青エク

□いざ米国
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独特の薬品の匂いが漂う、白く清潔な空間。空調によって揺れるカーテンで軽く仕切られて、廉造と子猫丸はベッドに横たわる。
子猫丸は腕の骨折のため上体を起こしているが、廉造はあばら骨にヒビが入っているため仰向けだ。

そして、その2つのベッドの間の椅子には朝祇と勝呂が腰かけていた。薬品の匂いとともに立ち込める沈黙が重い。
それはそうだ、先ほど目にしたことも、矢継ぎ早に起きたことも、すべて消化するには重すぎた。完全に消化不良である。

―――燐が、サタンの子であったということは。



***



刀を抜いた後から、燐はアマイモンとの激しい戦闘にもつれ込んだ。その間に他の塾生たちは拠点に戻り、青い炎が森を焼き尽くしていくとさらに森の外へと脱出した。
明け方の夜空に立ち上る青い炎と、それに照らされて青く不気味に輝く黒煙は、朝祇は見たことのない青い夜を自然と連想できそうな恐ろしさを持っていた。

愕然とする勝呂たちはそれを知らなかったため当然だが、朝祇は知っていてもなお、理性を失い獣のように暴れる燐に呆然とした。これが、燐の力なのだ。

本当なら恐れていただろう。いや、実際あのときは怖かった。
だが、その直後に現れた現・聖騎士のアーサー・A・エンジェルとヴァチカンの祓魔師たちに燐が連行されるとき、燐は確かに、勝呂たちを案じた。
「怪我大丈夫か?」と聞いたその姿は、やはりいつもの燐だった。いつもの、底抜けに優しくて他人思いの燐だったのだ。そもそも剣を抜いたことも、朝祇たちを守るためだった。
それが分かれば、もう怖くはなかった。そもそも知っていたのだから、他と状況が異なる。

その後、鑑賞していたメフィストも現れ、メフィストにはヴァチカンへの出頭と懲戒尋問が言い渡された。燐もその証拠物件として連れられる。
雪男は候補生を正十字騎士團の病院に引率し、そして先ほど、真実を語った。


「まさか…奥村君がサタンの子やったなんて…」


声を震わせる子猫丸。明陀宗とその筆頭たる勝呂への恩義を厚く感じていて、両親を青い夜で失った子猫丸の不安も分かる。


「…えらい難儀なことになってもうたなぁ…」


子猫丸と対照的に、明陀宗や家族への執着がない廉造は冷めている。特に大きな問題とは感じていない余裕と、面倒なことになったという気持ちくらいか。


「……チッ、」


そして、勝呂は悪人面で思い詰めた表情をして沈黙していた。心の整理がついていないこともあるだろう。だが、勝呂の葛藤はきっと、ただの恐怖や倦厭などではない。

こんなところで言うのはどうなんだろうか、と朝祇は考えて黙っていたが、そう他人行儀な仲でもない。それに、大事なことだ。



「実はさ…俺、知ってたんだよね。このこと」

「……は?」


先に顔を上げたのは勝呂だった。眉間のシワはなくなり、呆けた顔で驚いている。子猫丸もじわじわと驚きを顔に浮かべていき、廉造は特に表情を変えなかった。


「な、なんで一ノ瀬がそないなこと知っとるんや…」

「いや、変な話じゃなくて、ただの偶然なんだけどね。さっき話にあった通り、奥村がサタンの子として覚醒したのは4月。俺たちが東京に着いたとき、黄龍がそれに気付いて教えてくれて、祓魔塾の教室であいつが入ってきたときに奥村だって知った」

「…不浄王のこともそうやったな」


また何か陰謀かと身構えた勝呂だったが、朝祇が勝呂たちと出会うきっかけでもあったときと同じような偶然によるものだと分かって肩の力を抜いた。


「そうそう。だからさ、ぶっちゃけ奥村が怖いとか嫌だとか、そういったことは感じてないんだ。ただ、やっぱり心配だし…悔しい」

「悔しい…?」


首を傾げる廉造に苦笑する。その右手を握り、勝呂たちと目線を合わせる。


「俺は、廉造や、家族や、勝呂たち仲間を守れるようになりたいって、そんで、黄龍も助けられたらって思って、祓魔師になることを決意した。今は、仲間に奥村だって入ってる。だから…今日、廉造や勝呂たちを怪我させて、奥村に剣を抜かせたことが悔しい。俺が何かできたとも思えないけど、そういう理屈じゃなくて……俺自身が、弱いことが悔しいんだ…!」


思わず廉造の手を握る力を強くしてしまったが、廉造は気にせず、自由になる親指で朝祇の手の甲を撫でた。


「朝祇は、やっぱ、心が強いなぁ…俺は無理やわ、そないに思えん」

「…一ノ瀬のそういうとこ、俺も尊敬しとるわ」

「一ノ瀬君は強いメンタル持ってはるね…」


怒りや畏れなどのネガティブな空気はなくなり、3人の本来の優しい雰囲気が戻った。それに安心したが、彼らの言う"強い"は朝祇に満足できるものではない。やはり、実力が必要なのだ。


「……ありがと。でも、俺はちゃんと実力をつけたい。今の偶然に支えられた付け焼き刃じゃない形で。だから…」
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