青エク
□君と一緒に
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付き合い始めて、早4ヶ月。
クラスの受験モードは、10月ともなると秋とともに深まってきていた。
朝祇をいじめていた奴らはすっかりおとなしくなり、朝祇が何か言えば高校へ行けなくなることを分かったのか、びくびくとしているようだった。そのため、何事もなく今を迎えている。ちなみに、破壊された教室は、しばらく改装されている間に別の教室を使用していたか、今は修復された元の部屋に戻っている。
そんなある日の放課後、教室にて、朝祇は廉造、勝呂、子猫丸とともに中間試験の勉強をしていた。廉造は今や上から三分の一くらいのところまで成績を伸ばし、朝祇と勝呂は上位10位以内、子猫丸も30位以内につけている。
「あっ、せや」
集中して問題を解いていた空間に、廉造の声が落ちる。最近はちゃんと集中できる時間が長くなって来ていたため、勝呂は特に怒らず「なんや」と聞いた。
「お父から坊に渡すよう頼まれとったもんがあんねや」
廉造は風呂敷に包まれた何かを勝呂に渡す。形状からして何かの本だ。
「それ何か聞いてもいいやつ?」
「おん、大したもんやあらへんよ」
「お前が言うなや」
勝呂は机の下で軽く廉造の足を蹴った。子猫丸は呆れてため息をついている。
「あー、一ノ瀬、これは俺が八百造に頼んどった経典の解釈書や」
「あぁ、なるほどね」
祓魔師を目指している勝呂に、そのための手助けをしているのはもっぱらそれを知っている志摩家だ。ちなみに、朝祇が祓魔師を目指し始めたこと、合わせて正十字学園を志望していること、そしてそれに当たって起きた黄龍のことなどはすべて勝呂と子猫丸には話してある。
ただ、廉造と付き合っていることだけは隠していた。互いに心の準備ができていなかったからだ。それももう、2人とも最近はいいのではないかと思い始めている。
「八百造に礼言うといてや」
「しっかり言うときますえ」
ふと、朝祇はあることに気付いた。
「今思ったんだけどさ、勝呂と子猫丸って、志摩家のことは名前で呼ぶけど、廉造とは呼ばないのな」
そう、廉造だけ志摩と呼び、他は名前で呼んでいるのだ。座主血統として門下を名前で呼ぶのは分かるし、そもそも一家で属しているのだから名字では呼び分けができない。
しかし、それならば八百造を志摩と呼び、廉造を名前で呼ぶのではないだろうか。
「それには深い訳があんねや」
「ちょお坊!その話はあかん!やめたってください!」
勝呂は深刻そうな顔で話し出した。騒ぐ廉造は、この際朝祇も無視しておく。
「幼稚園の頃にな、こいつ、自分の母親の下着頭に被って『変態仮面や〜』言うて走り回っとったんや。幼心に、俺と子猫丸はこいつと仲良うしとると思われたらあかん思て、なるべく他人行儀にしとったんや」
「あ……そう……」
「んあ〜!なんで話しはったんですか坊〜!!」
「やかましわ」
正直ドン引きだが、同時に、朝祇はあることにも気付いた。志摩という呼びやすさもあって、勝呂たちがそう呼ぶなら他の者もそう呼ぶのではないか。学校のクラスメイトはすでにそうだし、高校でも祓魔塾でもそうなるだろう。つまり、家族や明陀宗以外は廉造を志摩と呼ぶ。
「志摩…」
「うぅ…なんや?」
「俺、廉造って呼ぶわ」
「はぁ?今の話の後にか」
勝呂はなんて天の邪鬼な、とでも言いたげに声を荒げた。特に気を荒立てているわけではないが、凄みが出るのは仕方のないことだ。
「だって、そうすりゃ家族や明陀宗の人たちしか呼ばない呼び方になるじゃん?特別感出ていいかなって」
「ホンマ!?せやったら俺も朝祇って呼ぶわ!」
「おー……廉造」
「んー?」
「いや、呼んで確かめてみただけ」
「はぁ〜朝祇はホンマかいらしなぁ」
突如としてイチャつき始めた2人に、勝呂と子猫丸はポカンとする。子猫丸は前々から察していたらしい、確信を得たのか口を開く。
「やっぱり…お2人は交際されてはったんやね」
「やっぱ子猫さんにはバレとったか」
「こ……交際ぃ!!??」
遠い目をする子猫丸に対し、勝呂は驚愕のあまり立ち上がる。限界まで目を見開いていた。その拍子に倒れた椅子の音が空虚に響く。
「坊…伝えるの遅なってすんまへん。俺と朝祇は、あの6月の事件以来付き合うとるんです」
「悪い、いきなりカミングアウトしちゃって」
呆然とする勝呂に申し訳なくなるが、少しホッとしていた。やっと言えた、という安堵だ。
「気持ち悪かったら遠慮せんといてください」
「いや…衆生は寺ではようあることやったさかい、そこはええねんけど…まさか志摩が…」
「おん。初めて、諦めとうないって思えたお人やったんです」
「そう、か……そうか、そんなら、良かったんやないか」
どうやら、勝呂はそれなりに廉造のことを心配していたらしい。特に、階級が重んじられることを廉造と同様逃げ出せない立場の勝呂では、廉造を解放することなどもできるはずもなく。自由を奪われ、諦観が基本スタンスであった廉造が心配だったのだろう。
朝祇という存在ができたことを、素直に喜んでくれた。そういうところが、器の大きいやつだな、と思える。子猫丸は察していたこともあるし、勝呂と同様心配していたようだ。こちらも安心が先に来ているようだった。
「せやけど、うつつ抜かして勉強手付かんようにはならんようにな」
「安心しはってください、坊。坊と朝祇、二重で絶対に落ちられなくなりましたさかい」
そう言って自らテキストに目線を戻した廉造に、勝呂と子猫丸は安心したように目配せをしていた。