黒バス

□【夕闇に眠る獣】
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――――最近、この近くで『妖』がでるらしいっスよ!!
――――あぁ?んなもん、ただの噂だろ?
――――噂じゃなくてホントっスよっ!!ちゃんと見た人もいるんスから!
――――君は本当にそういう嘘が好きですね。いい加減にしないと怒りますよ?青峰くんが。
――――なんで俺!?
――――黄瀬くんごときを叱って体力使うの嫌なんで。
――――ちょっ、ヒド!!



……………なんて会話を、さっき友人達と交わしたばかりの僕は、人気の無い道を一人で歩いていた。
さっきの『妖』の話、本当なんだろうか、なんて僕らしからぬ事を、ぼんやり思いながら。
まぁ、結局の処、ガセだろうと一人で結論付け、ふと目を上げた。

「…………!!」

その先、三メートル程先の道。そこには、ヒト、の容をした者が座り込んでおり、その下には見るも無惨になった人間の姿。

「……おや?」
「っ!!?」

とてもとても楽しそうな声色で、ヒトの容をした者が僕に向かって囁いた。僕は言い表せないような恐怖を感じ、一歩後ずさった。その理由は、影が薄いと言われる僕の気配を背中で感じとったこと、そしてその者の容姿が、人『の様に見えた』だけであり、人ではない、人外の者だったことだ。

「見つかってしまったか…。まぁいい。これもまた一興……」

そう呟きつつ、彼は熱心に意識を向けていた『人だったモノ』にあっさりと侮蔑の眼を向け、ゆっくりと立ち上がり、こちらを見た。

「やぁ、今晩は」

にこやかにそう言った彼の姿を見て、僕はまた一歩、後ずさった。理由は、彼の血の様な赤髪から覗く、真っ白な狐の耳と、ゆらゆらと絡み合う真っ白な九本の尻尾、そして、彼の口許から首、そして術師じみた白い衣服を染める紅い血。おそらく、あの『ヒトだったモノ』の血だろう。

「あぁ…すまないね、こんな格好で。少し、食事中だったものだから」

僕の視線に気付いたのか、彼は着物の袖で口許を拭った。

「……き、みは…?」

なんとか声を絞りだし尋ねると、彼は楽しそうに微笑った。

「僕?僕はね、九尾だよ。人間が嘘と嘲笑い、妖どもは神と崇める、九尾」
「……食事、って……」
「あぁ、九尾はね、人間を糧として生きるんだよ」

そう言ったかと思うと、彼はふわりと着物と尻尾を揺らしながら、僕に近付いた。

「…君、とても美味しそうだね……?」
「…っ!!」

ずい、と顔を近付け、指で僕の輪郭を撫ぜる。背筋が凍るような感覚に襲われ、逃げようとするが、身体が言うことを聞かない。

「無駄だよ」
「!!」
「僕が許すまで、君は動けない」

至近距離で、彼が笑う。その左眼が、妖しく金色の輝きを放っている。その輝きを捉えると共に、彼がかなり端整な顔立ちをしている、とこんな時にも関わらず、気付いてしまった。

「………でも、まだ駄目だね」
「…………?」

微笑みから一転して、残念そうな表情になる。

「まだ、足りない」
「足り、ない…?」
「そう、足りない…」

ふわりと身を翻し、彼が僕から離れて行く。こちらに向き直り、指を口許にやりつつ、また微笑った。

「君がもっと『美味しそう』になった頃、また来るよ」
「え………」

バサリ……

急に聞こえた羽音に目を上げると、空中を鷹が旋回していた。その鷹はゆっくりと地上に近付き、彼の肩にとまった。

「……和成。どうした?」

彼が鷹に話し掛けると、鷹は怒ったように羽を広げた。

「…そんなに心配しなくても、僕は」

彼の言葉を遮り、鷹が羽をばたつかせた。その様子に溜め息をつくと、彼は不満げに呟いた。

「……真太郎の心配性。お母さんか」

なんだか人間らしい処もあるんだなぁと感心していると、彼はまた溜め息をつき、鷹を舞い上がらせた。

「……君、名前は?」
「え……あ、黒子テツヤ…です」
「そう…。僕は、……征十郎。覚えておいてくれ」

そう言うと彼…征十郎くんは、僕に軽く微笑み掛けると、闇に溶けていった。


――――またね、テツヤ……


そんな声が聴こえたかと思うと、身体にかかっていたプレッシャーのようなものが消え、自由が返ってきた。
今しがた起こった、夢のような出来事からまだ醒めることが出来ずに、僕はぼんやりと思った。

(彼は、僕に何が足りないと言ったんでしょうか…?)



****



「「征十郎!!」」

邸に戻ると、一斉に使用人どもが群がって来る。その中でも物凄い怒気を漂わせて近付いて来た二人。

「全くお前は!!何度言わせれば気が済むのだよ!!」
「こっちがどれだけ心配したと思ってんだ!!」

凄い勢いで僕に詰め寄る二人。その言葉を受け流し、僕は自室へと向かう。

「聞いているのか、征十郎!」
「……お前達の『心配』は、私に対してでは無いだろう」

拒絶を込めた声音で言えば、二人は一斉に押し黙る。こうなる事を望んでいた癖に、何処かがっかりしている自分に嫌気がさす。

「部屋に居る。私がいいと言うまで誰も近寄らせるな」
「「……御意」」

頭を下げる姿を一瞬だけ捉え、直ぐに前へ視線を移す。歩を進め、自室に辿り着き、自身がかけた封を解こうとする。が、異変に気付く。

「………やっぱりお前か。敦」

障子を開け、広がった部屋の中心で寛ぐ旧友の姿。横たえた体をぐるりと回し、悪びれる様子の無い、いつもののんびりとした目でこちらを仰ぎ見た。

「おかえりぃ〜」
「…また勝手に封を解いたな?」
「だってこの部屋が一番居心地いいんだも〜ん」

溜め息を一つ吐き、隣室への障子を滑らせる。わざと勢い良く閉めてやり、血で汚れた服を着替える。

「それで?なんでそんなに上機嫌なワケ?」
「上機嫌?僕が?」
「に見えるけど?」
「そうだな…。……興味を引く者に会ったから…かな」
「興味を引く者ぉ?」

障子を開くと、物凄く怪訝そうな顔をした敦がいた。彼の紫の髪から覗く黒い耳が、珍しく警戒するようにピンと立っている。

「どうした、敦?」
「だって…赤ちんの口から興味とかゆー言葉が出てくると思わなかったから…」
「僕にだって心はある」

少し不満げにそう言えば、敦の黒い尻尾が楽しそうに揺らめいた。

「……なんだ」
「別にぃ?ただ、可愛いなーと思って」
「……怒るぞ」
「ごめーん」

謝る気の無い返事をし、クスクスと笑う敦。
…僕と対になる黒の九尾の癖に、敦の考える事はさっぱり分からない。
僕は白で、敦が黒。其々の色の狐の耳と、九本の尾を持った、妖の主。代々、白が表で妖を統率し、黒が人間に近付き過ぎた者や、裏切り者を始末することで、妖の世界を保ってきた。白の当主が僕で、黒の当主が敦。ただし、黒は全くと言っていい程表に出ない為、黒の存在を知る者は少ない。敦とは、昔から『対と成る者』として育てられて来たから、兄弟のようなものだった。

「でも、人間に興味を持つのは程々にした方がいいと思うよ?」
「………視たな?」
「油断した方が悪い。また使用人達の苦労が増えるねぇ」
「………。彼等は『僕』の身を心配してるんじゃなくて、『白の当主』の身の心配をしているんだ」
「……ふーん」

興味無さげに敦が呟いた。暫く沈黙が続き、僕は読書でもしよう、と思い立った。

「……赤ちんはさぁ」

本を手に取り、頁を開こうとした瞬間、また敦から声が上がった。

「もうちょっと、あの子達の声に耳を傾けた方がいいんじゃない?」

珍しく大人びた事を言うものだから、珍しく、僕も面食らってしまった。



****



妖が出る、という噂が流れ始め、数日がたった頃。オレはいつものように、黒子っちと青峰っちの所に遊びに来ていた。

「おはよっス!黒子っち、青峰っち!」
「おー……。朝から元気だな、黄瀬…」
「………。」
「…黒子っち?」

いつも必ず挨拶を返してくれるのに、今日はなぜか返ってこない。

「……え?…あぁ…おはようございます、黄瀬くん」
「どうしたんスか?なんか、元気無さげっスけど…」

話し掛けられると必ず返事を返してくれる黒子っちが、返してくれないのはとても珍しい。どこか心ここに在らず、と言った雰囲気だ。

「そうですか?」
「うん。大丈夫っスか?具合悪いんじゃ……」
「大丈夫です」

心配してみれば、いつもの冷たい返事が返ってきて、一安心する。

「……ん?」
「どうかしましたか?」

今、黒子っちの腕に何か……

「黒子っち、これどうしたんスか?」
「え?……!!」

黒子っちの右腕に、紅い椿の様な刻印がされていた。本人も気付いていなかったようで、大きく目を見開く。

「………ま、さか……」
「…黒子っち?」

一瞬体を強張らせ、オレの手を振りほどいた。

「……テツ?」
「なんでもないです…。気にしないでください」
「でも、黒子っち…」

何処か様子がおかしい。だが、近寄ろうとすると、思いっきり逃げられてしまった。

「黒子っち!!」
「あ〜あ。逃げられたな」
「うるさいっス!だって明らかに様子おかしかったっスよ?」
「まぁ確かに、ちょっと変だったな……」

そう呟いた青峰っちの方を見ると、見たことの無いような真剣な面差しで、びっくりしてしまった。

「あ、青峰っち?」
「……なんか、嫌な感じがするな……」
「……?」



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