黒バス

□【十字架と約束】
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ギィィ………

軋む様な音を立てながら、両開きの扉が開く。木で出来た重厚な造りのそれは、見た目通りかなりの重さで、ゆっくりとしか開けられない。それでも開ききり、中へそっとお邪魔する。一番奥に嵌め込まれたステンドグラスから射し込む月の光のお陰で、うっすらとだが、内の様子が窺えた。等間隔で聳え立つ柱に、木造の長椅子。左右の壁に嵌め込まれたガラス戸に、正面の美しい色彩のステンドグラス。そして、四、五段の階段の上に備え付けられた、大きな白い十字架。ありふれた造りの教会。昔来たっきりだったから、懐かしい。
オレは、冬休みのウィンターカップ直前、監督にお願いして、三日間の休みを貰っていた。その休みを利用し、単身アメリカに戻って来たのだ。

「本当に、懐かしいな……」

長椅子を撫でながら、独り呟く。それは、本当に独り言で、誰も居ないこの場所では、返事が返ってくるはずの無いものだった。
…はずだったのに、何故か返事は返って来た。

「来た事あるんですか?」
「!!」

静寂に包まれた教会に響く、落ち着いた、でも何処か不安気な声。その声は、とても聞き慣れたものだったけど、此処では聞けないはずのもので。まさか、と思いつつ振り返ってみると、その声から連想される人物が、扉の所に立っていた。

「…………赤司くん?」
「はい」
「……本物?」
「偽者がいるなら会ってみたいですよ」

オレの問い掛けに淡々と答える姿も、血の様に赤い髪も、歳に合わない大人びた光を宿す瞳も、オレの知る赤司くんと何ら変わらず、やっと確信する。

「今晩は。氷室さん」
「…今晩は?」
「何で疑問形なんですか」
「いや、だって……」

何時もと変わらない挨拶をする赤司くんに、オレは戸惑う。

「だって、信じられないよ。赤司くん、君、何で此処にいるの?」
「教会を管理してる人に教えて貰いました。『ニコニコした日本人の青年が鍵を借りて行った』って」
「いや、そうじゃなくて」

オレがそう言うと、彼は他に何かあるのか、と言いたげに眉を潜めた。

「教会にって意味じゃなくて、何でアメリカにいるの?」
「あぁ…そっちでしたか。親の仕事で、無理矢理連れて来られたんです」
「へぇ……。ウィンターカップ前なのに、大変だね」

素直に感想を述べると、呆れた様に溜め息を吐かれた。

「他人事みたいに言ってますけど、貴方だって練習せずにこんな所にいて、大変ですね」

…最後の方は嫌味たっぷりに言われた。全く年下の癖に生意気な。

「オレは自分の意思だからね」
「…………。」

苦笑いを浮かべつつそう言うと、今まで呆れた様な冷たい顔だった赤司くんが、急に弱々しく目線を下げた。

「……何で、アメリカに来たんですか?」
「…………さぁ?」
「…は?」
「何でだろうね。オレにも分からないんだ」

オレがそう言うと、赤司くんは一瞬だけ目を見開いて、また元の呆れ顔になる。

「全く……。これじゃ敦も大変だな……」
「ちょっと君、先輩に向かって失礼だよー」
「思っても無い事言わないでください」

と、また溜め息を一つ。
そんな彼の後ろから、十二月の冷たい風が開きっぱなしの扉を潜り、オレ達に吹き付ける。見れば、赤司くんの吐く息が白い。

「……赤司くん」
「はい?」
「寒くない?扉閉めて、此方おいでよ」
「………。」

やっぱり寒かった様で、無言で扉を閉め、少しだけ歩を進める。
だがそれも、数歩だけで、オレとの距離は余り変わらない。
近くにおいで、って意味だったんだけどな……。

「……氷室さん」
「ん?」
「もう一度訊きます。何で、アメリカに来たんですか?」

そう問い掛ける彼の目は、とても真摯なもので、目を逸らせなくなる。じっと此方を見詰める赤司くんに、言い逃れは出来ないなぁと、オレも見詰め返す。

「世界の幸福の量は決まってる」
「え?」
「誰かが幸せになれば、その分誰かが不幸になる。自分の幸福の為に、人は他人の幸福を喰ってるんだ」

白い十字架を仰ぎ見る。キリストと苦難の象徴。皆がコレを神の代わりに崇め、自らの祈りを捧げる。

「人間は、全てに意味を、理由を欲しがる。幸福が訪れたのは神に祈りを捧げたから。不幸になったのは神が自分の願いを聞き届けてくれなかったから。みんなみんな、自分に都合のいい言い訳をするのが上手だよねぇ」
「………。」
「オレもさ、昔は、みんなが幸せになるなら、オレは不幸になってもいい、とか言ってたよ?でも、成長するにつれ、そんな可愛い事思わなくなる。自分は不幸だ、自分は頑張っているのに。そう思えば思う程、周りの連中が羨ましくなって来る。オレの方が、アイツより頑張ってるのに、って」

淡く微笑みながら赤司くんの方を見ると、怒ってる様な、哀しんでる様な、複雑な表情をしていた。僅かに震える唇で、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「…………火神や、僕達の事ですか」
「………世界の幸福の量は決まってる。誰かが才能を手にして、試合に勝って、喜びを、幸せを感じた時、世界の裏側では、必ず誰かが自らの不運を嘆いている。君達にとっての『当たり前の才能』は、誰かの非才で成り立っているんだ」

オレの言っている事は、彼等『キセキの世代』に対しての妬みにしか聞こえないだろう。でもこれは、オレが今まで生きて来て、バスケを続けていて本当に思う事だ。きっとアツシには、『そーゆーもんなんだから仕方ないじゃん』と一蹴されるだろう。だから敢えて、自分の醜い嫉妬心や、心の奥で感じ、思った事を彼に、赤司くんにぶつけてみた。
神に選ばれず、『天才』ではなく『秀才』としか呼ばれなかった『氷室辰也』と言う一人の人間の意見をどう捉え、どう咀嚼し、『赤司征十郎』は何を思うのか。

「オレは、それを確かめる為に、アメリカに来たんだ」
「…………。」

長い沈黙。その間、赤司くんはずっと、複雑な表情を崩さず、オレはずっと、それを微笑みながら見ていた。
やがて、赤司くんの瞳が、決意した様なものに変わる。

「………僕は、……」
「…うん」
「僕は、自分が、『キセキの世代』と呼ばれる仲間達が、天才である事を自覚しています」
「うん」

幼子が必死に思いを伝える様に、自分の思いを懸命に言葉にしようとしている赤司くんに、優しく相槌を打つ。

「その分、沢山の人達の期待や思いを背負っているという自覚もあります。だからこそ、敗けてはならないという事も」
「うん」
「だから、だから………っ」
「………え」

唐突に声を詰まらせ、俯く赤司くん。微かに嗚咽が聞こえて来て、泣いてる、と確信する。直ぐ様駆け寄り、宥める様に頭を撫でる。

「っから…だから……」
「いいよ、赤司くん。もういい」
「……っ」

そう言うと、何度も首を振られた。溢れ出る涙を止めようと何度も目元を拭いながら、必死に声を絞り出す。

「……だからっ、ぼ、くは…敗け、ません……っ!!」
「………!!」

顔を上げ、涙に濡れながらも強い瞳で、彼はそう言った。
思いを伝えられた後も涙は止まらず、赤司くんは小さな子供みたいに泣きじゃくっていた。

「……っく……ひむろさんっ…」
「…どうしたの?」

しゃくりあげながら、赤司くんはオレにしがみついた。ぎゅっとコートを握り締めながら、オレに訴え掛けた。

「…っどこにも…いかな、いで…っ!!」
「え……?」
「僕を、置いて行かないで…!!」
「何を……どうしたの、赤司くん。オレは何処にも行かないよ?」

そう言っても、彼は駄々をこねる子供の様に首を振る。オレのコートに顔を埋め、震える声で告白する。

「……氷室さんは…何時も何考えてるのか分かんなくて…。何時か、誰にも、僕にも黙って……何処かへ、消えて…しまうんじゃないか……って…おもっ、て……」

少し落ち着いていたのに、また涙が溢れる。袖口を濡らして泣き続ける姿は、何時もの気丈な姿からは想像もつかない。
みんなの前では大人びた態度をとるのに、オレの前では子供みたいな所を見せてくれて嬉しいなぁとか暢気な事を思いながら、赤司くんを強く抱き締めた。

「大丈夫だよー。オレは、ずっと君の側にいるから」
「…ほ、んと…に……?」
「うん。ほんと。ごめんね、不安にさせる様な事しちゃって」
「………。」

そっと髪を撫でながら謝ると、こくりと頷かれた。

「……もっと、色々話、したい…です」
「分かった。一杯お話しようね」
「………なんか、子供扱いしてません?」
「気のせい気のせい」

大分落ち着いた様で、一安心する。
今まで不安に感じてたモノと、さっき聞いたオレの黒い感情に呑まれて、一気に感情が溢れ出たのだろう。失敗したな……と、今更ながら後悔する。
それでも、彼の『敗けません』と、恐らく貴重であろう泣き顔を見れたから、十分な収穫だろう。

「……氷室さん」
「ん?」
「本当に、本当に何処にも行かないって、約束してくれますか…?」

見下ろせば、また泣き出してしまいそうな、不安気な顔。この表情も、オレにしか見せないで欲しいなぁ…と思ってから、気付く。

「……赤司くんが約束してくれるなら、約束してあげる」
「……え?」
「そんなに可愛い顔、他の人の前でしちゃ駄目だよ?」

そう、彼の耳許で囁き、頬に軽く口付けを落とす。触れる程度のものだったが、赤司くんを赤くさせるには充分だった様だ。

「な、にゃ、なにを…!!!」
「ね、約束出来る?」

にっこり笑ってみせると、赤司くんは一瞬きょとんとし、諦めた様に微笑んで、こう言った。

「仕方無いですね。……約束ですよ?」
「うん。約束、ね」

二人で笑い合って、手を繋いだ。

彼には、『キセキの世代』の主将としての責任や、重圧があるのだろう。それを受け止めて尚、敗者の悔しさをも受け止めている。その全てを含め、彼は敗けられないのだろう。
オレの出した結論は一つ。
秀才は秀才なりに、ジレンマを抱えながら、天才の彼を、彼等を、見守って行きたいと思う。





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なんか…二人共キャラが迷子……。
個人的に氷赤は好きだけどとても書き難い
CPです。




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