とある魔術の禁書目録

□君がため
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「ねぇミサカちゃん、ミサカちゃんっていつまで サンタ信じてた?」 「え、ミサカ?」
突然投げかけられた質問に少し驚きながら振り返る。
すると、一つ後ろの机を囲むように集った少女たちの三対の視線にぶつかった。
私十歳くらいまでは信じてた!ほんと?私は七歳 で親がプレゼント包んでるの見ちゃったんだよー、と一気に盛り上がりを見せる彼女たちの姿に、今日がクリスマスイブであることを思い出 す。

「ミサカは……サンタがいるって信じたことがないかな」
「え?ウソー!?」
握っていたシャーペンを置き、思わず本音を呟くと、驚愕の声が返ってきた。
まあ、それが当然の反応だろう。
どんな子供でも一度は夢見るはずのものを、人一 倍無邪気で無垢な打ち止めが信じたことすらないというのだから。
納得できるほうがおかしいというものだ。

しかし、光に生きる少女たちは知らない。

彼女は、たった一人のために造られた軍用クロー ンであることを。
彼女には、あたたかな幻想を抱く幼児期なんて初めから用意されてなかったということを。

また、たとえもっと幼い状態で造られたとしても、強制入力された知識だけを信じてそんなことを考えようとすら思わなかったに違いない。
それに。
「ミサカにはサンタなんかよりずっと身近に願い を叶えてくれる存在がいたから」
「……は?」
想いの強さを示すかのようにうっとりと呟く打ち止め。
だが、それまで湛えていた憂いを弾き飛ばし、一 気に表情を明るくさせた彼女についていけないのか、友人たちは何とも微妙な顔だ。
それでも、そんなことは華麗にスルーして、クローンの司 令塔は姉譲りの想像力をはたらかせる。

サンタコスチュームの彼。……帽子だけでやめて おいた方が良さそうだ。もしくは、悪い子供の前 に現れるという黒サンタだろう。

では、トナカイなら?……白いトナカイって ちょっと神秘的でいいかもしれない。他人を運ぶ なんて絶対してくれないと思うけど。

メリークリスマス!とか言ってほしい。……プレ ゼントは凶悪な笑みと点火済みの爆弾ですゥ!聖 夜に悪夢を見てしまいそうだ。

「あ゛あ゛あ゛ーー!!ぜんっぜんダメじゃん! もう、他には、えーっと……あーーー!」
いきなり黙ってニヤニヤし始めたかと思えば突っ伏して叫ぶ女子中学生。
かなりヒステリックかつ不気味な行動だが、周り はもう慣れているらしい。
「あーあ、また始まったよミサカちゃんの妄想癖」
「なんていうか、ミサカちゃんってちょっと変人なところあるよねー」
などと言いながら呑気に友の暴走を観察しているのだ。

しかし、今回の妄想タイムは過去最短の記録をたたき出して終了することになった。

――とある電子音によって。

ピピピピピ!!
突如、けたたましい高音が放課後の教室に響き渡る。
携帯の着信音のようだ。
誰?と無言でアイコンタクトを取り合う少女たちだったが、すっとポケットに伸びる細腕を見つけ互いの顔から携帯の所有者に視線を移す。

注目を浴びていることにすら気づかないほど慌て いるらしい打ち止めめ、もたつきながらも何と 携帯を取り出すと、ひとつ深呼吸して通話ボタ ンを押した。
「は、はいミサカです!……え、あなた?」
勢い込んで電話に出たものの、それは想定外の相手からのものだったらしい。
訝しげにひそめられた眉が僅かな険しさを生む。

しかし、次の瞬間。
「ホント!?うん、今いく!」
弾む声で短い通話を終えた彼女の瞳は、何よりも輝いていた。
初めて見るその表情に、年ごろの少女たちの女の勘は瞬時に電話の相手の正体を悟るが、まだ口には出さない。
「えっと、迎え来たから今日はもう帰るね!」
逸る気持ちを何とか隠そうとしているものの、荷物をまとめつつも校門の方を気にしてばかりの目の動きからしてバレバレである。
「…………」
ちらりと互いを見かわすと、少女たちはひとつ頷いてにこやかに口を開いた。
「はいはい、りょーかーい」
「じゃあね、ミサカちゃん」
「彼氏と仲良くねー」

「うん、バイバーイってえええ!?かっ彼氏!? だだだ誰の!?」
予想以上の慌てぶりに気を良くする三人。
そして、大切なことに気が付いた。
「ってことは、さっきミサカちゃんが悶えてた のって……」
「彼氏さんのことだったの!?」
つまり、あれは惚気だったと、そういうことなのか!?
妬みをこめてぎっと当人を睨むと、彼女はじりじりと後ずさったかと思うとぱっと身をひるがえした。
「じゃ、じゃあね!ってミサカはミサカはお迎えを口実に逃亡してみる!」
「絶対逃がさないから!」
「覚悟しといてよー!」
その背中に叫ぶが、追うことはしない。
友人のデートを邪魔するなんて無粋なことはしないのだ。
それに、滅多に聞けない可愛らしい口調も聞けたので、質問攻めはまた今度に持ち越すことにする。

そっと窓の外を見ると、凍える寒さの中健気に少女を待つ青年の姿があった。
駆け寄ってきた少女を抱き留めた衝撃で、辺りを舞い散る雪のように白い髪がふわふわと揺れる。
その端整な顔に浮かんでいるのは仏頂面。
いつも笑顔の打ち止めとは正反対の印象を持ったが、遠目からもわかる柔らかな雰囲気には仲睦まじいカップルという言葉がぴったりだ。
しばらく口論をした結果、手をつないで歩き出したことにしたらしいふたりの姿が遠のいていく。

『サンタを信じたことがない』
そういった彼女が信じたのは、鮮やかな、皆の赤ではなく彼女だけの美しく儚げな白なのだろう。

「メリークリスマス、おふたりさん」 こっそりと紡がれた祝言は、誰の耳にも届くこと なく消えていった。
 

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