青エク
□学園祭と"そのとき"
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七不思議を解決して1週間ほど、9月も中旬になった頃に、学園祭のことを決めるLHRが行われた。
少しずつ風が冷たくなり始め、大陽の厳しさも和らぎ、秋めいてきたのを窓から感じる。窓から見える景色はまだ霞がかっているものの、じきにそれも秋の澄み渡るものになるだろう。その心地好さに、話し合いに集中できない。前の席の廉造は楽しげに聞いていて、窓に寄り掛かるようにして横を向いていた。椅子を朝祇の机にくっつけているため、朝祇の机に頬杖をついている。
「いやぁ、楽しそうやねえ」
「高校って感じするな」
ざわざわと楽しげに話し合う教室の喧噪がまた眠りを誘う。これ寝るかも、なんて思ったところに、眠気を覚ますように朝祇の名前が出た。
「うちのクラスにはなんてったって一ノ瀬君と志摩君のイケメンコンビがいるんだから!」
「そうよ、売りに出していかないと!」
「執事とか!?」
どうやら女子たちが盛り上がり始めたらしい。視線が一斉にこちらを向いて、騒ぎが大きくなる。
「私的には女装して欲しい〜!一ノ瀬君とか特に!」
「確かに〜!あ、でも志摩君に怒られちゃうよ〜」
「……は?」
突然のそれに、朝祇は首を傾げる。廉造は分かったようで、クスクス笑って朝祇の肩を組んだ。
「せやで、俺のやしあんま人に見せとぉないねん」
「きゃー!やばー!」
「ウケる〜」
「ありがとうございます」
それに色めき立つ様を見て、そういうことか、と呆れる。というか今お礼を言ったやつがいた。収拾がつかなくなり始めたところで実行委員が議論に戻るよう注意し、出た意見の投票に入る。
そして最終的に、C組はメガネ喫茶という形で収まった。男子も女子もメガネキャラのように輝けるからということらしい。
何となく拍手でLHRを締め、慌ただしく放課後となる。今日はこのまま祓魔塾に直行することになっており、しかもLHRが押したため、少し急いで人目につかない扉を探す。
そうやって人気のない廊下を歩いているとき、ふと、廉造が「せや、」と切り出した。
「今日の夜、時間もろてもええ?」
「今日?…うん、大丈夫。どうかした?」
「やー、ちょいとな。夜のデートっちゅーことで」
「…、分かった」
曖昧にぼかしておちゃらけた言い方をしていても、どこか硬く、その目に陰りがあることは隠せていなかった。いや、十分隠せているが、朝祇には分かった。だからこそ、このあとどんな話が来るのかも、分かってしまったのだった。
***
その夜、朝祇は廉造に連れ出されて帳の降りた街に出た。学園の北側にあるアーチ建築の連絡橋まで来ると、東京都心の高層ビル群が色とりどりの輝きを放ち、それぞれのビルの形がはっきりと分かる。赤い航空障害灯の点滅はホタルのようだ。
そんな夜景を見ながら、連絡橋の欄干にもたれて、廉造は朝祇の肩を抱く。人の気配はなく、朝祇もされるがままになった。
しばらく黙ったままの廉造を待っていたが、朝祇は自分から喋ることにした。
「……なんかさ、1年前思い出すな」
「…1年前?」
「そう。ちょうど去年の今ごろに、こうやって夜に2人きりで、廉造からスパイの話聞いて、それでも一緒にいようって決めたんだ」
「っ、」
直接触れ合っているため、廉造の小さな小さなぴくりという動きに気付いた。眼下の街から遠くクラクションが聞こえる。
「…あれから俺の気持ちは、変わるどころかますます強くなった。…だから、安心して話していいよ」
「…やっぱ、朝祇はお見通しやんなぁ…」
やはり、朝祇の予想は合っていたようだ。これから話されることが、二人にとって余りに大きな意味を持つものであるということが。
「……学園祭で、多分イルミナティは仕掛けてくるて、理事長が言わはったんや。もともと秋には動くやろ、てことは聞いとったんやけどね。せやけど、言えへんかってん。朝祇に、離ればなれになる日が遠くないてこと」
「……そっ、か」
さすがは時の王というべきか、メフィストはあらかじめここで起きると分かっていたらしい。廉造が祓魔師認定試験を適当に詠唱騎士で考えていたのも、どうせ秋にはいなくなるからだったのだ。
「学園祭のどのタイミングかは分からんねやけど、それまでは一緒におれるよ」
「……そう、だね。一緒に、学園祭回ろう」
「せやね、坊たちのとこ冷やかしに行かんと」
「…あ、そうだ、遊園地も行きたいって思ってたんだ」
「…メッフィーランドやろ?最近直ったもんな」
「……それと、それと、あ、映画、行きたい、」
「…、おん、せやね…」
「…っ、…行きたいとこ、たくさん、あるん、だけどなぁ…!」
絶対にこんなところで泣きたくない、と思って堪えるが、もうかなりギリギリだった。声が喉で震えてしまう。廉造も言葉を詰まらせてしまっていた。
しかしここで泣くのは、送り出す身としてダメだと思った。命懸けのスパイとなるのだ、後髪引かせるようなことをしてはいけない。
だから、決して涙は見せなかった。