黒バス

□【君の領域、僕の領域】
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中学二年生なんて、人生でも間違いを起こしたり黒歴史を生み出したり、何かと厄介な歳だと思う。成人して、街で中学生を見ると若いなぁなんて思ってしまう程(未だに中高生に間違われたり、友人に童顔だとからかわれたりはするが)、僕もこの世界を生きてきて、思う。
待ち合わせのカフェで窓際の席に座り、そっと息を吐き出す。
その流れで、僕も消してしまい勘違い……いや、身勝手な自惚れを抱いていた、と思い当たってしまい、無意識に頭を抱えてしまう。そっと目を伏せて、思い出を引っ張り出す。
――――そう、あれは、中二の秋頃の話。



****



「赤司くん!」
「………黒子か」
「おはようございます」
「あぁ」

まだ登校して直ぐ、教室の扉の隙間からちらりと見えた赤を追って、廊下に出る。まだ人も疎らで、目当ての人は直ぐ僕に気付いてくれた。挨拶を述べてもきちんと返してはくれなかったけど、返事をしてくれただけで十分だ、と疼く胸に言い訳をする。

「早いですね」
「お前もな」
「図書室に行くんですか?」

右手の文庫本を見つけて問えば、やはり言葉少なに返事が返って来る。

「あぁ」
「一緒に行ってもいいですか?」
「………。」

暫し沈黙。軽く引き締められた唇と僕を見据えながらも何処か違う所を見詰めてる様な瞳からは、なんの感情も読み取れなかった。
嗚呼、断られるだろうか。不安がじわじわと広がり始めた時、小さな、でも良く通る声が聞こえた。

「………あぁ」
「!……ありがとうございます」

にやけそうになる口許を叱責して、歩き出した赤司くんの隣に並ぶ。さっき見た本のタイトルを思い出して、そっと問い掛ける。

「『ハムレット』……ですか」
「………。」
「面白かったですか?」
「…………と言うより、美しかった、かな」

そう答えた赤司くんを見上げると、何処か楽し気な、秘め事を話す様な顔をしていて、なんだか浮かれた気分になる。
彼は、部活以外では殆ど人と接触しない。緑間くんや紫原くんとはたまに一緒に居る様だが、基本的には独りだ。そして僕はこの人の無表情と試合の時の勝利を確信した中学生離れした表情しか見た事が無かったから、初めて見るカオに胸が高鳴った。

「赤司くん、」

その時僕は、自分で思うよりもずっと浮かれていたんだろうと、今になって思う。

「良かったら、内容、教えて貰えませんか?他にどんな本を読むのか、とか……。あ、何か面白かった本があれば、」
「黒子」

無表情だ、感情が読めない、と僕は昔から良く言われた。なのに、この時の僕は、酷く饒舌で、また鬱陶しかったと思う。
足を止めたのは丁度渡り廊下に差し掛かった頃で、やけに声が大きく響いた。自らの言葉を遮る様に吐かれた名は、絶対零度の冷たさを持っていて、刃の様に鋭かった。

「俺は、貴様に其処までの侵入を許した覚えは無い。一時の同行を許しただけで、近付く事が許されたとでも思ったか?」

続いた声に混ざる、はっきりとした拒絶の色。その表情は冷めていて嘲る様な薄い笑みに彩られていて。低い声とそのカオに、僕は目が覚めた様に息を飲んだ。

「っ………!」
「貴様が俺の言葉をどう取ろうとどう勘違いしようと構わないが、其処だけは違えるな」
「っ、赤司く……」

思わず手を伸ばせば、するりとその身は離れて行く。
いつの間にか開いた三歩程の距離が、酷く遠くに感じた。

「授業、始まるよ。先に戻りな、黒子」
「え………」

振り返った彼は、鮮やかな微笑みを浮かべていて。またしても初めて見る表情で、そしてその微笑みが意味する感情に気付いてしまい、息が、止まる。
綺麗過ぎる微笑みが意味するもの、それはつまり、完全なる拒絶。上辺だけの造り笑いで、『それ以上此方に来るな』と牽制する様な、完璧過ぎる笑み。
学校中に響くチャイムを遠くで聞きながら、行き場を失った右手を左手で包み込んだ。
…………不味い。怒らせたどころか、嫌われた、かもしれない。



****



「消し去りたい………」

人生においての間違いと言うより黒歴史に近いそれを思い出して、思わず零れた本音。
出来る事なら、あの出来事は無かった事にしたい。……まぁ、あの魔王が存在している限り忘れる事等、忘れて貰える事等ある訳が無いのだが。

「誰が魔王だって?」
「……勝手に心読むの止めて貰えます?」
「あれ、当たった?」
「嫌味な………」

向かいの席に座った赤司くんを軽く睨むと、上目遣いになってるから怖く無いよと笑われた。その笑みは、思い出の中の拒絶を秘めた微笑みでは無く、気を許した柔らかな微笑み。
店員を掴まえて注文する様を眺めていたら、此方を見てまた微笑みを浮かべた。

「テツヤが何考えてるかは大体察しがつくよ。大方、中二の時の事だろう」

疑問符を付けるでも無く言い切られた言葉に、窓の外に目を向けながら答えた。

「流石ですね、魔王様」
「拗ねないでくれよ。……僕も若かったってだけだよ」
「…………。あの頃から君は中学生離れしてましたよ」
「そうかな?テツヤだって、その辺の子供よりよっぽど大人びてた」
「君が言うと嫌味にしか聞こえません」

再び軽く睨んでやると、今度は肩を竦めて応えてみせた。

「ま、あれが切っ掛けで距離が縮まったんだし、いいだろう?」
「…………。」
「否定しない所が可愛いよね」
「はいはい………」

実際、赤司くんの言う通りなのだ。あの黒歴史、もとい出来事で、様々な意味で僕たちは親くなった。そう考えると、大切な出来事だったのかも………。

「とは頭では理解しても、プライドが邪魔をします………」
「プライドって……。そんなに嫌だったのかい?」

運ばれて来た珈琲を飲みながら笑う。なんだか遊ばれてる様な気がして悔しくなる。

「最早黒歴史ですよ、誰かさんの所為で!」
「それは御愁傷様」



―――――――――――――――

赤司が何をしたかったのか、それはいずれ続編にて明らかに!…するかもしれません(笑)




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