青エク

□変わらないもの
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「なにテイストなんだこれ…」


思わず、朝祇は見上げた建物の激しい装飾に呟く。
『ウルトラ南国の湯』という大規模な温泉施設は、南国と謳うわりに装飾が中国風、ないし東南アジア風の建物だった。今日はこの建物を貸切りにして、塾生たちだけで利用するのだが、なんだか荒れる予感しかしなかった。


***


メフィストがイルミナティ遠征を行った塾生たちのためにウルトラ南国の湯を貸切りにしてくれた、と雪男が授業で告げた。その週末に塾生たちと雪男、そしてイルミナティのテロ以降負傷していたシュラが退院して加わり、この温泉にやって来た。
東京大田区の正十字学園町から南に少し行った南十字地区は、羽田空港が近いからか、どこか異国情緒のある街並みだ。正十字学園町は完全に洋風だが、南十字は中国風やらインド風やらが混ざった不思議な街並みとなっている。正十字学園が『日本のモンサンミッシェル』なら、南十字地区は『日本のペナン島』と言ったところか。


「いいねー!一日風呂貸切り!さいこー!」


シュラは雪男をなぜかヘッドロックしながらぐんぐん進んでいく。久しぶりの外だからか楽しそうだ。
その後ろで、燐も楽しげに続く。


「懐かしーな、子供の頃よく来た!ここめちゃめちゃ楽しいんだよ!」

「へー、そーなんやね!」


子猫丸も興味津々といった感じで燐と暖簾をくぐる。出雲としえみも心なしかウキウキとしていた。確かに、旧男子寮合宿で朴が出雲は風呂好きだと言っていた気がする。

そのさらに後ろでゆっくり歩くのは、勝呂と廉造、そして朝祇だ。宝はいつの間にか入っていった。
すると、暖簾を潜り抜けていく出雲たちを見て立ち止まる廉造を、勝呂が突然蹴り飛ばした。


「おいスパイ」

「ってー!ちょ、スパイて呼ぶのやめて下さいよ、ほんまにスパイなのに…」

「子猫丸ともちゃんと話したんやろな?」

「…えーっと…」


廉造は少し目を泳がせてから、子猫丸と話したのだという内容を口に出す。


「俺を箒でサッと掃けただけで十分や、てな調子で…なんか普通やったし、特に話す必要ないんとちゃうかなーって」


そう言うと、廉造は顔を伏せて建物へと足を進める。


「…すんません、俺、一人になりたくて…ほっといてもらえますか…」

「は!?…ったく、なんやあいつ」


ついに朝祇と勝呂だけになる。口振りからして、勝呂と廉造はすでに話したようだったので、朝祇は 聞いてみることにした。


「…廉造と話したんだ?」

「あぁ…ランニングしとったら偶然会うてな。…しがらみのない生活が楽しいて言うとった。あいつは、やりたいこと見つけとったんやな」

「そっか…勝呂は、まだ探してるとこ?」


不浄王を倒し、明陀宗はしがらみから 解き放たれた。柔造は宝生蝮と結婚し、他は祓魔師に専念し、廉造はスパイをこなし、子猫丸は祓魔用のソフトウェア開発に興味を持っている。明陀宗を再びまとめあげるために努力してきた勝呂は、もうその必要はなく、それぞれが自らの道を進んでいっていることを複雑に感じているのだろう。
いわば目標をなくしてしまったのだ。


「…まぁな。どっちにしろ祓魔師にはなるさかい、やることは変わらへんのやけどな。ただ…皆、変わっていっとるんに、俺だけ取り残されとるような気ィすんねん」

「そればっかりは焦っても意味ないしね……あ、でも、何もかも変わってるわけじゃないと思うけどね」


朝祇の言葉に、勝呂は解せないような顔をした。客観的に見ないと分からないことだからしかたないだろう。


「起きてる出来事が大きくて見えにくいだけ。…変わってないものは、たくさんあると思うよ。まぁ、とりあえず早く行こ」

「……おう」
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