黒バス
□【蜂蜜の様に甘い朝は如何?】
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寝室の扉をそっと開くと、キングサイズのベッドで安らかに眠る愛しい恋人。ベッドサイドまで近寄り、あどけない寝顔にくすりと笑みを溢す。軽く腰掛け、緩く肩を揺らし、声を掛ける。
「テツヤ、朝だよ。起きな」
「…ん………」
微かに声を出すが、一向に起きる気配が無い。最近は原稿にかかりっきりで余り睡眠がとれていないと言っていたから、そう簡単には起きなさそうだな……。
それにしても、何時もテツヤの方が早く起きるから、テツヤのこんな姿、初めて見る。
「起きて、テツヤ」
「んぅー……。やー…です……」
枕に顔を埋めてぐずるテツヤ。
「きょぉは……寝る、のー……。じゃましちゃ…やー、です……」
幼子の様に呂律が回っていない。ふにゃふにゃと喋るテツヤの様子に、僕は目を瞬かせた。
「テツヤ?」
「はあい……。あかしくんの声がするです………」
へぇ……。寝起きのテツヤはこんな感じなのか……。可愛い…。
顔を近付けてそっと触れる。
「起きて、テツヤ。朝御飯出来てるよ」
「んー……?」
耳許に唇を寄せて、触れるか触れないかの所で囁いてやれば、くすぐったげに身を捩らせた。
「ねぇ、起きて。僕の相手してよ……テツヤ………」
「ぅあ……っ」
そのままかぷりと耳に噛み付いてやると、びくりと身体を震わせた。が、僕が離れるとまた直ぐに寝息をたてる。
ほう……?いい度胸じゃないか……テツヤ……。
「早く起きないと、何するか分からないぞ………」
そう囁いて、額に口付ける。それから、頬や首筋、掌にまでキスするが、くすくすと声を洩らすだけで、全く起きない。
「これは中々の強敵だな……」
呟いて、強行手段に出る。眠り姫を起こすにはこれしか無いだろう。透き通る様に白くすべらかな頬にそっと手を添え、桜色の唇にキスする。それも軽いものでは無く、深く目の醒める様なキス。
これで起きなければどうすればいいんだ……?
そんな疑問を抱きつつ唇を離すと、うっすらと目を開いたテツヤ。
「……テツヤ?」
「…………。」
数秒の沈黙。これは起きてる…のか?
「…………ねおきいっぱつめにディープキスとかありえないです」
「え」
「もういいですにどねします」
そう言ったかと思うと、すっぽりと布団で顔を覆ってしまった。
……今のは半分起きてて半分眠ってる、と言った所か……。
「僕の眠り姫はキスじゃ起きないか……」
一つ溜め息を吐いて、根気強くテツヤを起こす。
「なぁテツヤ、起きて?朝御飯作ったんだよ?」
「あさごはん………?」
僕の言葉に反応して、少しだけ顔を覗かせる。
おや?これは行けるんじゃ……?
「うん。テツヤの好きなフレンチトースト。冷めちゃうよ?」
「ほわ………」
この一言が効いた様だ。少ししか開かなかった空色の瞳が徐々に除く。ゆっくり身体を起こしてやると、やっとはっきり意識が浮上して来た様で、まだ焦点の合わない瞳で僕を見た。
「はちみつたっぷりの…?」
「うん。ココアもあるよ」
「食べます……。ふわあ……」
大きな欠伸を一つして、僕を見てふんわり笑った。
「おはようございます……赤司くん」
「おはよう、テツヤ。顔洗っておいで。用意しとくから」
「はぁい……」
まだ覚醒しきってはいない様で、ゆるゆるとベッドを出る。その様子に微笑みながらキッチンに戻り、脱力した。
キスで起きずにフレンチトーストで目覚めるのか、あの眠り姫は……!!
何となく切ない気分に陥りながらも、朝食の用意を完成させる。
皿をテーブルに運び、甘い湯気をくゆらせるマグカップを横に置く。自分用のブラックコーヒーを淹れ終えた時、テツヤがリビングに入って来る。もうすっかり意識は覚醒した様だ。
「すみません、任せちゃって…」
「構わないよ。疲れてるみたいだったし?」
「う……。すみませんでした、邪険に扱ってしまって」
椅子に座り、エプロンを外す僕を申し訳無さそうに見上げる。その様子がまた可愛くて、くすりと笑ってやる。
「む……。何で笑うんですか」
「いや?僕の恋人は可愛いなと思って」
僕も正面の椅子に腰を下ろしながらそう言ってやれば、テツヤは不機嫌そうな顔をした。が、目許が微かに朱に染まっていて説得力が無い。
「まぁまぁ。お腹空いただろう?召し上がれ」
「………いただきます」
にっこり笑ってやれば、少し不服そうだったが、ココアに口を付けた。案の定フレンチトーストに蜂蜜をかけるテツヤに呆れつつ、ブラックコーヒーを一口飲む。
切り分けて口に運び、ゆっくり咀嚼してからそっと息を吐いた。
「やっぱり美味しいです……」
「そう?良かった」
幸せそうに微笑うテツヤに笑み返せば、すっと目を細められた。
「赤司くん……。またコーヒーだけですか?」
「仕方無いだろう。今日は特に食欲が無いんだ……」
普段から朝は食欲が無いのに、今日は慣れない早起きで尚更食べる気等起きない。そう主張すると、早起きの切っ掛けを作った張本人であるテツヤは、苦々しげに眉を寄せた。
「……早起きさせた僕も悪いですけど、朝はちゃんと食べないと。ほら、あーん」
そう言うと、テツヤは一口サイズに切り分けたフレンチトーストをフォークに刺して僕に差し出した。
見た目に反して頑固者のテツヤの事だ。こうなれば拒否は許されないだろう。
「……仕方無いな。ん…」
「美味しいですか?」
「………あま……」
何故か得意気なテツヤに二文字で返せば、可笑しそうに笑われた。笑うな、と返しつつ苦いコーヒーを飲んで、思い出す。
「テツヤ、さっきの事だが……」
「さっきの事?」
マグカップを手に首を傾げるテツヤ。
「僕が起こしてた時の事だ」
「起こしてた時の事?」
またしても復唱して、首を傾げる。きょとんとした様子に、まさか、と思う。
「………覚えて無い……のか?」
「だから、何の事ですか?僕、寝不足の時は寝起き悪くて…記憶が無い事も多いんですよね。……もしかして僕、何かしました…?」
不安そうなテツヤ。その様子に嘘が無いと分かる。
「………何処まで覚えてる?」
「えっと……。確か原稿を書いてて……最後の一文字を書いた所で記憶が途切れてます。で、赤司くんに朝御飯出来てるよ、って起こされた所まで記憶が飛んでますね……」
…………じゃあ寝起きの事は全く記憶に無いという事か……。
「………赤司くん?」
「……いや、いいんだ。気にしないで、くれ………」
「はい…………」
不機嫌になられた事を忘れてる事を喜ぶべきか、僕の苦労を忘れてる事を哀しむべきか………。
「……まぁ、あれで嫌われるのは御免だからな………」
「え?何か言いました?」
掌でマグカップを包み込みながら、テツヤが此方に視線をやった。やんわりと笑って誤魔化す。
「いや?気にしないでくれ」
「そうですか………?」
うん、と頷いて、皿が空になっている事に気付く。
「テツヤ、美味しかったかい?」
「……はい。とっても美味しかったです」
「それは良かった。また作ってあげるよ」
「でもそれは………」
僕の申し出に、微笑みを浮かべていた顔を曇らせた。
首を傾げると、言い難そうに呟いた。
「………赤司くんに早起きさせないといけないじゃないですか」
「あぁ……。そんな事気にしてたの?」
くすりと笑えば、不満そうに睨まれた。
「僕にとっては大切な事なんです。赤司くんだって早起きするの嫌でしょう?」
「それはまぁ……そうだが。でも、テツヤの喜ぶ顔が見られるんなら、たまに頑張るくらいどうって事無いよ」
「もう………」
そう笑い掛ければ呆れた様な微笑みが返って来た。
疑われてるんだろうけど、本心だよ?とは言わないでおこう……。言ったらまた睨まれてしまうだろうから。
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「ところでテツヤ?」
「はい?」
食事も終わり、二人で談笑していた時。僕はふと思い出した。
「時間、大丈夫?今日は朝一で原稿の持ち込み行くって言って無かったっけ?」
思い出した事を問い掛ければ、テツヤはきょとんと瞳を瞬かせた。数秒の間。
「………あぁっ!!!」
「やっぱり忘れてたのか……」
ガタリ、と大きな音をたててテツヤが立ち上がる。
普段はしっかりしてるのに、こういう所だけ抜けてるんだから…。
「ど、どうしましょうっ。賞に応募する原稿の締め切り、十一時までなんです……っ」
「兎に角落ち着け」
珍しく狼狽えるテツヤに短く言葉を飛ばし、壁に掛けられた時計を確認する。
九時半か……。何だかんだ言ってゆっくりしてたからな………。
「原稿は仕上がってるのか?」
「は、はい。後はチェックだけなので、編集部に向かう電車の中で見れば………」
少し都心から離れた此処から編集部に電車で行くには一時間近くかかってしまう。それに、朝の電車は込み合うから、原稿のチェック等落ち着いてしていられないだろう。
「分かった。僕が車で送って行く。その方が少しは早いだろうし、ゆっくりチェック出来るだろう?」
「え、でもそんな……君も忙しいのに、悪いですよ」
「そんな事言ってる場合か?今回はかなり自信あるんだろう?幸い、僕は今日時間があるし。大切な恋人の為に、僕にも何かさせてくれ」
「…………。」
暫く微妙な表情で固まっていたテツヤだが、やがて折れた様に頷いた。それを視界に入れた瞬間、僕は車と家の鍵、携帯をひっ掴み、声を掛けた。
「テツヤ、僕は先に降りて車を出して来るから、準備して後からおいで」
「はい…!………すみません」
既に準備に取り掛かっていたテツヤが、申し訳無さそうに呟いた。それを見て、ふっと笑みを溢す。
「可愛いテツヤの為なら。それに、謝罪より感謝の言葉が欲しいね」
「もう……。ありがとうございます、赤司くん」
「どういたしまして」
笑み返してくれたテツヤに言葉を返して、僕は玄関に向かった。
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黒子っち誰おま状態ですね…。
時間軸は大学三回生位?同じ大学に通ってて、傍らで黒子っちは執筆活動、赤司様は株取引で一儲け……みたいな設定です。