黒バス

□【猫型キャンディー】
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「黒ち〜ん」
「……紫原くん。おはようございます」
「うん、おはよ〜」

間延びした呼び声に振り返れば、見慣れたチームメイトの姿。人が行き交う学校の廊下でも、やはり彼の長身は目立つ。紫原くんはつい先程登校したばかりらしく、片手に鞄を持っていた。

「えーっと……」

彼は空いている方の手を差し出して、こう言った。

「黒ちん、トリックオアトリート」

ふにゃり、と効果音のつきそうな笑みを浮かべる紫原くん。
僕はそれに少し微笑み返して、ブレザーのポケットを探る。カサリと音を立てる『それ』を取り出して、大きな掌に乗せる。

「どうぞ」

窓から入る光を透かすそれは、猫の形をした薄紫色のキャンディー。紫原くんはそれをゆっくりと見て、また笑う。

「流石黒ちん、用意いいね〜」
「君なら必ず言ってくると思ってましたから。他のみんなの所には?」
「黒ちんが一人目だよ。峰ちんとか黄瀬ちんはまだ来てないだろーし……」
「何をしている」

そんなやり取りをしていると、紫原くんの後ろから声が聞こえた。見ると、不機嫌そうに眼鏡を押し上げるこれまた見慣れたチームメイト。

「緑間くん。おはようごめんなさい」
「ミドチンはよ〜」
「おはよう。こんな廊下のど真ん中に突っ立っていると通行の邪魔になるのだよ」

話の輪に入った彼の言う通り、ここは廊下の真ん中。確かに登校して教室に向かう生徒の邪魔になってしまうだろう。

「確かに、そうですね」
「だね〜。……あ、ミドチン」
「なんだ」
「トリックオアトリート」

紫原くんのその言葉に、緑間くんは一瞬固まった。そして、呆れた様に溜め息を吐く。

「俺が菓子など持っていると思うか?」
「そっか……じゃあイタズラだね」
「ふん、勝手にしろ」

少し楽しそうな紫原くんに、涼しい顔の緑間くん。

「おっけ〜。んじゃ、俺教室行くね」
「はい。また放課後」

後ろ姿に声を掛ける。大きな背中を見ていると、横から声を掛けられる。

「黒子も言われたのか?」
「はい。でも……」

言いつつ、僕はまたポケットに手を入れて、包みを引っ張り出す。

「僕は言われる事を想定して持ってきていましたから」

両手には五本のキャンディー。先程紫原くんに渡した物の色違いだ。それを見て、緑間くんが小さな溜め息を吐く。

「用意がいいな」
「きっと黄瀬くんや青峰くんも言ってくるでしょうから」

黄瀬くんなら兎も角、青峰くんのイタズラは少し恐怖を覚える。緑間くんもそう思ったのか、俺も用意するべきだったか、と呟きが聞こえた。そんな彼に、黄緑色のキャンディーを差し出す。

「どうですか?」

目の前で振ると、一瞬考え込んで、要らない、と言われた。



こうして、僕のハロウィンが始まった。



****



「黒子っち!!」

昼休み。明るい声に本から目を上げると、ニコニコ笑う黄瀬くんの姿。相変わらず笑顔が無駄に眩しい……。
黄瀬くんはしゃがんで僕の机に顔を乗せると、笑みを深めた。

「トリックオアトリート!」

楽しそうな彼に、ポケットから黄色の猫キャンディーを取り出して渡す。

「はい」

すると黄瀬くんは受け取りながら不思議そうな表情をした。首を傾げると、彼ははっとした様に苦笑いを浮かべる。

「や、黒子っちはこういうのスルーするタイプだと思ってたから……」
「僕も好きで参加してるんじゃありませんよ。ただ、君や紫原くん、青峰くんは言ってくるでしょうし、イタズラは出来れば避けたいので」
「あぁ……」

青峰っちのイタズラとか凄そうだもんね、とまた苦笑い。それから彼は僕からのキャンディーを光にかざして、嬉そうに笑った。

「ありがと、黒子っち」
「いえ」

言葉を返すと、黄瀬くんがあ、と声を漏らした。今度はキラキラした笑顔になる。

「黒子っち、トリックオアトリートって言って?」
「え?」
「いいから!」

彼の勢いに押され、取り敢えず口に出す。

「トリックオアトリート……?」

すると、黄瀬くんはポケットを探り、僕の目の前に二つ、チョコレートを置いた。

「はい、どーぞ!俺も貰ったから、お返し!」
「黄瀬くん……」

笑みを絶やさない黄瀬くん。

「ありがとうございます」

つられて、僕も笑みを浮かべた。
それから、彼と他愛ない話をしていると、

「テツくーん!!」
「…桃井さん」

僕たちに歩み寄ってくるマネージャーの姿。その頭には大きな魔女の帽子。

「あ、きーちゃんも!」
「桃っち……それどうしたんスか?」

黄瀬くんが問うと、彼女は嬉しそうに帽子に触る。

「クラスの子がハロウィンだから持って来てたのを貸して貰ったの!!テツくんに見て貰いたくて……」

そう言って、少し上目遣いに僕に見る桃井さん。その視線に少し微笑んで感想を告げる。

「とても似合ってますよ」
「ほんとに!?」
「はい、可愛いです。ね、黄瀬くん」
「うん!桃っち可愛いからなんでも似合うっスね」

黄瀬くんも笑顔で褒める。よっぽど嬉しかったのか、桃井さんは顔を真っ赤にして、その顔を帽子で隠してしまった。
と、そこに。

「お、いたいた」
「あれ、青峰くん」

青峰くんは僕たちに近付くと、桃井さんに声を掛けた。

「さつき、クラスの奴が捜してたぞ。帽子がなんとか……」
「えっ、ほんと?ちょっと行ってくるね!」

また部活で、と言い残し、桃井さんは教室を出て行く。それを三人で見送る。青峰くんは桃井さんの後ろ姿から目を離すと、黄瀬くんが持つキャンディーを見た。

「おい黄瀬、なんだよそれ」
「あぁ、黒子っちがくれたんスよ。今日ハロウィンっスから」
「ふぅん……」

青峰くんはそう言うと、僕に手を差し出す。

「俺にもくれよ、テツ」

貰えて当然、といった様な彼に、ちょっとしたイタズラ心が騒ぎだす。

「……ハロウィンの呪文を知らない人にはあげません」
「はあ?呪文?なんだよそれ」
「青峰っち、アレっスよ、アレ」

黄瀬くんもノッてくれた様でクスクス笑いながらヒントだけを与える。暫く青峰くんは考え込んで、パッと顔を輝かせた。

「アレだ!トリックオアトリート!!」

そう言った青峰くんがあんまり嬉しそうに笑うから、僕と黄瀬くんは吹き出してしまう。

「んだよ!!」
「な、なんでも無いっスよ……っくく」
「てめぇ黄瀬……」

今にも掴みかかりそうな青峰くんを抑える為、薄い青色のキャンディーを渡す。

「どうぞ、青峰くん」
「………おう」

サンキュ、と小さな声の感謝に、少しだけ微笑みを返す。

「黒子」
「あれ、緑間っち?」

突然の呼び声に横を見ると、朝振りの緑間くんの姿。

「お前も飴たかりにきたのか?」
「お前と一緒にするな青峰」

俺だってたかりにきた訳じゃねぇよ!と声をあげる青峰くんを無視し、緑間くんは僕を見る。

「黒子に伝言だ」
「僕に?」
「あぁ。部室に一人で来る様に、と赤司が」
「……分かりました」



****



鉄の扉が微かに悲鳴を上げる。バスケ部の部室にはパイプ椅子に腰掛けて本を読む大人びた少年が一人。

「……何か用ですか、赤司くん」

そっと声を掛けると、組んだ足の上の本から目線が僕に移る。赤司くんは僕を見て、静かに笑った。

「あぁ、悪いな、態々来て貰って」
「いえ、それは構いません」

受け答えをしつつ、パイプ椅子を引き寄せて彼の正面に腰を落ち着ける。

「俺は教室でも良かったんだけど、黒子が嫌がるかと思って呼んだんだ」
「………?」

赤司くんの言葉の意味が汲み取れず、首を傾げる。それを見て、くすりと密やかな笑い声が漏れる。

「黒子、トリックオアトリート?」

落ち着いた声と共に掌を僕の眼前につきだす。僕は動じずに、今日何度目か分からない動作でポケットのキャンディーをその掌に乗せた。

「はい、どうぞ」

そしてそう告げると、赤司くんは一瞬きょとんとして、くすくすと笑い出した。くるくるとキャンディーを手の中で回して、窓から差し込む太陽の光に透かす。

「流石だな。みんなにも?」
「はい。紫原くんや黄瀬くんは言ってくるだろうと思ったので、用意したんです。ついでにみんなの分も、と」
「ふーん……」

そっか、と自分に向けたような呟きの後、赤司くんは徐にキャンディーの包みを解いた。

「……食べるんですか?」
「うん?うん」

駄目かな?と目線で訴えかけられ、軽く溜め息を吐いてやる。

「別に駄目じゃないですけど、休み時間中に食べ切ってくださいね」
「うん」

赤司くんは僕の言葉に素直に頷くと、透ける赤色の猫のキャンディーを食べ始めた。口にくわえるでも無く舌で舐め上げる様子に、これでは休み時間中など到底無理だろうとまた溜め息を吐いた。
暫く赤司くんがキャンディーを食べる姿を眺めていたが、ふと疑問が浮かんだので、問い掛けてみた。

「そういえば赤司くん、僕が嫌がるって何を嫌がるんですか?」
「うん?」

赤司くんは瞳をまた俺に向けると、自分でも忘れていたようでじっと僕の瞳を通して己の中を覗き見るように見詰めてきた。少しすると思い当たったのか、あぁ、と小さく声を上げる。
そして、先程と同じように掌を僕に差し出して、呪文を唱えた。

「トリックオアトリート」
「え?」

思いがけない言葉に、咄嗟に聞き返していた。

「だから、トリックオアトリート」
「今あげたじゃないですか」
「もう一つ欲しいな」

キャンディー片手ににっこりと笑うその姿は、無邪気な子供の様だ。
これは逃げられないな。

「すみません、もうキャンディーはありません」

そう素直に告げれば、赤司くんはより笑みを深くした。

「じゃあ、悪戯だな」
「………はい」

そう言うと、彼はどこからか『それ』を取り出した。『それ』を満面の笑みで僕に差し出してくる。

「……着けろと?」
「それ以外に用途が?」
「………ありません」

この主将が一度言い出した事は誰にも曲げられない。仕方無しに受け取ったのは、僕の髪色と同じ、水色の猫耳カチューシャ。
………嫌がるっていうのは、これの事か。
妙に納得してしまい、本日三度目の溜め息が漏れる。

「黒子」

嫌に威圧感のある赤司くんの言葉に、僕は従うしかないのだ。

「……分かりましたよ」

観念して、猫耳カチューシャを頭に着ける。
……耳の裏が痛い。あと赤司くんからの視線も痛い。
僕の猫耳姿を見て、彼はまたにっこりと笑い、満足そうに言葉を紡ぐ。

「良く似合ってる。可愛いよ、黒子」
「どうも」

褒められても全く嬉しくない。というか、褒められている気がしない。
素っ気無く返すと、また彼は楽しそうにくすくすと笑う。その様子を見て、僕はある事を思い付く。
ああ、彼はなんて返すのだろう。
この掴み所の無い少年は、なんと言って上手くかわすのだろう。
僕はこんな格好をさせられた不満と彼の返答への期待をハロウィンの呪文に乗せて、彼にお返ししてやった。



「赤司くん、トリックオアトリート?」



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あーやっと上げられた!!
書くの遅れて、上げ損ねて、高尾誕のついでにやっと上げられた!!!!
ほんっとね……すみません……。
まあでも上げられたからいいよね!!←




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