少年陰陽師
□聞こえし声に笑みたまえ
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彰子は、誰かに呼ばれたような気がしてふと顔をあげた。
針を動かしていた手を止め、周りを見渡すが声の主は見当たらない。
怪訝な面持ちの彼女の背後に長身の影が現れた。
「どうした、彰子姫」
振り返ると、くすんだ金の瞳が自分を見下ろしている。
「朱雀、あのね。今誰かに呼ばれたような気がするんだけど…何か聞こえた?」
「いや、何も聞こえなかった。だが…」
言い差して、朱雀は思慮深い目をした。
「姫が言うなら、聞こえたのかもしれん。時として我らよりひとの見鬼のほうが鋭敏に異形の音や気配を捉えるからな」
彰子はそれを聞いてひやりとした。また自分は妖に狙われているのだろうか。
『―――応え』
既に滅んだ大妖の恐ろしい声音が鮮やかに蘇る。
彰子の表情がみるみるうちに強張っていく。それを見た朱雀は、力強く頷いて見せた。
「大丈夫だ、彰子姫。我らが全力で護り通す。なあ、天貴」
その言葉に、彼の隣で隠形していた天一も顕現する。
「ええ。一度ならず二度までも不覚を取るわけにはいきませんから」
「ま、天貴の手を煩わせることはないがな。天貴が望むなら妖の一匹や二匹、灰も残さず瞬時に焼き払ってやるさ」
爽やかな笑顔や軽やかな口調とは裏腹に、その内容は容赦ない。
相変わらず天一一筋の朱雀に少し笑いながら、彰子は思った。
誰かを護るのは、とても難しいことだ。彰子はそれを、身をもって知っている。
だからこそ、護ると言い切ることのできる彼らがとても頼もしく感じるのだ。
同時に、心に浮かぶ面差しがある。自分を護るためにいつも奮闘してくれる彼。
何度も何度も助けてもらったのに、自分に出来ることは少ない。
だから、せめて出来ることは全てやりたい。
顔を上げて外を見ると、日が傾いていた。そろそろ彼が帰ってくるはずだ。
帰ってくるまでにこれを仕上げなくてはならない。
先ほど膝に置いた針と糸を拾い上げ、あちこち破れた彼の衣を手に取る。
願わくは、彼に想いが届くように。
一針一針に祈りをこめ、丁寧に衣を繕う彼女の姿をふたりの神将が穏やかな眼差しで見守
っていた。