青エク

□正十字学園
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4月。
舞い散る桜を眺めながら、程よい気候の四条通を歩く。
1年前にここを歩いていたときは、東京への思いで一杯だったし、京都での生活に不慣れだった。しかし今は、親しんだこの街を離れがたく思っている。母親や家、暑くて寒いが情緒ある町並み、そして志摩家の人々。
なんだかんだ、この街が好きになっていた。

今日この日、朝祇は京都を離れ、東京の正十字学園に旅立つ。


***


京都駅、新幹線のホームで朝祇は廉造、勝呂、子猫丸と並ぶ。荷物はもう寮に送ってあり、簡単な荷物だけリュックにしまってある。
早朝ではあるが、この時期は多くの人々が新生活のために首都へと向かう。それなりに人で賑わっていた。

朝祇たちの後ろで、入場券だけ持って立っているのは朝祇の母・真由美と、柔造、金造だ。八百造よりも、孤児である子猫丸や勝呂のことを気にかけていたのはこの二人であるし、廉造のことも柔造が育てたようなものらしい。見送りに来るのに妥当と言える。
金造は「朝祇君と坊を見送りに来たんや」と言っていたが、なんだかんだ家族思いな男だ、廉造のこともしっかり見送りに来ているのだろう。ちなみに、朝祇が廉造と呼ぶようになった秋から柔造たちも朝祇と名前呼びをしてくれるようになった。廉造はとても渋っていたが。

新幹線が間もなく到着することを伝えるアナウンスが流れると、沈黙を破り柔造が口を開いた。


「ホンマ、寂しくなってしまいますなぁ」

「寺のことは頼んだで」

「任せたってください」


柔造は勝呂に残される寺のことを頼まれる。寺のこととは、きっと勝呂の両親のことも含まれているのだろう。


「子猫丸、廉造、坊のこと何がなんでも守りぃや」

「分かりました」

「分かっとるって、そんな何べんも言わんでええ…いたたた!!」


廉造と子猫丸は何度も言われているらしい、勝呂を守り抜くようまた金造に言い聞かされていた。廉造は耳にタコができるとばかりに答えたため、米神をグリグリとやられている。


「朝祇、あなたもしっかりね」

「うん。母さんも体に気を付けて」


真由美も、朝祇にそう言って笑いかけた。いつもと変わらない優しい笑顔だ。こちらは少し緊張して、また同時に不安だというのに、やはり年の功だろうか。

新幹線がホームに進入する。風が遅れて吹き付けて、大きな音が木霊した。


「母さん、」

「なぁに?」

「俺…幸せだよ。母さんと生活できて良かった。でかくなったら、俺が母さんのこと幸せにするから」


ずっと言いたかったが、変なタイミングで言うとその後が気まずくなってしまうため、最後の最後でようやく言えた。
真由美は一瞬面食らってから、手で口を覆った。


「…もう、自慢の息子よ、朝祇。…頑張ってらっしゃい」


涙ぐんだ母につられないよう身を引き締めて、開いた扉をくぐる。勝呂たちに続いて車内に入り、指定席についた。進行方向に向かって右側に3つで1列になっている席を2列分押さえていた。勝呂と子猫丸が前に座り、廉造と朝祇が後ろに座る。窓側は廉造に譲った。
窓の外はすぐホームで、柔造たちが軽く手を振ってくれていた。やがて、扉が閉まり新幹線は動き始める。

柔造、金造、そして真由美の姿は、一瞬で小さくなった。


「いやぁ〜、ついにやね!寮とはいえ自由や〜」


廉造はここぞとばかりに伸びをする。ちょっとセンシティブな気持ちになっていた朝祇は苦笑を返す他なかった。


「同じ部屋になった以上、あんま好きにはさせへんで」

「そうですよ志摩君、僕ら柔造さんたちから監視頼まれてるさかい」

「俺が何すると思ってはるんですか二人とも!」


廉造はひどい〜などと軽く言いながら、背もたれに深く凭れた。勝呂たちは寝ることにしたらしく、すぐに寝息が立ち始める。


「…寂しいん?」


ぽつりと隣から声が落ちる。そちらを見れば、廉造が穏やかな顔で笑っていた。普段のお茶らけた様子とは違う、少し似合わない言葉だが慈愛に溢れたものだ。


「…まぁ、寂しくないと言えば、嘘になる。けど…廉造がいるし、勝呂と子猫丸もいるから」

「寂しいなんて思えへんくらい楽しい生活にしたるよ」

「いや、休みは入れさせろよ?」

「当たり前やって。せやから…」


廉造は朝祇の頭の後ろから手を回し、回り込むように大きな手で朝祇の目を隠した。そのまま手に導かれて、廉造の肩に寄り掛かる形になる。いつぞやの夜を彷彿とさせたが、あのときは廉造のスパイになる決意表明のときで、廉造に寄り添う立場だった。
今は、廉造が励ましてくれている。
ちなみに、スパイの工作の方は順調らしい。隙間を縫ってイルミナティに出入りしているそうだ。しっかり諜報員にもなったらしい。


「寝とき、起こしたるさかい」

「ん…ありがと……廉造、」

「おん、」

「……へへ、好きだー…」


睡魔によって朦朧とし始めた意識の中で、思ったことをそのまま口にした。改めて、廉造と一緒に高校生活を過ごせることが嬉しかった。
そうして意識を手放したわけだが、このとき廉造の顔が真っ赤だったことは、前の席から盗み見ていた子猫丸しか知らない。
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