青エク
□京都不浄王編〜前編〜
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日本時間7月24日の夜。
アメリカから正十字学園の扉に出た朝祇は、湿度に辟易としながら夜の街を歩いた。普段の登校ルートは、さほど懐かしさこそ感じなかったものの、帰ってきたんだということを実感した。
やがていつものように寮に着き、いつものように玄関を開ける。
「ただいまー…」
靴を脱ぎながら声をかけ、廊下に上がったところで、ドタドタと音がする。
「朝祇!?」
リビングから出てきた廉造は、やはり特に久しぶりだとは思わなかったが、とてつもない安堵が沸き上がる。なんだかんだ、中3の頃は夏休みも冬休みも最低週2で会っていたし、春からは寮で共同生活、1週間も会わなかったのは初めてかもしれない。
「廉造だ〜…」
「朝祇〜!!」
廉造は物凄い勢いで駆け寄ってくるなり、朝祇を抱き締めた。朝祇も廉造の肩口に顔を埋め、背中に手を回す。廉造の柔らかな匂いがした。それに、つい先程まで感じていなかった寂しさやら心細さやらが知覚された。
「朝祇〜、俺めっちゃ寂しかってんけど!」
「…俺も。今日さ、その…よければ、一緒に寝たい。変な意味じゃなく純粋にな」
「もちろんええよ!」
強めにぎゅ、と抱き締められてから、体が離れる。その熱が遠ざかる感覚が寂しくて、ついシャツを引き留めるように掴んでしまった。
「…あ、悪い」
「甘えたさんやね、まぁ今日は俺もやけど」
くすり、と笑う廉造に少し恥ずかしくなったが、それよりも嬉しさが勝った。どうにも今日はいつもより昂っている。
そこへ、見計らったように勝呂と子猫丸もやって来た。ちょっと呆れている。
「お帰り。随分早かったな」
「怪我しはってない?」
イチャイチャすな、と言いたそうにしながら、けれど言わないのは勝呂の優しさだ。子猫丸も案じてくれていて、2人に対してもほっとする。
「ただいま。不浄王のこと聞いて、急遽ね。明日でしょ?」
予定より早く帰ってきた理由は、勝呂たちもよく知ることだ。途端に顔を曇らせて頷く。
「帰らへんて思うてたけどな…まさか、左目が盗まれるとは…」
「左目もあんの?てか右目と左目って…?」
ライトニングから聞いたのは右目のことだけだった。しかも左目とやらはすでに盗まれたらしい。
その疑問に、勝呂は「立ち話もなんやし」とリビングに向かい、4人でソファに座って話した。
そして語られたのは、そう想像に難くない話だった。
江戸時代後期、京都を中心に疫病を撒き散らし四万人の命を奪った悪魔が不浄王だ。不浄王は明陀宗の開祖である不覚という法師が倒し、その証拠として右目と左目をくりぬいた。
その両目が揃うと、不浄王は復活してしまうのだそうだ。
両目はともに"特別危険悪魔部位"に指定されており、左目は正十字騎士團日本支部の"最深部"に、右目は京都出張所の"深部"に封印されていた。その左目が、22日に最深部担当の藤堂三郎太という悪魔堕ちした祓魔師によって奪われたのである。
京都出張所も同じく襲撃され、盗まれこそしなかったものの魔障を受けた祓魔師が多数出たために警備が手薄になっており、日本支部から増援隊が送られることになった。それに候補生も加わるのである。
柔造などの世話になった人たちが心配だったが、それは勝呂たちも同じなはず。朝祇は話してくれた礼だけ言って、寝る準備をすることにした。
時刻は24時を回っており、勝呂たちはすぐに寝室へ行った。朝祇は準備を終えてから廉造の部屋に行き、すでにベッドに入っていた隣に入り込む。
「全然眠くない」
「時差ぼけなん?」
「多分。…まぁ、廉造は寝てろよ。俺は寝れない間お前に甘えてるから」
「え、それめっちゃ起きてたいんやけど」
朝祇は腕枕をしてくれる廉造の腕に頭を乗せ、胸元に擦り寄る。ぐりぐりと顔を胸板に押し付けると、廉造は髪を漉くように撫でた。
「ぐうかわ…」
「分かったから寝ろ」
明日は朝早いのだ。廉造は寝られるのであれば寝たほうがいい。それは分かっているようで、渋々といった感じで眠ることにしていた。
廉造から寝息が聞こえてくると、時差ぼけで冴えてしまった意識の中で黄龍に話し掛ける。
(さっきの話、どこまで本当?)
『不覚が封印したのは本当だ。だが右目と左目は、目ではない。あれは不浄王の心臓だ。倒しきれなかった不覚が、心臓を2つに裂いたのだ』
(なるほどね…黄龍が言ってた、地下に封じられた不浄王って右目のこと?)
『正確には違う。右目は洛南にあるが、穢れを地中に垂れ流していているのはそれではない。洛北の金剛深山だ』
(金剛深山…?明陀宗の寺があったところ?)
『恐らくその寺の地下に、不浄王の体がある』
(…両目をその体に戻したら復活、ってとこか…?)
『あぁ。座主の少年が言っていたことが、本人にとって嘘ではなかったことから、これは広く知られたことではないだろうな』
(また人の秘密を意図せず知っちゃったパターンか…まぁ、知らないよりはマシか)
これは、いよいよ寝られる気がしない。明陀宗の中でも情報が誤っており、認識が異なる。この件は一筋縄ではいかないはずだ。
朝祇は寝るのを諦めて、ひたすら廉造にくっついて体温を感じることに専念した。