『ズル休み。連絡なしは校庭100周っスよ』
『はははっ、しょーがねぇな。しょーがねぇよ』





自転車を押しながらこちらに近付いてくる。いつも通りラフな格好のだ。
ただ、いつもと、違うのはバッチリ立てている髪の毛を下ろしているところ。







『時間あるか?』
『……ある』
『ファンタ奢るから公園でも行こうぜ』
『ふーん、オレは飯がいいけどね』
『バカ言うなよ!金欠だっつーの』
『ちぇっ』






二人で久々に並んで歩いた。
ここ1ヶ月はあの人が桃先輩の横を寄り添って歩いていたから。





カラカラカラと控えめな音で回る車輪。
公園に着いた時には空は真っ暗だった。








『ほらよ』
『どうもっス』







ぽーんっと放り投げられたファンタを左手でキャッチする。
桃先輩はジンジャエールだ。







『あのよ』
『どうかしたんスか?』
『あいつと別れちまったんだ』
『……へぇ』






こんなとき、嬉しいと思ってしまった自分が嫌になる。
キュッとファンタを持っている手に力が入る。







『それでな、責任をとってもらいてぇんだよ』
『責任って、なんのこと?』
『だからよ、つまり…』






目の前が暗くなったかと思えばふわっと香る桃先輩の匂いと、唇に当たる暖かくて心地よい感覚。





(ちゅっ)

『こういうこと、だよ。越前』






何が起きたか飲み込めなくて、勢いよく立ち上がるが思わずファンタを手放してしまった。
『あっ』慌てて缶を起き上がらせる。




『慰めとか、同情とかいらない』
『慰めでも同情でもねぇよ』
『からかってるつもり?』
『俺はいつだって本気だ』





真剣な瞳で見つめてくる。
いたためられない上に、照れ臭くて俯いて黙りこむ。







『……ねぇ、テニスしようよ』
『はっ!?この状況で』
『奥にコートあったでしょ?』







面食らったように驚きを浮かべる。
そんな表情を見せるなんて思っていなかったのでクスリと小さく笑ってしまった。
ラケットを鞄から2本取り出して、一本相手に手渡す。





『なぁ、越前。返事はしないつもりか?』
『…何言ってるの?今から聞くでしょ』
『へっ?』
『オレに勝てたら、の話だけどね。』
『っ…、のやろう…!!バカにすんなよ!桃ちゃんのダンクスマッシュでだなぁ…』
『はいはい』







自転車のかごにラケットを放り込んで押しながらオレのあとを付いてくる。
彼女と別れたから、オレの方に…なんて簡単にはさせてあげない。









オレに勝つまでは、ね。















(たくよ、先輩に対して尊敬の気持ちが足りてねぇな。足りてねぇよ!)
(何?手加減して欲しかったんスか?)
(そんなんされてたまるか!)
(桃城)
(あっ、手塚部長!チーッス)
(校庭100周だ。忘れるなよ)
(げっ!?)
(桃〜、頑張ってねん)
(頑張れば乾からスペシャルドリンクが出るらしいよ、桃には)
(自業自得だな。フシュ〜)
(桃、新しいドリンクを作ってみたんだ。サービスするよ)
(ははっ、こりゃタイヘン)
(おいおい、みんな。桃が可哀想じゃないか)
(まだまだだね)

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