青エク
□〜後編〜
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夜。
あれからずっとうだうだとしている内にすっかり辺りは暗くなり、朝祇たちは夕飯はどうなっているのだろう、と話しながら携帯を弄っていた。1日休みなのをいいことに、見事なまでに何もしなかった。
「俺らこれで良かったんやろか」
「珍しいな、廉造がそういうこと言うの」
「…、失礼なんはまぁええわ。さすがに俺かて気にはすんねんで、ラッキーだとは思うとるけど」
「分かってた」
そんな身のないことを話していると、ざわりと体の内側が揺れ動く感じがした。黄龍が何かに反応している。
(どうした?)
『襲撃だ。…いよいよ始まるぞ』
(…やっぱこのままぬるっと終わるわけないか)
そう思った瞬間、突然ドン、という轟音が響いた。直後、地面がぐらりと揺れ、細かく振動する。
照明が揺れて明かりがちらつき、埃が降ってきた。
「な、なんや…!?」
「…始まったみたいだよ、廉造」
「…あー、ホンマかぁ…しゃあない、行くしかあらへんか」
地面はいまだに揺れ続けている。特に歩けなくなるほどではないが、異常を感じるには十分だった。
急いで出張所へ向かえば、同じタイミングで子猫丸とも合流した。
「子猫さん!いったいこれはなんなん!?」
「僕にも詳しいことは…東館の天井から深部まで地面が崩落したみたいや」
出張所の東館は全壊し、煙を上げている。瓦礫の大半は地中に落下していた。
その近く、深部へ繋がるエレベーターから、次々に祓魔師たちが出てきていた。そのなかに勝呂を見つけ、子猫丸と廉造が駆け寄る。
「坊!大丈夫ですか!」
「…子猫丸、廉造、一ノ瀬」
勝呂は頬の片側を腫らして思い詰めたような顔をしていた。
八百造たちは混乱する現場をまとめながら大声で指示を出している。金造はこちらに気付くと、大股で歩いてやって来た。
「廉造、坊を旅館にお連れせぇ」
「おん、分かった」
廉造は子猫丸とともに勝呂につき、朝祇も連れ立って旅館へ戻ることになった。来たのはいいが、全員忙しそうで、とても事情を聞けそうな様子ではなかった。
(下はどうなってんの?)
『右目は盗まれたようだ。洛北へ向かっている』
(…いよいよ、か)
***
旅館に着くと、子猫丸と廉造は先に厨房へ走り、氷をもらいにいった。
朝祇は勝呂とともに廊下を歩いて進む。
「…右目、盗まれたんだってね」
「…黄龍か」
「そう。…悪いな、いつも」
「いや、お前は知った上で最善を選べるやつや。むしろ心強いわ」
勝呂は力なく笑う。よく人を見ている勝呂は、こんなときも朝祇にそう言葉をくれた。器のでかいやつだ。
二人で厨房に入ると、そこには廉造と子猫丸の他に、仕事をしていたらしいしえみと、話していたのか出雲もいた。
しえみは制服で、氷とタオルを用意している。出雲は浴衣姿だった。
しえみが用意したタオルを頬にあて、勝呂は入り口近くの壁にもたれて座った。廉造は厨房のアイランド部分に行儀悪くも座り、朝祇を含め他は思い思いに立つ。
そして沈黙が降りると、出雲が切り出した。
「いったい何があったのよ」
「出張所から右目が奪われた」
「…まさか、嘘でしょ」
パンデミックに一歩近付いたという事実に、出雲は目を見開いた。さらに勝呂は続ける。
「それと…奥村が捕まった」
それには朝祇も驚いた。そんなことまではさすがに知らない。
「な、なんでそんな…」
「炎出して出張所のやつらに見られたんや」
朝祇の問いへの勝呂の答えは、まさに危惧されていた事態で。感情的になった場面があったということだ。
「し、したら、奥村君どないなるんです」
声を震わせる子猫丸に、勝呂は「分からん」と答える。
「今は霧隠先生が何かの術で失神させて、出張所の監房に閉じ込めてはるわ」
「…それって奥村君やばいんとちゃうん?」
廉造の言葉が、重い沈黙となって部屋に落ちた。